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調香師は時を売る  作者: 安井優
収穫祭編

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東都からの帰宅

 翌日、東都でお昼までたっぷりと収穫祭を堪能(たんのう)した四人は、街の広場へと帰る鉄道に揺られていた。リンネとカントスの手元にはこれでもか、というほどの景品の山。対して、ミュシャとマリアは手元に色違いのブレスレットをつけているだけだ。ミュシャが記念に、とマリアにプレゼントしたのは東都の街を象徴するような赤と金の糸で編まれた美しいミサンガのようなもの。マリアはそれじゃぁ、とその色違いに美しい青と金色のものを選んでプレゼントした。

 二人はそろって、ミサンガに願いをかける。

(どうか、これから先もずっと、友達でいられますように)


 鉄道に揺られながら、マリアは思い出したようにカバンを漁った。

「そうだわ。三人に、プレゼントがあったの。これ、良かったら使ってほしいな」

 パーキンと一緒に作ったアロマキャンドルだ。

「わぁ! かわいい!」

 リンネがそれを受け取って、中をじっと見つめる。中に入った木の実や植物が気になるらしい。カントスもまた、中に入ったドライフルーツが食べられるのか気になっているようだ。


「カントスさん、さすがに中に入っているものは食べないでくださいね」

「やはりダメだったか! 仕方がない。今回はあきらめよう。香りと炎を楽しむことにするよ。ありがとう、ミス・マリア」

 カントスの返事にリンネが笑う。ミュシャは、少し顔を引きつらせていた。いまだ、カントスの破天荒ぶりに慣れないらしい。それでも、初めて会った時に比べてかなり親密になったようで、今はカントスの隣に腰かけている。


「はい、ミュシャも」

「ありがとう。大切に使うよ」

 ミュシャはそれをとても大切なもののようにそっと慈愛(じあい)に満ちた瞳で見つめた。両手でそっと扱って、手持ちのカバンにしまう。

「マリアには、いろんなものをもらいっぱなしだね」

「そんなことないよ。このキモノだって、ミュシャがくれたんだもん」

 マリアは、今朝もリンネに着付けてもらったキモノをミュシャに見せて微笑んだ。


 見慣れた景色が近づいてくる。街を見つめるミュシャの瞳が、少しだけ寂しさを帯びているように見える。

「ミュシャ? どうしたの?」

「いや、なんでも……ううん。マリアには、収穫祭が終わったら話すよ」

 なんでもない、と言いかけてミュシャは曖昧に微笑んだ。

「そう……」

 これ以上、無理に聞いても話すつもりはないのだろう。ミュシャにも色々と思うところがあるらしい。今のマリアには、収穫祭が終わったら話す、といったミュシャの言葉を信じて待つしかできないのだ。

「街に戻ってきたね!」

 リンネの明るい声で、マリア達は再び、窓の外へと視線を移した。


 街の広場も、東都と同じくにぎわっている。二日目の収穫祭。まだまだ祭りは始まったばかりだ、と言わんばかりに広場を行きかう人々の喧騒(けんそう)であふれている。

「それじゃぁ、私はここから城下町の方へ向かうよ」

 カントスは鉄道を下りると、城下町へと向かう路面電車の駅の方へとひらりと体を(ひるがえ)す。

「実に楽しい旅行になった。ありがとう、マリアさん、リンネさん。そして、ミュシャ」

 カントスは琥珀色の瞳をキラリと輝かせ、ミュシャに美しい笑みを向ける。

「こちらこそ」

 ミュシャは照れ隠しのようにプイと顔をそむけたかと思うと、しばらくして視線だけをカントスに向けた。カントスはふっと笑みをこぼすと、景品の山を抱えて、大きく手を振る。

