収穫祭初日
街の広場は、いつもとは比べ物にならないほど露店がひしめいていた。騎士団の本拠地がある方角の空に、ポンポンと昼花火があがっている。王国の旗がいたるところでひらめき、カラフルな紙吹雪が空を舞う。人々は互いに体を寄せ合いながらなんとか狭い道を行きかう。どこからか漂う食べ物の香り。人々の喧騒。いつもよりも華やかに着飾った子供たちの洋服の裾がはためく。
王国最大のお祭り、収穫祭が始まったのだった。
マリアとミュシャは、待ち合わせ場所である鉄道の駅で大きく手を振った。マリアとミュシャを見つけた二人も大きく手を振る。
「リンネちゃん! カントスさん!」
マリアが駆けよると、二人は目を輝かせ、子供のような笑みを浮かべた。どこか似た雰囲気のある二人は、マリアとミュシャを待っている間にどうやらすっかり打ち解けたようだった。
鉄道は満席で、廊下にも多くの人があふれている。
「チケットが取れて良かったね」
「ほんとに。ミュシャのおかげよ、ありがとう」
マリアとリンネに満面の笑みを向けられ、ミュシャは照れたようにぷいと視線を窓の外へやった。収穫祭の時期は人の往来も多くなり、鉄道の座席指定券はあっという間に売り切れてしまうのだ。
「北の町以外の収穫祭に行くのは初めてだから、とても楽しみだよ」
カントスも相変わらず嬉しそうな顔のまま、窓の外を見つめる。
鉄道で東都までは約三時間。長旅だが、リンネとカントスの会話が途切れることはなく、マリアはこれならあっという間についてしまいそうだ、と思う。目の前に座っているミュシャも、なんだかんだ楽しんでいる様子だ。
「ほんと、いまだに信じられないよ」
マリアの視線に気づいたのか、ミュシャは少し肩をすくめた。
「カントスさんのこと?」
「そう。作品と作者は全くの別ものだって、気づかされたよ」
それでも、カントスが悪い人物ではなかっただけまし、というようにミュシャは隣に座るカントスを見て、ため息をついた。
途中でミュシャの実家がある町をはじめとしたいくつかの町を抜け、景色はだんだんと東都のそれに代わっていく。収穫祭を彩るカラフルな布がはためいているのが見え、窓の外に流れる景色はその色彩を増していった。つられるようにして鉄道の速度は緩やかになる。
マリア達は、その眩いばかりの街並みに声を上げた。
鉄道は、真っ赤な門をくぐり抜けて止まる。マリア達と同じくふわふわと心を躍らせた乗客たちの足取りは軽い。皆、どこか夢でも見ているかのような心地で鉄道から降りていく。
「すっごく素敵!」
東都の地に足をつけたリンネは目をキラキラと輝かせて声をあげた。
「ほんと。何度来ても東都は見飽きないよね」
ミュシャも珍しく興奮を隠さずに、東都の街並みを目に焼き付けている。カントスはその色彩の多さに圧倒されているのか、それとも芸術家として何か思うところがあるのか、対照的に黙り込んで動かなかった。
収穫祭初日ともあって、とにかく人の多いこと。マリア達は互いにはぐれてしまわないよう注意しながら、ガヤガヤと活気にあふれる駅を通り抜けていく。祭りのせいか、それともまだ夏の陽射しが残っているせいか。東都は熱気に満ちていた。体中の血液が激しく動きまわり、鼓動が激しく高鳴る。マリアはゆっくりと深呼吸を一つすると、
(私も、こんなにドキドキしているのは久しぶりだわ)
と、前を歩いているミュシャの背中を追いかけた。
東都の街は、とにかく鮮やかだ。家の外壁は様々な色を纏っていて、それに負けじとたくさんの看板がひしめきあっている。店先には必ずと言ってよい程たくさんの商品が並べられていて、中にはシートを引いて道端でそのまま店を営んでいる人もいた。東の国から来たであろう変わった服を着た人達や、異国の音楽。スパイスの香り。様々なものが詰め込めるだけ詰め込まれた雑多な雰囲気は、収穫祭をよりにぎやかにしている。
「あれが、この東都のシンボルだよ」
ミュシャが指さした先。
