表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調香師は時を売る  作者: 安井優
収穫祭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/232

緊張と緩和

 収穫祭も今日を入れて残り二日。すでに、収穫祭の終わりに向けてどこか寂しそうな人々の姿も見える。マリアはそんな人々の間をすり抜けて、王城へと続く道を歩いていた。王城に近づくほど、騎士団の制服を着た男性の数が多くなる。

(何かあったのかしら……)

 少し異様な光景にマリアの胸はざわざわとさざめいた。


「お待ちしておりました、マリア様」

 ディアーナ王女から預かった招待状を見せると、マリアは中へと通された。メイドが深く頭を下げ、マリアを王城へと案内する。王城へ入ったのは、数か月ぶりだ。バラの時期が終わり、ペチュニアやジニア、ヘリオトロープなど、様々な花に植え替えられている。見事なまでの彩色(さいしょく)に、マリアは相変わらずうっとりと見惚れる。混植花壇(こんしょくかだん)は庭師の腕の見せ所だ。さすがに城勤めの庭師は違う。

(いつか、庭師の方にも色々お話を聞いてみたいのだけど……)

 さすがに王城勤めではなくなったし、機会はなさそうだ。マリアは遠慮せずに、もっと王城を見てまわれば良かった、と後悔した。


 王城へ入ると、どこかピリリとした空気が(ただよ)っていた。緊張しているせいだろうか。マリアは思わず背筋を正す。王城に足を踏み入れた時点で、これ以上まっすぐにはできない、というところまで姿勢良くしているつもりだが、ここまでくるともはや天井から糸でひっぱりあげられているかのようだ。王城の中にも、以前勤めていた時にくらべて騎士団の人間が多い気がする。空気が重く感じられたのは、そのせいかも知れなかった。

(収穫祭の時期は、どうしても気分が舞い上がって、危ないことをする人も増えるって、昨日ケイさんもおっしゃっていたし……)

 マリアは、厳重警備だろう、と納得することにした。


 メイドは、見慣れた扉の前で立ち止まった。マリアもそれにならって足を止める。

「ディアーナ王女、マリア様をお連れしました」

「入って頂戴」

 ディアーナの凛とした声が聞こえる。懐かしい気持ちがこみあげ、マリアは自然と笑みを浮かべた。


「マリア! 久しぶりね!」

 美しいブロンドの髪を揺らして、ディアーナがマリアに駆け寄った。サイドに編み込まれたハーフアップがかわいらしい。

「会えるのを楽しみにしていたわ!」

 ディアーナの笑みは(まばゆ)く、マリアもつられて微笑んだ。

「私もです。ディアーナ王女」


 ディアーナにすすめられるまま、紅茶とお菓子に口をつける。ディアーナは久しぶりに話し相手が出来たと言わんばかりに、マリアと別れてからのことを話し続ける。最近、エトワールと初めての喧嘩をした、と聞いたときにはマリアも思わず目を見開いたが、

「結局、お互いに話し合って解決したわ。他愛もないことよ。本当に、どうしてあんなことで喧嘩してしまったのかしら」

 と当の本人はあっけらかんと笑った。エトワールが甘い物を苦手なことを黙っていたことが発端(ほったん)らしい。マリアからしてみれば、仮にも王族にすすめられたものを断ることが出来ないエトワールの気持ちはよくわかる。

「エトワールだって、婚礼を済ませれば立派な王族になるのよ。それを身分がなんだと言うから、つい……」

 思い出して後悔しているのか、シュンとうつむいたディアーナは可愛らしかった。


「収穫祭はどう?」

「毎年のことですが、今年もとても楽しいです。明日で終わっちゃうなんて、寂しいですね」

 マリアの答えにディアーナは満足そうだ。国民の幸せが、王国をまとめる立場のディアーナたちにとっては何よりも幸せだった。自分たちは参加できなくとも、こうして実際に楽しんでいるという声を聴くと、じんわりと胸が温かくなる。

「良かったわ。最後の花火も楽しんで頂戴」

「はい」

 最終日の花火は、王城から打ち上げられる。ディアーナもエトワールと一緒に見るそうだ。近すぎて見えないのでは、と思うのだが、ここはさすがに王族。城下町に特等席を用意しているらしい。


「そういえば、ディアーナ王女は収穫祭には参加されないんですか?」

「えぇ。収穫祭の時期は、他国の王族の方をお招きして、会食をすることが多いから……」

 それで、あの騎士団の数か。マリアは納得する。

「あの……今日はよろしかったんですか?」

 ディアーナの話ぶりからすると、今日も会食があるのではないだろうか。マリアが尋ねると、ディアーナは曖昧な表情を浮かべた。


「今日はお休みの予定だったのよ。だから、マリアを招いたのだけれど……。昨晩、突然西の国から連絡が入りましたの」

「それじゃぁ……」

 あの騎士団の方々は、皆、西の国の王族を護衛していたということか。

「でも、お父様とお母様、それにシャルルしか出席していないわ。私にも、詳細は分からないのよ」

 ディアーナはどこか不安そうに視線を落とした。


「婚約者候補の中には、西の国の第三王子もいらしたわ。だから、もしかしたら、そのことで……」

「ディアーナ王女……」

 マリアには、国同士の関係など分かるはずもない。だが、西の国の人々からしてみれば、自国の王子が隣国の王女に婚約を断られたともなれば、決して良い気はしないだろう。王様や王妃様も聡明な方だ。悪いようにはならないだろうと思うが、ディアーナが不安になるのも無理はない。


「ディアーナ王女、まだ精油は残っていますか?」

「え?」

 マリアの突然の問いに、ディアーナは顔を上げる。それから少し戸惑ったようにうなずいて、メイドに精油瓶を持ってこさせた。

「いくつか、使い切ってしまったものもあるわ」

「大丈夫です。久しぶりに、調香をしましょう」

 マリアが微笑むと、ディアーナはようやく笑みを浮かべた。


「良い香り……」

 残っていた精油をいくらか混ぜ、マリアはディアーナが少しでもリラックスできるように、と香りを作る。ディアーナはほっとした表情を浮かべ、その香りを楽しんだ。

「そういえば、そろそろマリアのお店に使いを頼まなければいけないわね」

 ディアーナは近くにあった机から紙とペンを取り出して、なくなった精油を記していく。

「よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「ほんと?」

「えぇ。ディアーナ王女が、どんな香りが良いかおっしゃっていただければ、それに合った香りをお作りさせていただきます」


 あっという間に、ディアーナから受け取った紙は文字でいっぱいになった。

「ふふ、久しぶりにこうしてマリアと香りのお話が出来てとっても楽しかったわ」

 ディアーナも嬉しそうに笑みを浮かべ、ティーカップに口をつける。

「私も、そう言っていただけて嬉しいです。ディアーナ王女」

「そうだわ! マリア、あのね……」

 思い出したようにカップを置いて、ディアーナはマリアの耳元で声をひそめる。


「ふふ、わかりました」

 マリアが微笑むと、ディアーナもにっこりと美しく微笑んだ。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

ユニーク数が4,000人を突破しました~! 嬉しい限りです……!

お読みくださっている皆様、本当にありがとうございます。


今回は、久しぶりにディアーナ王女が登場しました!

お城の雰囲気は少しピリっとしていますが……二人ののんびりとした雰囲気をお楽しみいただけておりましたら幸いです。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