極秘任務
「西の国に遠征?」
ケイは片方の眉をぴくりと動かして、シャルルを見つめた。なんとも突然の話だ。遠征というのは大抵の場合、国がらみのことなので、ずいぶんと前から予定が決められているものなのである。確か、春の始めに西の国へ遠征に行った際は、半年以上も前から周知されていたはずだ。三日前に言い渡されるなど、異例の事態としか言いようがない。
「ごめんね、突然」
「いえ、それはかまいませんが……。どういった内容ですか」
「詳しくは話せない。極秘任務だ。僕から言えるのは、ある人を探して欲しい、という依頼があったことだけ」
シャルルにしては珍しく歯切れの悪い回答だった。ケイはますます顔をしかめる。
「……国家機密、ということですか」
「そうなるね」
爽やかな笑みの奥に、騎士団団長としての強い光が宿る。これ以上余計な詮索はするな。そういう瞳だ。
「さすがに、対象人物の情報くらいはいただけますよね」
いぶかしむケイに、シャルルは、もちろん、と一枚の紙を取り出す。肖像画を小さくした人相書き。自分よりやや年下だろうか。ケイはそこに描かれた青年の姿を目に焼き付ける。整った顔立ちから品の良さがうかがえ、その身だしなみからは貴族であることがうかがえる。国が絡んでいるので、当然といえば当然だが。
「一般的な背格好で、どちらかといえば細身」
シャルルは特徴をツラツラと挙げていく。
「普通の人と違うところと言えば……赤みがかった髪と、ヘーゼルアイかな」
「ヘーゼルアイ?」
ケイは、聞き覚えがない、と首を横に振った。
「珍しい瞳の色だから、役立つはずだよ。ライトグリーンと、ライトブラウンが混ざったような色だ」
シャルルはまるで見たことがあるかのような口ぶりだった。
「期限は一週間。その間に見つけた場合は、彼がどこで、何をしているか手紙で報告してくれ。場合によっては、期限を延長する。もし見つからなかった場合は、戻ってきてくれて構わない。良いかい?」
ケイが敬礼すると、シャルルはニコリと微笑んだ。
「お土産をよろしく」
本気か冗談かわからない口調でシャルルは、それじゃぁ、と話を切り上げる。いくらか疑問は残るものの、ケイはペコリと頭を下げて団長室を後にした。
ケイは隊長室へ入ると、渡された写真をもう一度見つめる。会ったことはないはずだが、なぜか見覚えがあるような。とにかく、何かが引っかかる。以前、西の国の軍隊との合同演習に参加するため遠征したが、このような男はいただろうか。いれば、目立ちそうなものだが。ケイは思案する。
描かれている詰襟の服装は軍服のようにも見えなくはないが、使い込まれたような形跡はない。もちろん、あくまでもこれは絵であり、そのあたりは多少脚色されているかもしれないが。
「絵では、ヘーゼルアイとやらはわからないな……」
ケイは顎に手をやり、もう一つの特徴である赤みがかった髪色へ目をやる。忠実に再現したものだとしたら、確かにこの髪色は少々目立つだろう。茶色というには明るすぎる。
「探せば、すぐに見つかりそうなものだが……」
ケイは、何故わざわざ隣国に要請を、と首を傾げた。
西の国は、もともと小国の集まりだった。ある時、その中の一国が領土拡大のための戦争を始め、複数の国が懐柔されて一つの国となった。年月をかけて、さらに周囲の小さな国を巻き込み、いまやこの王国に並ぶほどの国土を持つようになる。最初に国を統制した者の子孫こそが今の西の国を統べる王族であり、いまだその力は健在ときたものだから、隣国としても恐ろしいものがある。シャルルの活躍によって友好関係を築くことが出来たものの、こちらに利用価値がなくなれば、それもどうなるかわからない。
とにかく、西の国、というのはそういう歴史のある国だった。
「見つけても捕縛しないあたり、よほど重要人物ということだろうな」
ケイは独りごちる。シャルルは、見つけた場合は彼の行動を報告せよ、とケイに命じた。通常、見つけた場合は即時捕縛。または、監視下に置いて保護するものだ。しかし、今回は違う。監視はせよ。ただし、接触するな、である。見つけた相手を逃してしまう可能性を考慮すれば、シャルルらしからぬ対応とも言えた。
「さて、どうしたものか……」
見つけられれば良いが。ケイは深く息を吐いた。
そもそも、大きな国の中で、たった一人を探すのは難しい。期限も一週間。決して長くはない。こうしている間にも、国のさらに西側を開拓していっているであろう西の国をくまなく探すのは、並大抵ではない。
「木を隠すなら森の中、か……」
ケイは引き出しから地図を取り出して、机の上に広げた。
西の国は、東西に伸びている。国のど真ん中を貫くように鉄道が走っており、基本的にはその鉄道沿いに大きな街がいくつかあったはずだ。南側には海があり、貿易港として栄えている街が二つ。北側はほとんどが手つかずの土地だったと記憶している。
「今回は、北側の捜索はやめておくか」
代わりに、南側の港街二つは見て回っておこう、とメモに地名を記述していく。
城は南西にあった。城下町は当然見ておくべきだろう。この国との国境付近にも大きな街が一つあったはずである。どうせ通り道ならば寄らない手はない。国の中心にある繁華街は栄えてはいるが、それは表面上の話だと以前の遠征で教えてもらった。西の国の軍人も、それには困っていたようで、実際はスラム街のようになっているらしい。少なくとも、この青年が貴族であることは間違いない。そんなところに、自ら進んでいくとは思えなかった。誰かに誘拐されたのならまだしも、そう言った場合は大抵、誘拐相手からの要求があるので、探す手間は省けるのだ。
後は、西の国の貴族街か。だが、これについては情報を持っていないので、どこにあるのかは現地で聞いてみるしかなさそうだった。ケイはいくつかの街名を記入したメモに青年の絵が描かれた紙を挟みこむ。三日後には出発だ。
「どうせなら、西の国へ行く前にマリアの店に寄りたかったが……」
西の国境門に近いマリアの店へ寄るには、ちょうど良い口実だった。だが、悠長にしている時間もない。今回はお預けだ。ケイは小さくため息をつき、西の国へと向かう荷物をまとめるのであった。
同日の夜、シャルルは王城の門をくぐり、謁見の間で王様と王妃様に向かって跪く。
「堅苦しい挨拶は良い。西の国の王子の件はどうなった」
「西の国からの要請の通り、こちらから数名の選抜者を送り込む準備は整いました」
「ご苦労」
王はシャルルへねぎらいの言葉をかける。しかし、その声色は堅いままだ。シャルルが顔を上げると、王は少し考えた後、ゆっくりと言葉を発する。
「率直な意見を聞かせてくれ、シャルルよ。トーレス王子の行方不明と、西の国からの捜索依頼について、どう思う」
第三王子とはいえ、王族関係者だ。行方不明ともなれば、西の国にとっては一大事のはず。公にすれば国内が混乱に陥ることは避けられないような事実を、隣国であるこちら側に告げ、捜索依頼まで要請してきたのだ。何か裏があるとしか思えない。だが、確証があるわけでもない。
「そうですね……。今の時点で思い当たる、最悪な事態の推論でしたら……」
シャルルの言葉を聞いた王様と王妃様は、互いに顔を見合わせて驚愕した。
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今回から、西の国編に突入です!
早速ケイが「人探し」という極秘任務にあたります。今後もお楽しみに……!
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