シャルルとカントス
城下町に着いたカントスは、路面電車を降りたところでこちらに手を上げた人物に目を止めた。
「やぁ! シャルル!」
シャルルは、いつもの騎士団の服を着たままだ。どうやら、収穫祭でにぎわう城下町の警備についていたようだった。どうにも浮ついた人間が現れてしまうのが、祭りというものらしい。
「この間ぶりだね、カントス。先に宿へ行って、荷物を置いてくるかい」
「あぁ。そうさせてもらおう!」
シャルルは、カントスの荷物に苦笑すると、カントスが泊まる予定の宿へ向かって歩き出した。
「仕事は良かったのかい? 祭りの時期は大変だろう」
「今日は、優秀な部下と交代だよ。ただ、着替える暇がなくてね」
「いや、良いさ。なんなら、私が荷物を下ろしている間に着替えてきてはどうかな?」
しかし、と言いかけたシャルルの言葉を遮って、カントスはビシリと指をたてる。
「いいかい! 私は、友人として、君と収穫祭の夜を楽しみたいんだ! 仕事着では、こちらが落ち着かないというものさ!」
シャルルは一瞬ぽかん、と彼を見つめた。しかし、すぐさま声を上げて笑うと、
「相変わらず、カントス、君にはかなわないな。それじゃぁ、夜の六時に、ここで」
と軽い足取りで宿を後にした。
「待たせたかい。ごめんね」
爽やかな声が喧騒から聞こえる。カントスはいやいや、と首を横に振った。肩をすくめて、ため息をついてみせる。
「早すぎるくらいさ。本当に、君は相変わらずだ」
「人を待たせることには慣れていなくてね」
冗談を一つ言うと、白の薄手のジャケットを翻したシャルルは、人混みの方へと歩き出す。淡いブルーの瞳には、どこか子供のようなキラキラとした輝きが見え隠れする。
「私にはどうやら、ゲームの才能があるらしい。腹ごしらえをしたら、一つ付き合ってくれないか?」
「はは、名案だね」
シャルルは、その笑みを女性に向けてやってくれ、とカントスが思ってしまうほど愛らしい笑みを浮かべた。
城下町の賑わいは、東都のそれに匹敵する。いや、東都よりも賑やかなくらいだ。しかし、王のおひざ元とあってか、身なりの良い人々も多く目立つので、東都の雑多な雰囲気に比べると整然としているように感じられた。カントスとしては、東都くらい雑然とした雰囲気の方が庶民的で落ち着くが、シャルルにはこの城下町が良く似合っていた。
「そう言えば、東都に行っていたんだろう? 東都はどうだった?」
「ああ、素晴らしかったよ!」
「……クリスティ教授の墓参りには、いずれ僕も行かなくては」
「そうだな。優等生の君が行けば、教授も喜ぶ」
二人はワイングラスに注がれた美しい赤と白の液体にそれぞれ口をつける。
「それに、東都で面白い洋服を見たんだ。あれは……そうだな、シャルルも驚くぞ」
珍しく歯切れの悪い、何かをたくらんだようなニマニマした表情でカントスは言う。シャルルは一口大のポテトをたっぷりのチーズにくぐらせて口に放り込む。
「東都へはマリアさんと一緒に行ったんだが……シャルル、極東の国の民族衣装を見たことがあるかい?」
シャルルは口をもぐもぐと動かしながら首を横に振る。
「キモノというらしい。もう一つのものも、マリアさんの友人が着ていたが見事だったな。いや、君は、どちらもマリアさんが着ているところを見たいのだろうがね」
先ほどと打って変わって、直接的な言い回しになったことにシャルルはピクリと反応する。口にあったものを飲み込むと、苦笑を浮かべてカントスを見つめた。
「まったく。どこまで分かっているのか知らないけど、そうやって僕をからかうのは君くらいだよ」
「はっはっは、これはすまない。いや、何。ついにあのシャルルが、と思うと面白くてね。それも相手は、数少ない私のお知り合いときたものだ」
「……それで? その、キモノがどうしたの」
「マリアさんが着ていてね。それはとても美しかった」
ついカントスに鋭い視線を投げかけると、カントスは再び大声を上げて笑う。
「私にとってマリアさんは、良い仕事仲間だ。それ以上でも、それ以下でもない。それに、私には心に決めた人がいるからね」
「有益な情報をどうもありがとう。これで、残りの収穫祭も楽しめそうだ」
シャルルの瞳は、まるで獣のそれのようだった。
(まったく、恐ろしい男だ)
カントスは肩をすくめる。彼はどこまでも、強く自らの意思に従って生きているのだ。出会った頃からそうだった。普段はこれでもかととびきり甘いマスクで、優しいまなざしを向けているのに、その一方では、他人を飲み込むほど強い炎を瞳に宿す。背筋が思わずゾクリとしてしまうような、そんなシャルルを、カントスはとても面白い人間だと思う。
「さて、そろそろ行こうか」
シャルルは空になったグラスと皿を丁寧にテーブルの上でまとめて、立ち上がる。
「城下町にはどんなゲームの屋台があるんだい?」
「ここだと、ビリヤードに近いようなテーブルゲームか……射撃、カードゲームも人気だね」
「わぉ! どれも楽しそうだ!」
「それじゃぁ、近場にあったものからやってみようか」
男二人……それも、かたや一人はあの騎士団団長で、カントスも黙っていれば背の高い好青年に見えるのだから、周囲の女性達が放っておくわけがない。言ってしまえば子供だましのゲームに興じる二人の周りにはいつの間にか小さな輪が出来ており、屋台を回るたびに、あちらこちらで歓声が沸いた。シャルルが有利だと思われていたゲームも、内容によってはいい勝負をするので、しまいには二人のどちらが勝つか、という賭けを行う者まで現れ、ちょっとした騒ぎになった。
「……まったく。何やら騒がしいと思っていたら、まさか、その中心にいるのが団長とカントスさんだったとは思いませんでした」
最終的に、シャルルと交代して城下町の見回りを行っていたケイがその騒ぎに足を止め、今に至る。ケイの前に座ってビールに口をつける二人に反省の色はなく、ケイは、はぁ、とため息をつく。
「私たちは純粋に祭りを楽しんでいるだけさ!」
カントスが大きく肩をすくめると、シャルルもクスクスと隣で意地悪な笑みを浮かべた。
「まぁまぁ。まさか、僕らで賭けをしている人間がいるとは思わなかったよ」
「賭博は、ルールにのっとってやってもらわなければ、いつ乱闘騒ぎになるか分かりませんからね。こちらで何人か、きっちりと指導しておきましたので」
シャルル達の周りに集まっていた人だかりは騎士団の見事な対応により解散した。シャルルからも今日はこの辺で、というひと声をもらったため、人々も一時の興を満足したとでもいうようにその場から立ち去った。
「巡回の報告はまた明日聞くから、今日はそろそろケイもあがって休むと良いよ。明日は妹さんが来るんだろう?」
「えぇ、まぁ……」
「それじゃ。お疲れ様」
シャルルはうまくケイまでもそうして、城下町から送り出し、目の前で楽しそうにそれを見ていたカントスへ向き直った。
「やはり、シャルル。君といると、退屈を知ることがない!」
「それはどうも、おほめにあずかり光栄です。カントス様」
シャルルが冗談めかして笑うと、カントスも声を上げて笑った。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
街の広場でマリア達とお別れしてからのカントスのお話でしたが、いかがでしたか。
シャルルさんとの凸凹コンビっぷりをお楽しみいただけていたら嬉しいです。
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