「北の町にも、また遊びに来てくれ!」


 リンネも、街の広場の中央で名残惜しそうにマリアとミュシャに手を振った。

「ガーデン・パレスで、この衣装を見せてまわるの! みんなに、ただのうるさいだけの小娘じゃないってわからせてやらなきゃ!」

 リンネは、ミュシャが選んだ衣装の入った紙袋を持ち上げる。ガーデン・パレスで、何やらひと悶着(もんちゃく)あったらしい。

「マリアちゃん、それに、ミュシャ。本当にありがとう! とっても楽しかった!」

「こちらこそ、ありがとう。リンネちゃん!」

「うん、また」

 珍しく、ミュシャがリンネに向けて小さく笑みを浮かべる。リンネは小さく、はうっと奇声を上げて胸元をおさえたが、すぐさま嬉しそうに目を細めて手を振った。


「あっという間だったねぇ」

 マリアは、東都での時間を思い出しながら、のんびりと街の広場を歩く。街の広場では珍しいキモノに、すれ違う人々が視線を向けるが、当の本人は気づいていないようだった。

「うん、本当に」

 反対に、ミュシャがマリアを見つめて(ほう)ける男性に厳しい視線を送る。やはり、マリアのことが大切なことには変わりないのだ。マリアにとっては、ミュシャは母親だの、弟だのと思われていることは間違いないが、ミュシャにとってのマリアは妹か……良くて姉といったところなのだ。

「今日は混んでるし、カフェに寄らずに、洋裁店へ戻ろうか」

「うん。そうだね。せっかくミュシャが選んでくれたキモノも、ママとパパに見せたいし!」

 マリアは無邪気な笑顔で、大きくうなずいた。


「ただいまー!」

 『定休日』の看板がかかった店の扉を、マリアが開ける。扉の音に反応して、両親が店の奥から顔を出すと、マリアを見つめて声をあげた。

「あら……一体どなたが来たのかと思っちゃったわ」

「マリア!」

 父親は、マリアのもとへ駆け寄ると、きつく娘を抱きしめる。

「ちょっと、パパ!」

「ふふ、ミュシャくんが選んでくれたのかしら?」

 マリアの母親にニコリと微笑まれ、ミュシャは小さくうなずいた。

「ほんと、ミュシャくんはマリア専属のデザイナーさんね」


 マリアとミュシャが東都へ行っている間、両親は街の広場で収穫祭を楽しんでいたらしい。

「久しぶりに、パパとママのデートね」

 マリアは、収穫祭で母親が買ってきたというピーチパイを口に運ぶ。

「そうだな。二人はどうだったんだ?」

 父親からの質問に、ミュシャが食べていたピーチパイをのどに詰まらせた。うぐ、と小さく声を上げてから、紅茶を流し込む。


「東都も、すっごく楽しかったよ」

 マリアが何事もなかったかのように笑顔を見せる。

(多分、そういうことを聞きたかったんじゃないと思うけど……)

 ミュシャは口元を軽く拭きながら、マリアを横目に口を開いた。

「そうですね。僕も、久しぶりに東都へ行けて楽しかったです。他にも、友人がいましたし」

「あら、そうだったの。せっかくなら、連れてきてくれれば良かったのに」

 ミュシャの答えに何を察したのか、それともはなからそんな意図などなかったのか、マリアの母親により、会話はリンネとカントスの話へと移り変わった。


 キモノは、両親も気に入ったらしく、明日以降の収穫祭にも着ていったらどうか、と提案される。ミュシャだけは、なぜかしきりに反対していた。マリアも、あまり目立つのも恥ずかしい、とミュシャの服をいくらか買い取ってそれを着ていくことにする。母親は着付けをマスターし(さすがは洋裁店店主の妻)残念がっていた。

「……また、そのうち着るから、それでいいでしょ?」

 あきらめたようにマリアが口を開くと、

「それじゃぁ、今度のおばあ様のお墓参りには着ていきましょう! おばあ様もきっと喜ぶわ」

 と、母親が目を輝かせた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

本日は新たにブクマ・評価をいただき、本当に嬉しいです~!ありがとうございます!


帰るまでが遠足。よく言いますが、まさにそんなお話ですね。

もちろん、収穫祭はまだまだ続きます。

最後までぜひお楽しみいただけましたら幸いです!


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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