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調香師は時を売る  作者: 安井優
収穫祭編

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102/232

東都の長い夜

「お待たせ……ってあら?」

 大聖堂の前で、ミュシャとリンネの姿を見つけたマリアは手を振ると同時に、首をかしげた。リンネの洋服が朝とは変わっている。それも、ずいぶんと派手な青いワンピースで、スリットからは大胆に足がのぞいている。しかし、東都の華やかな街並みには良く合っていたし、収穫祭らしい特別な雰囲気も相まって、とても(きら)びやかに見えた。


「素敵! リンネちゃん、どうしたの?!」

「ミュシャが買ってくれたんだ。せっかくだからお土産にって。どうかな?」

「すっごく似合ってるよ! とってもかわいいし、それに、綺麗……」

 マリアの言葉に、リンネはほっとしたように微笑んだ。

「ミス・リンネ! 素晴らしい衣装だね!」

 後ろからのんびりと歩いてきたカントスも絶賛し、リンネは嬉しそうにはにかんだ。


「ちなみに、マリアの分もあるから、宿へ行って着替えよう」

 ミュシャは満足そうに、大きな紙袋をマリアに見せる。

「え?」

「そういうわけだから、さっそく宿にしゅっぱーつ!」

 リンネに手を引かれ、マリアは状況も飲み込めないままに、宿へと連れていかれるのだった。


 宿に着くと、ミュシャから紙袋を渡されたリンネが早速マリアの服を脱がしていく。

「ちょ、ちょっと! リンネちゃん?!」

「大丈夫、大丈夫。この服の着方もばっちり店員さんに教えてもらったから!」

 リンネはマリアの服をはぎとり、紙袋から取り出した服をマリアに着せていく。その服は、普段着ている洋服よりも少し薄い素材で出来ており、さらっとした肌触りが心地良かった。マリアの胸元で一枚の布を重ねるようにしてその形を整える。それから太い紐……帯を巻き付け、ぎゅっとしめる。

「うぅ……」

 マリアが苦しそうな声を漏らすと、リンネは

「ごめんごめん! でもちょっとだけ我慢して!」

 と手を休めることなく、後ろで帯を器用に結んでいった。


 服を着替え終わると、リンネは続いてマリアの髪に手を伸ばす。

「こう見えても、私、結構器用なんだよ!」

 だから安心して、と胸をドンとたたくリンネ。マリアはされるがままになっている。リンネの手の感触を頭に感じながら、マリアは自らの服を見つめた。リンネが言うには、キモノと呼ばれる極東の民族衣装らしい。東にある国境の門が近い分、東都では東側の国からの珍しい品々が集まるようだ。

「はい! 完成!」

 リンネは、キモノに描かれた花と同じ色の髪飾りをマリアの頭に添えて嬉しそうに微笑んだ。


 ようやくここで鏡を見ることを許されたマリアは、部屋に備え付けられていた全身鏡の前へ立ち、自らの姿に目を見開いた。

「マリアちゃん、とってもかわいい!」

 マリアとは別の特別な衣装に身を包んだリンネと並ぶと、より異国の雰囲気が漂う。

「ありがとう、リンネちゃん」

 マリアはいつもよりもウンと大人びて見える自分自身に驚きつつも、リンネにはにかんだ。


「さ、お祭りに行こう!」

「うん!」

 部屋から見下ろした東都の街は、美しい光の数々に(いろど)られていた。昼間とは違った雰囲気がマリア達の心を躍らせる。リンネに手を引かれ、マリアは宿を出た。


「お待たせ!」

 宿の下で二人を待っていたミュシャとカントスに、リンネが明るい声で呼びかける。何やら話をしていた二人はその声に振り返ると、大きく目を見開いた。

「ミス・マリア! よく似合ってるよ! 素晴らしい!」

「ありがとうございます、カントスさん」

 カントスは大きく手を広げ、その素晴らしさを体いっぱいに表現する。対して、ミュシャは口を開けたままぽかんとマリアを見つめていた。瞬きを何度も繰り返しては、目をこする。

(この反応、以前も……)

