収穫祭最終日
収穫祭最終日。祭りが終わってしまう寂しさをごまかすように、街の広場はより一層の賑わいをみせていた。品物を売りさばいてしまいたい露店商と、珍しい商品を買い忘れないように、と目を光らせる客。マリアもそんな客の一人だ。
「うぅん……。どうしようかしら。こっちの鉢植えも捨てがたいし……」
マリアは目の前に並んだ苗や鉢植えを見つめて考え込んでいた。マリアの真剣な瞳に、店主も目を細める。
冬に向けて、秋に植える花をいくつか見ておきたい。そう思ったマリアが目をつけたのは、珍しい鉢植えを並べた露店だった。話を聞くと、普段は東都で花屋を営んでいるらしい。この収穫祭の時期にだけ、こうして城下町や街の広場に出店しているのだそうだ。見たことのないものがいくつかあると思っていたら、東の国やさらにその向こう側の国からも仕入れているのだそうで、マリアには興味深かった。
しばらく悩んだのち、マリアは決めた、と顔を上げる。
「これと、これにします」
小さな苗を一つと、愛らしい赤い実(店主が言うには、実ではなくガクの部分らしい)がついた植物の鉢植えを指さす。
「はいよ。そっちの鉢植えはよかったのかい?」
「これ以上は持てませんから」
「はは、それもそうだ。ちょうどだね、毎度あり」
金を受け取った店主はニカリと気持ちの良い笑みを浮かべて、マリアに大きく手を振った。
「東都に来ることがあったら、ぜひ寄ってくれ!」
「はい、また!」
マリアも手を振り返し、ミュシャのもとへと駆け出した。
ミュシャは、西の国から来たという露店商のもとで何やら話をしているようだった。鮮やかな赤をベースに紺や深い緑の格子が目を引く。生地もやや厚手で、これからの寒くなる季節にはちょうどよさそうだ。ミュシャは隣にあった同じような布を手に取り、店主と話を続ける。生地は同じようだが、白地に赤や緑を絡めた柔らかな配色になっている。格子のパターンも少し違って面白い。
マリアが戻ってきたことに気づいたミュシャは、いくつかの服と布を買い取った。店主は手慣れた手つきでそれらを折りたたみ、紙袋へとしまっていく。マリアの買い物もなかなかの大きさがあるが、ミュシャのそれも負けず劣らずの大きさだ。
「お待たせ」
「ううん、平気だよ。良いお買い物はできた?」
「うん。やっぱり、収穫祭はいろんな掘り出し物があるね」
ミュシャは満足そうに目を細めた。
「マリアは何を買ったの?」
「ビデンスの苗と、ホオズキって名前の植物をね。ホオズキはこの時期、観賞用の鉢植えしかないみたい」
「それで鉢植え……。重くない? 僕が持とうか?」
マリアの手に握られた大きな紙袋を見つめて、ミュシャはあきれたような表情を浮かべる。しかし、かくいうミュシャも先ほど買った大量の服や布を入れた袋を持っており、とてもではないが、お願いできる様子ではなかった。
「大丈夫よ。その代わり、郵便屋さんに行ってもいい? さすがに鉢植えをもって帰るのは大変だから」
「もちろん」
マリアとミュシャは、街の広場を抜け、郵便屋へと足を進めた。
同じことを考えている人たちは大勢いるようで、郵便屋も大盛況だった。いつもはほとんど埋まっていない受付カウンターは、どこも行列ができている。ロビーに置かれたベンチでさえも、それらを待っている人たちで埋まっていた。
「すごい人……」
「ほんとだね。こんなに混んでるのは初めて見たよ」
ミュシャも驚いたように目を丸くする。それだけいろんな場所から収穫祭を楽しみに来ている人がいるということだろう。
数十分ほど待っただろうか。ようやくマリアの順番になり、届け先や荷物の手続きをすませていく。いつもより郵便の金額が高いような気がする、と思っていたら、混雑時期は少し高くなるのだと受付のお姉さんが丁寧に教えてくれた。
「では、パルフ・メリエまでですね。お預かりいたします」
「よろしくお願いします」
マリアが頭を下げると、受付のお姉さんは疲れも見せず、優し気な笑みを浮かべた。
「混み始める前に、どこかでお昼にしようか」
ランチには少し早いが、これだけ人の多い状況では、レストランもあっという間に満席になってしまうだろう。ミュシャの提案にマリアはうなずく。ミュシャは街の広場にある飲食店に詳しい。マリアと甘いもの巡りをするせいかもしれないし、もともとそういったことを調べて回るのが好きなのかもしれなかった。マリアがあっさりとしたものを食べたいとリクエストすれば、ミュシャは少し考えたのち、するすると街の広場を歩きだす。
街の広場から少し裏通りに入ったところでミュシャは足を止めた。青と白のストライプが爽やかな軒先。緑のプランターが天井からつられている。壁の木目が美しい。広場から少し離れたせいか、少し落ち着いた雰囲気もある。
「ここの、オリジナルランチがおいしいんだ。ヨーグルトソースが絶品だよ」
ミュシャに勧められるまま、マリアも同じものを頼む。ミュシャはようやく大きな荷物を足元におろすと、一人掛けソファに体を預けた。
「これ、すっごくおいしい……」
マリアは口の中に広がる酸味にうっとりとした表情を浮かべた。白身魚のフライをヨーグルトソースにくぐらせたのは初めてだが、想像していたよりも濃厚で爽やかな口当たりだった。ニンニクの香りが食欲もそそる。さっぱりと食べられるせいか、ついつい次から次へと手を伸ばしてしまう。
「でしょ?」
ミュシャはふふん、と自慢げな表情を浮かべ、グリルチキンを口に運んだ。
皿に添えられたパイも絶品だった。塩気のあるホロリとした食感のチーズとほうれん草が中に入っており、食べ応えも抜群だ。オリーブの香りも良く、マリアもミュシャも口へ入れるたびに頬を緩めた。
食後のコーヒーとともにデザートが運ばれてくると、ミュシャが目を輝かせた。美しい色合いのそれは、フルーツを砂糖漬けにしたものらしい。
「コーヒーと一緒に食べてちょうどいいと思うよ」
甘党のミュシャが言うのだからそうなのだろう。マリアはコーヒーに口をつけてから、スプーンですくって口へ運んだ。
ランチを終え、すっかり満足した二人は、のんびりと露店を見て回った。アクセサリーやきれいな鉱石、おもちゃに本。お互いに好きなものを眺めて話しをしながら、収穫祭を楽しんだ。東都のことがあってから、どうにも気まずい、と思っていたが、お互いに気にしすぎたようだった。唯一無二の、大切な友人であることに変わりはないのだから。
「夕食を買って帰ろうか。外で食べられるようなやつ」
「外で? どうして?」
「たまには二階のテラスで食べるのもいいでしょ?」
「そうね! 花火もあるし……」
「うん。最後の花火、一緒に見ようよ」
ミュシャはそう言って美しく微笑む。グレーがかった髪を優しく風がさらっていく。
どこか儚げな雰囲気をまとったその青年は、大人の顔をしていた。
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さて、ついに収穫祭も最終日となりました!
久しぶりにのんびりとしたマリアとミュシャの二人の回を書けた気がします。
作中に出てきた鉢植えとお昼ご飯の内容は少し活動報告にも記載しておりますのでよろしければ。
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