違和感
西の国へと入ったケイは、国境の門にほど近い街で聞き込みをしていた。適当な出まかせもいくつかついたが、疑うものなど誰一人としていない。
「赤毛ねぇ……。だったら、城下町のあたりだろうな」
昼食のために入った店で、カウンター越しに店主がそうつぶやく。
「兄ちゃんは、隣国から来たのかい?」
ケイがうなずくと、店主は、それじゃぁ、と西の国の歴史を語り始める。すでに知っている話にも、ケイはまるで初めて聞いた、と言わんばかりに相槌を打った。
「この国は、東西に長いだろう? それで、遺伝子がどうとか……、難しいことは俺にはよくわからんが、とにかく国の中でも、西と東で結構見た目が違うんだよ」
ケイは、ようやく話の核心にたどり着いた、と思わず身を乗り出した。
「東側の人間に、赤毛のやつはいない。赤毛ってのは、特別な色だ。西側の、それもごく一部……王族やら、貴族やらの色だからな」
「そうですか。城下町は、西側でしたよね?」
「あぁ。鉄道の駅に乗って、ここから王城の間くらいに、スラム街がある。そこを境にして、金持ちは西側ってわけさ」
「なるほど……」
ケイはうなずいて、昼食代よりやや多くの金を店主に支払う。
「これは、お礼です。ほんの気持ちですが。とっておいてください」
ケイが作り笑いを浮かべると、店主は満面の笑みを浮かべて、ケイを送り出した。
(やはり、まずは西側に行くべきか……)
ケイは鉄道の駅へと歩き出す。赤毛が、貴族や王族の間にしかいない特別な色だとわかっただけでも十分な収穫だ。彼を見た人間が一人でもいれば、すぐにでも足取りはつかめそうだった。
(貴族や王族だとしたら、金はある。移動も宿泊もできるが……庶民の泊まるような宿には耐えられないだろうな)
捜索依頼が出されてから三日。ケイのもとへ指令が下りてくるのにはもっと時間を要しているはずだ。少なくとも、貴族や王族が庶民の生活にそれほど長い時間耐えられるとは思えなかった。
(だが……)
鉄道に乗り込んだケイは、窓際の席に腰を下ろして外を見つめる。
(この違和感はなんだ……)
シャルルから任務を受けた時から、どうにも胸に何かがつかえているのだ。その違和感が一体何なのか、ケイにはわからなかった。気づけば眉間にしわを寄せ、にらみつけるような目つきになっている。窓に映った自分を見て、ケイは一つため息をこぼした。
東西に長い国なだけあって、ケイはずいぶんと長い時間鉄道に揺られていたように感じる。東都へ行くよりも、もっと長い。城下町につく頃には、日が暮れていそうだ。
(人目を避けて行動するとなると、鉄道はあまりにも不向きだな)
逃げ場もなく、多くの人が乗り降りするのだ。追手がくることがわかっていたとしたら、鉄道を使うのはあまりにも愚策だろう。
(国外に逃亡するなら、話は別だが……)
ケイはそこまで考えて、ハッと目を見開く。
(そうだ。なぜ、国内を探す? それも、自国の軍隊を使って捜索させた後に、わざわざ隣国の俺たちを使ってまで……)
それも、捜索を依頼するほどの重要人物なのだ。金を持っていると知っていれば、鉄道を使って他国へ移動したと考えてもおかしくはないはずだった。
(いろいろと決めつけるのは早計か。もしかしたら、金を持っていない可能性もある。例えば、何らかの罪を犯した貴族、と考えればどうか……)
ケイは頭をフル回転させる。いくつかの仮定ばかりが浮かび、何の足しにもならない。だが、それでもただ鉄道に揺られているだけ、というよりは幾分かマシなように思えた。
ケイの予想通り、城下町へ着くころには、日が暮れ始めていた。今日の宿を探すついでに、聞き込みを再開する。
「赤毛の青年? それは貴族か王族を探してるってことかい? やめときな」
「そういう話なら、軍のやつらに聞いてくれ」
「貴族街は王城の西側だ。そっちへ行ってみたらどうかね?」
人々は、皆、どこか関わり合いになりたくない、というような口ぶりだった。
(貴族や王族を、あまりよく思っていないのか?)
ケイの頭にそんな考えがよぎる。自国では考えられないことだが、西の国は、歴史が歴史なだけに、ありえない話ではない。ケイは、今日のところは休もう、と紹介された宿へ向かった。
宿はこざっぱりとしていて、やはり王族や貴族の者が立ち入る場所ではなさそうだった。庶民のケイにしてみればなんてことはない。居心地の良い安宿だ。荷物を下ろし、さっそく机へと向かう。メモとペンを取り出して、今日聞いた情報や、一日かけて立てたいくつかの仮説を書き出していく。
「貴族か王族であることは間違いないようだな……。ひとまず、明日は貴族街へ行ってみよう。この手の話は、ここではあまり歓迎されないらしい」
ふむ、と独り言ちてケイは考える。
罪を犯して逃亡した貴族だとしたら、金はあるかもしれないが、鉄道は使わない。逆に、金を持ってなんらかの理由で逃亡した貴族であれば、鉄道を使って隣国まで移動してもおかしくはない。
(だが……)
仮に二つ目が事の真相ならば、この任務を要請した依頼人は、あまりにも頓珍漢だ。自国の軍隊を隣国へ派遣するほうが良いはずなのである。しかし、そんな素振りはない。まだ国内にいると決めてかかっているような様子さえ感じられる。
まさか、すでに国内にいることはわかっている?
(いや、それはないな)
自らの仮説にケイは首を振った。もし、すでに国内にいることがわかっているのなら、わざわざ隣国の騎士を呼びつけたりはしない。なんの利益もないのだ。むしろ、居場所がわかっているのに、捕まえられない無能だと言っているようなものだ。
(だとすると、やはり……金のない貴族が逃げ出し、国内をさまよっているが、情報が得られず隣国に協力を要請した、と考えるのが妥当だな……)
ケイは深いため息をつく。金がないのに貴族、というのも変な話であるが、罪を犯したとなればそれも納得できる。見つけ次第、即刻捕縛ではなく、どこにいたか情報を提供しろ、というのがどうにも気にかかるが、もしかすると西の国の考え方や価値観みたいなものなのかもしれない。ケイはそう思うことにした。
探している人物が西の国の第三王子であることや、すでにマリアがその人物を介抱していることなどつゆ知らず、ケイは見当違いな考えをとりとめもなく書き出しては、頭を悩ませていた。
(何かが、おかしい)
そんな違和感だけを胸に抱えながら。
一方そのころ、そんなケイの宿を見張っている人物が一人。その人物は、暗闇に潜み、じっとケイのほうを見つめていた。
時が来るのを、ただ、静かに待つように。
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今回は、ケイのお話になりましたが、いかがでしたでしょうか。
前回に対して、すれ違うようなお話ですが、そこを含めてドキドキを感じていただければ幸いです。
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