「わぁっ……!」
そこに鎮座する建物に、マリアは思わず大きな歓声を上げた。
「大聖堂……っていっても、今はもう使われてないんだけど」
「へぇ。ミュシャって物知りだね! これはすごいや」
リンネもその不思議な建物を見上げて感心したように見つめる。リンネに褒められ、ミュシャはむず痒い気持ちをおさえながらも、同じくその建物へ視線をやる。
大聖堂は、ずいぶんと昔に作られたものらしい。真っ赤なレンガ造りの土台の上に、漆喰の真っ白なドーム状の建物がのっている。さらにそのドームの中心からは天高くとがった屋根が伸びており、金色に輝いていた。古い歴史の中で、ずっと東都のシンボルとしてそこにあるが、風化した様子はなく、今でも人々の目を楽しませてくれる。収穫祭のためだろうか。今はその屋根から、建物の周囲を取り囲むようにして、鈴のついた美しい紐が幾重にも張り巡らされていた。
「カントスさん! マリアさん!」
大聖堂の下で、クリスティの妹が小さく手を振っていた。待ち合わせ場所には確かにぴったりだ。とマリアはクリスティの妹のもとへ駆け寄った。
「すみません、収穫祭の初日に」
「いいのよ。それより、あなたたちはいいの? せっかくのお祭りなのに」
「私たちは夜に見て回る予定ですからね! 何、教授の墓参りほど大切なことはない!」
カントスがそう答えると、クリスティの妹はクスクスと微笑んだ。
ミュシャとリンネとはここで別れて、マリアとカントスはクリスティの墓参りへ。
「それじゃ、夜の十八時にもう一度この大聖堂の前で」
ミュシャは約束を取り付け、マリアとカントスに手を振る。隣にいたリンネも大きく手を振り、三人の背中を見送った。
「さて、と。それじゃぁ、僕らもせっかくだから祭りを見てまわろうか」
ミュシャの言葉にリンネはパッと目を輝かせ、大きく首を縦に振った。
対面の家や店に向かって、道の上を渡されたたくさんの装飾が空を覆う。カラフルな布をいくつも通したものや、鈴をつけたもの、モビールのようないくつかの可愛らしい型紙をぶらさげているものもあれば、豆電球が光っているものもある。幻想的な光景に、ミュシャとリンネは顔を見合わせた。それから、道の両脇を埋め尽くす露店に目を向ける。リンネは、奥で子供たちが集まって何やら声を上げている店が気になったようで、
「ね、あそこに行ってみようよ!」
と楽しそうに足を進めた。
ダーツの矢を風船に向かって投げるシンプルなゲームの屋台だ。風船は九個のマス目すべてについていて、簡単そうに見える。
「おじさん! 一回分!」
リンネはポケットから財布を取り出すと、硬貨を店主に放り投げる。それは見事な円弧を描き、おじさんの手に収まった。
「よし、嬢ちゃん。やってみな。ちなみに、一列割って景品だ。二列なら、どれでも好きなもの」
「分かった!」
リンネはよほど自信があるのか、ペロリと舌なめずりをして景品を吟味している。渡されたダーツの矢は五本。二列、ということはその五本すべてを風船に当てる、ということだ。リンネがいつもとは違う真剣な瞳でダーツの矢を握る。あまりにも真剣なので、隣にいたミュシャも思わずごくりと生唾を飲んだ。
「よし……それじゃぁ」
リンネの投げたダーツの矢は、風船に向かって一直線に飛んでいった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
新たに感想もいただきまして、本当に感謝感激です。この場をお借りして、お礼申し上げます!
いつも読んでくださっている皆様、応援いただいている皆様、本当にありがとうございます!
さて、ついに! 100話という大台を迎え、収穫祭も幕を開けました!
マリア達と一緒に、お祭りの楽しい雰囲気や、どこか幻想的な光景を楽しんでいただければ、と思います♪
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