 王妃様からいただいたワンピースを着た時だわ、とマリアが思い出すと同時に、ミュシャは顔を真っ赤にして(うつむ)いた。


「似合ってる……すごく……。本当に。かわいい……」

 小さな、今にも消えてしまいそうな声が風にのって届く。ミュシャからの最上級の賛辞(さんじ)を受け取ると、マリアは優しく微笑んだ。

「素敵な服のプレゼント、ありがとう。ミュシャ」

 その様子を微笑ましく見守るカントスと、対照的にどこか切ない表情を浮かべるリンネ。

「さ、お祭りに行こうか!」

 カントスの言葉をきっかけに、四人は夜の東都へと繰り出した。


 子供が多かった昼間に比べて、酒や料理を楽しむ老夫婦や、子供のようにゲームに夢中になっている大人たちの姿が目立つ。マリア達も露店の料理を各自で一品ずつ購入し、外に並べられたテーブルの上で交換しあった。カントスだけは、一品では物足りなかったのか、一人で何品も購入していたが。

「その体のどこにそんなに……」

 マリアが以前感じていた疑問をリンネが口にする。カントスは串にささったチキンをペロリと平らげると、食べられるときに食べておかないと、と冗談めかして答えた。


 酒もそれぞれ一杯だけ飲み、お祭り独特のふわふわとした感覚を楽しみながら屋台を見て回る。

「そういえば、お昼にダーツのゲームをしたんだけど。あれ、すっごく難しいの! 悔しいから、もう一回挑戦したい!」

 リンネが思い出したように声を上げ、マリア達はそれについていく。

「おや、嬢ちゃん。リベンジかい?」

「はい! もちろん!」

 リンネは再び店主にコインを投げて渡すと、ダーツの矢を握った。


「もー! なんで?!」

「はっはっは。何度でもやっていいぞ。他にやるやつはいるかい?」

「それじゃぁ、私がやってみよう」

 地団駄(じだんだ)を踏むリンネの隣で、カントスが挙手する。カントスは店主に金を支払うと、ダーツの矢をスッと放った。


 パンッ!

 風船の割れる軽やかな音が響く。百発百中。カントスの意外な特技に、マリア達は全員目を丸くした。

「カントスさん、すごいじゃないですか……」

「ほんと! すごいわ! おじさん、景品!」

「これは驚いたな。五本すべて当てたのは、兄ちゃんが初めてだ。ほら、好きなのもっていきな!」

 カントスは店に飾られていた髪飾りを選ぶと、後でクリスティの妹さんへ送ると言って喜んだ。


 それから、瓶を立てるだけの(けれどこれがとんでもなく難しい)ゲームに挑戦したり、一から百までの数字を間違えずに書けるか、という不思議なゲームに挑んだり、と四人は祭りを満喫する。植物の絵が描かれたカードを合わせる、というゲームは調香師二人とガーデン・パレスの研究者一人という譲れない三人で、それはもう白熱したバトルを繰り広げた。


 リンネがボールを穴に入れるゲームにいそしんでいる。その様子を楽し気に見つめていたマリアの肩を軽くカントスがたたく。

「マリアさん、悪いが何か飲み物を買ってきてくれないか。何かあるといけないから、ミュシャくんと二人でね。私はリンネさんについているから」

 ミュシャはカントスの言葉に反応して、マリアを見つめた。

「えぇ、もちろん良いですよ。何がいいですか?」

「そうだな、私とリンネさんには水を」

「分かりました」


 人混みに消えていくマリアとミュシャの背中を見送って、カントスは微笑む。

(祭りの夜は、ずいぶんと長く感じられるものだな)

 屋台にぶらさがったランプの明かりを見つめて、カントスはその(まぶ)しさに目を細めた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

18,000PV、ユニークも3,700人を超え、本当に多くの方に見ていただけて嬉しいです。

ありがとうございます!


チャイナ服のリンネと、着物姿のマリアは、完全に個人の趣味ですが……(笑)

お祭りの特別感みたいなものを皆様が一緒に楽しんでいただけていたら、幸いです!

活動報告にて、作中のゲームについて少し書いております。ご興味ありましたら、そちらもどうぞ。


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