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調香師は時を売る  作者: 安井優
収穫祭編

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ジャンヌ

 ケイは昨晩の報告を終え、団長室を出ると、一目散に隊長室へと向かった。隊長室に備え付けられた時計に目をやると、約束の時間まではあと三十分しかない。間に合うか? ケイは慌てて騎士団の制服を自分用のクローゼットへとかける。

「やぁ、ケイ。昨日は団長の騒ぎにつかまったんだって? お疲れ様。今日はもう休みかい?」

「本来なら、な」

 ケイの言葉に、第五部隊の隊長である男が首をかしげる。ケイは、それじゃぁ、と言葉少なに手を上げて、隊長室を後にした。


 まずい。ケイは歩調を早めて路面電車の駅へと向かう。収穫祭で、いつもよりも人が多いせいか、思ったようには進めない。時折、店先についている時計や、公園の時計を確認しては待ち人の姿を思い浮かべてため息をついた。


「お兄ちゃん! 遅い!」

 時間通りに間に合ったと思ったが、彼女にとっては長い待ち時間だったらしい。右も左も分からない場所で、女性一人というのは心細いものだろう、ということはケイにも想像はつくが、時間通りに来て遅いと言われてしまってはお手上げだ。

「悪かった……」

 渋々、といった様子でケイが謝ると、彼女はダークブラウンのショートヘアを風に揺らして、ぷいと顔をそむけた。


 しかし、ケイは妹であるジャンヌの瞳がキラキラと輝いているのを見逃さなかった。

(初めは、俺もそうだったな)

 貧しい、小さな村の出身で、一度も村を出たことのないジャンヌ。そんな彼女にとって、城下町はとても(まばゆ)く、華やかに見えているはずだ。多くの人が行きかう路面電車の駅も、一目見て身なりの良さが分かる服装も、美味しい食べ物の匂いも。すべてが新鮮。

「お兄ちゃん! 早く行こ!」

 すっかり機嫌を直したのか、ジャンヌは無邪気に笑った。


 ジャンヌが今一番お気に入りだというキングスコロンへ行って、香水とアロマキャンドル(これは期間限定らしかった)を買ってやり、ケイの行きつけの店で昼食をとる。普段、ケイが一人では絶対に入ることのないおしゃれな洋服屋を何軒も回らされた時には、勘弁してくれ、と言いそうになった。村には洋服屋も一つしかない。そのくせ、ジャンヌは小さい頃からオシャレが好きだったのだ。城下町はまさに、そんなジャンヌにうってつけである。カバン屋、靴屋、帽子を大量に並べた露店。ケイの両手はたちまち大量の紙袋でうまってしまった。


「お兄ちゃん! 私、シャルルさんに会ってみたい!」

 たくさんの物を購入して満足したのか、ジャンヌはコーヒーカップを片手にそう言った。

「……旦那に悪いと思わないのか」

「いいじゃない! 私だって、シャルルさん見てみたいもん! それに、夫から頼まれたくらいなのよ! もし会えたら、サインをもらってきてって!」

 ジャンヌはがさがさとカバンを(あさ)ると、本と同じくらいのサイズの白い紙を取り出した。

「団長は忙しい」

「分かってるよぉ。仕事の邪魔はしない。会えなかったら諦めるから! ね!」

 お願い、お兄ちゃん。こんな時ばかり、子供のような甘えた声でキラキラした瞳を向けてくるのだから、妹というのは恐ろしい生き物だ。ケイの女性に対する苦手意識は、ほとんどこの妹由来だと言っても過言ではない。


 結局、妹の押しに負けたケイは、数時間前に慌てて飛び出したはずの騎士団本拠地へと向かって歩いていた。

「ふふ~ん。楽しみだなぁ」

 呑気にジャンヌはスキップをする。

(マリアの方が、よっぽど落ち着いていて大人だな……)

