ミュシャとリンネ
「なんで当たらないの?!」
結果、リンネは一度もダーツの矢を風船に当てることは出来なかった。ミュシャは、緊張して損した、と軽いため息をつく。リンネの投げた矢は、見事にあちらこちらに散らばっていって、それを片付けながら店主も大笑いする。
「はっはっは。こんなに下手くそなやつもなかなかいないぞ」
「悔しい!」
「どうだ、そっちの彼氏も挑戦してみるか?」
「いや、僕は……」
彼氏じゃない。ミュシャがそう言いかけた時。
「ドロボウ!」
すぐ近くでそんな大声が聞こえた。人混みの中を焦ったように、一人の男が走り抜けようとする。周りに多くの人がいて、思うように足は進んでいない。しかし、追いかける側もそれは同じだろう。気づいた人達がなんとか男をとらえようとするも、寸でのところで男はそれを器用にかわす。
「おじさん、ごめん! これ、借りるね」
ミュシャはとっさに手元にあった景品のおもちゃを一つ掴む。子供用の剣を模したものだが、これくらいでちょうど良いだろう。
「ちょっと、ミュシャ?!」
リンネの静止する声も聞かず、ミュシャはこちらへと走ってくる男の前へと足を踏み出した。
一歩。踊るように軽やかな右足が地を蹴る。ミュシャはその細い体で器用に人の隙間を縫うと、男の前に立ちふさがった。男は胸に抱えた女物のカバンを抱きかかえたまま、ミュシャを見つめる。男の顔はすでに真っ赤で、まだ昼間だというのにずいぶんと酒をあおっているようだった。ミュシャを無理やりによけようと、男はそのままミュシャめがけて走り出す。ミュシャは手に持っていたおもちゃの剣をタイミングよく振るい、地についていた方の男の足を払った。
ダァンッ!
男が派手に体を地面にたたきつける音が周囲に響く。今がチャンスだと言わんばかりに、ミュシャの周りにいた他の大人たちが男の上にまたがって、男の動きを止めた。
「くそ……!」
男はバツの悪そうな顔でミュシャを見上げ、にらみつけたが、ミュシャの冷たく光るオリーブ色の瞳に、それ以上言葉を発することはなかった。
「かっこいい……」
ポツリと声をこぼしたのは、リンネだ。ミュシャを追いかけていけば、女性のカバンをひったくった男を華麗に倒しているではないか。繊細でどこか女性的な雰囲気すら感じるあのミュシャが。リンネの頬は紅潮し、ドキドキと胸が高鳴る。ミュシャは、リンネに気づくと、気だるそうな目で
「はぁ……。別に、何もしてないから。今のは見なかったことにして」
と無茶な要求をするのだった。
おもちゃの剣をおじさんに返すと、ミュシャは何事もなかったかのように歩き出す。
「ねぇ! ミュシャ! ミュシャって強いんだね!」
「別に、あんなのは誰でも出来るよ。あの男は酒も飲んでたし……」
「でも! すごいよ! ミュシャ、すっごくかっこよかった!」
リンネはそれでも食い下がり、感嘆の声を上げながらミュシャの横を歩く。かっこいい、などとは言われ慣れていないミュシャは、照れ臭い気持ちを隠すために視線をそむける。
「ね、どうして今まで黙ってたの?! あんなにすごいなら、騎士団にも入れるよ!」
実際、ミュシャは学生時代から剣技の美しさを競う授業において、トップクラスの成績だった。決して戦うためではないとはいえ、剣を扱うことにたけていたのだ。体力が無いことを補うための無駄のない完璧な動き。省エネ体質のミュシャにとっては当たり前だが、いざ実践して出来るレベルのものではない。
しかし、ミュシャは軽くリンネをあしらう。
「僕はデザイナーだよ。それも、女性の服を作るデザイナー。イメージが崩れる」
淡白なミュシャに、リンネは驚いたように声を上げた。
「イメージなんてそんなの、気にしなくていいのに! どんなミュシャでも、素敵だもん! それに、あんなにかっこいいミュシャが、こんなに素敵な服を作ってるって考えたら、むしろドキドキするよ!」
興奮さめやらぬまま、リンネはまくし立てる。
今日のリンネの服は、以前洋裁店でミュシャがリンネに選んだものだ。リンネが普段選ぶような服とは違い、最初は戸惑ったが、服を作った本人がこちらの方が似合うというのだから間違いないだろう、と思った。実際に着てみると、リンネのスタイルの良さが際立ち、控えめなモチーフが逆に女性らしさを際立たせた。品が良い、というのか、おとなっぽい雰囲気で、あっという間にリンネのお気に入りの洋服になった。
横で力説され、ミュシャは目を点にする。
「とにかく、すっごくかっこよかったんだから! ヒーローみたいだったよ!」
リンネはうっとりと目を閉じる。先ほどのことを思い出しているのだろうか。ミュシャは少し頬を染めて、リンネを視界から外した。
「……もう、分かったから。誰にも言わないで」
見なかったことにしろ、という要求は、秘密にしろ、という要求にランクダウンされ、リンネは満足そうにうなずいた。
気を取り直して、二人は店を見て回る。ミュシャが足を止めたのは、小さな洋服屋だった。いや、洋服、というにはあまりにも珍しい。東の国の民族衣装だろうか。
「ミュシャ?」
数歩先を歩いていたリンネは足を止め、食い入るようにショーウィンドウを見つめているミュシャを不思議そうに眺めた。
スリットが大きく左右に入ったタイトなワンピース。青い光沢のある生地には黄色とも白ともつかぬ糸で花の模様があしらわれている。首元を止めている金色の紐が編み込まれたタッセルのようなリボンの品もいい。
ミュシャは、その隣に並べられていたもう一つの服にも視線を移す。
白地の布に、大柄の花が描かれている。深紅の花は、王国ではあまり見ない少しくすんだ渋い色合いで、存在感があるのに派手ではなく、落ち着きがあった。布は胸元で重ねられており、それを胸下の帯で止めている。背中側は美しいリボンの形に織り込まれていた。手元がふわりと広がっていて、そこから覗くマネキンの白く細い手をさらに繊細に引き立てているような。
「わぁ……素敵だね」
リンネもミュシャの隣に立つと、その衣装を眺めて珍しい服の形をしげしげと眺めた。
「リンネには、こっちだね」
ミュシャは、青いワンピース風の衣装を指さす。リンネのスラリと伸びた健康的な足がスリットから覗く様は、悪くないと思う。濃い青色も、リンネにはよく似合うだろう。
「そ、そうかな?!」
突然話を振られたリンネは、思わず動揺してしまう。しかし、ぼんやりともう一体のマネキンを見つめるミュシャの横顔を見ると、少しだけ胸が痛んだ。
(……どうして、今)
リンネは自らの胸に手を当てる。
「マリアは、こっちかな……」
真剣に悩み始めたミュシャに、リンネは曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
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さて、意外な組み合わせの二人のお話になりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。
ミュシャの隠された特技(?)も明らかになり、リンネの気持ちにも変化が……?
次回もお楽しみにいただけましたら、幸いです。
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