 マリアの年齢を聞いたことはないが、見た目から、妹よりも年下であることは間違いなさそうだ。まったく見習ってほしい。ケイはそんなことを考えながら、なぜ今マリアのことを、と頭を軽く振った。


「おや。誰かと思えばケイじゃないか。さっきぶりだな」

 門の前に立っていた第五部隊隊長に声をかけられる。ケイはげんなりとした表情で彼を見つめた。

「例の妹さんか?」

「こんにちは! ジャンヌです。兄がいつもお世話になっております」

「こちらこそ。騎士団本拠地の門がこうして解放されるのは、入団試験の日を除いて、この収穫祭の期間だけだからね。存分に楽しんでいってよ」

 爽やかな笑みを浮かべて、同僚の男がジャンヌとケイを見送った。


「すごい! お兄ちゃん、こんなところで働いてるのね……。騎士団の制服もかっこいい!」

 ジャンヌは、建物内を楽しそうに見てまわる。勤務中の騎士団の人間とすれ違うたび、その熱い視線を彼らに向ける。勘違いさせるからやめてくれ。ケイは後から面倒くさいことになるぞ、と頭を抱えた。仕方がない。ケイは団長室へと続く廊下目指して、まっすぐに中庭を突っ切った。


 時を同じくして、団長室。マリアは自分の身に何が起こっているのかわからないまま、顔を緊張でこわばらせていた。目の前にいる人物の、淡いブルーがマリアを映す。とてもではないが直視できない。

「あ、あの……」

「マリアちゃんの、キモノ姿。見たかったな」

 ニコリと美しく微笑むシャルルは、マリアの前に(ひざまず)いて、その整った顔をマリアにずいと近づける。下から覗きこまれるようにして見つめられ、団長室のソファに座ったままのマリアは動けないでいた。


(どうしてこんなことに……)

 マリアはソファの背もたれギリギリまで体を後ろへとのけぞらせる。収穫祭の時には一般公開されると聞いたから、一度ゆっくり中を見てみたい、と軽い気持ちで遊びに来ただけなのに……。マリアはどうにも逃げられそうもないこの状況に、誰か助けて、と心の中で呟いてしまうのだった。


 そんなわけで、ノックの音はマリアにとってまさに奇跡としか言いようがなかった。シャルルは、一瞬残念そうな表情を浮かべると、マリアの前から立ち上がる。そして、マリアの知っているいつもの柔らかな笑みを浮かべて、どうぞ、と扉の向こうへ声をかけた。


「失礼しま……」

「ケイさん?!」

「マリア?!」

 ケイとマリアは互いに目を丸くする。声の主がケイだと分かっていたシャルルだけは、ため息をついてケイを見据えた。

「まったく。本当に君は、騎士団にぴったりの男だよ」

 ライバルに対する最大限の賛辞だったが、ケイはシャルルの言葉の意味が分からず首をかしげた。

「何もわざわざ、休みの日にまで仕事場へ戻ってこなくたって」

「いや、来たのは……」


「初めまして! 兄がいつもお世話になってます。妹のジャンヌです!」

 ケイの後ろからひょこりと顔を出す女性。シャルルは、合点がいったというようにうなずく。マリアはいまだ状況を何一つ飲め込めないまま、呆然としていた。

「団長にどうしても、会いたいと」

「なるほど。それは光栄だね」

 シャルルは胸に手を当てると、貴族のように美しい立ち振る舞いで一礼した。

「初めまして、ミセス・ジャンヌ。団長のシャルルです」

 多くの女性を(とりこ)にする、華やかで、(きら)びやかな笑顔。うっとりとするジャンヌに、ケイはため息をつく。


(旦那がこんな嫁の姿を見たら、泣くんじゃないだろうか……)

 ケイの杞憂(きゆう)は、シャルルに目を奪われているジャンヌに届くはずもなかった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


ケイの妹、ジャンヌが初登場となりました~!

シャルルとカントスの凸凹感に引き続き、兄妹の凸凹感をお楽しみいただけていたら幸いです♪


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