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夜桜は散るか、朽ちるか、狂い咲くか  作者: 漣輪
2-3 暮れ行く年の忘れ物
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竜道院羽衣について

 その日、舞桜は竜道院家の屋敷に戻るということになり、静夜たちは彼女を除く三人だけで京天門邸を後にした。


「……舞桜ちゃん、ほんまに大丈夫やろか……」


 栞が閉じた門の向こうをおもんばかる。


 外は既に薄暗い真冬の夕暮れ。月は厚い雲に覆われ、吹き付ける北風は一段と冷たく、痛みを覚えるほどだった。


「……たぶん、大丈夫だよ。少なくとも、決闘が終わるまでは何もされないと思う」


「……せやったらええねんけど……」


 決闘の詳細は明日、竜道院家の屋敷で話し合って決めるということで落ち着いた。話し合いの場で飛び交ったお互いの請求や要求は全て保留となったため、決闘で話を付けるという竜道院羽衣の言葉を反故にして、舞桜や美春に危害が加えられることはおそらくないだろう。


 そんな興の醒めることを彼女が許すとは思えない。


 曰く、彼の者は戦いを好む。

 曰く、彼の者は五行のすべてを操り、森羅万象を弄ぶ。

 曰く、彼の者は黄金の竜さえ従える。


 その昔、この京都が平安という名の都だった時代。

 黄金の竜が突如、京都の街に現れ、破壊の限りを尽くしたという。人知を超えた竜の力に人々は為す術もなく蹂躙されるだけだったとか。


 しかし、そこへ一人の陰陽師が駆け付け、その竜をたった一人で退治してしまった。

 時の天皇はその功績を讃え、その者に『竜倒りゅうどう』の名を与えた。そして倒された竜は、その者に仕えるようになったと言われている。


 この伝説こそが、竜道院りんどういんという陰陽師一族の始まり。《平安会》に属する陰陽師の中でも、竜道院家が特に古い歴史を持つのは、その為である。


 そして、竜道院の姫と崇められる少女、竜道院羽衣は、一族の祖とされる伝説の陰陽師の先祖返りだと信じられているのだ。彼の者の魂は、竜道院羽衣の身体に宿って転生し、人々を導くために現世に来迎したと。事実、彼女は伝説に語られるその陰陽師と同じ奇跡を起こせるらしい。

 父である功一郎氏が娘に頭を下げたのは、そういう理由だ。


「せ、せやどそれって、ただの迷信とちゃうの?」


 駅へ歩きながらそんな話をしていると、栞は信じられないという表情で静夜を覗き込む。当然、普通はとても信じられない話だ。陰陽師である静夜でも、先祖返りという話は正直に言ってあり得ないと思っている。


「でも、竜道院羽衣の実力は本物だ。それだけは他のどの家も認めているし、恐れている。だから、あの子がいきなり決闘なんて提案をしても、誰も強く反対しなかったんだ」


「そう言えば、京天門と蒼炎寺の人らがもの凄く怖い顔であの子のこと睨んどったけど、あれはなんやったん?」


 その質問に、静夜は一瞬言葉を詰まらせた。こういう時の彼女の直感にはいつも驚かされる。


 妖花の方を一瞥すると、彼女は俯きがちに首肯した。話すべきかどうか少し迷ったが、静夜は口を開く。


「……一年と少し前、だったかな……、実は、京天門と蒼炎寺の間で、縁談が持ち上がったんだ」


「え、縁談? それって結婚のこと? あの人たちが?」


「……その時の彼らは、羽衣の誕生をはじめとする諸々の事情を考えて、《平安会》内部でのパワーバランスが竜道院家に偏ることを恐れていたんだ。両家はいざという時に協力できる関係を築こうと、一計を案じた。それに、その計画にちょうどいいカップルもいたんだ。……京天門きょうてんもん椿つばき紅庵寺こうあんじ陸翔りくと。椿さんは総会にもいた京天門夫妻の長女で、京天門匠のお姉さん。紅庵寺家は蒼炎寺に近い分家筋の一つで、陸翔さんの母親は蒼炎寺空心の姉。高座に並んでたあの三つ子にとっては従兄弟であり兄弟子でもある人だ。……その二人は元から恋愛関係だったんだけど、両家の関係性もあって結婚は諦めていた。そこに降って沸いた縁談の計画。二人は飛び跳ねて喜んだらしい」


「へぇ~、なんやロミオとジュリエットみたいやな」


 栞はどこかうっとりした目で遠くを見やる。


 確かに、これはまさしく、ロミオとジュリエットの物語だ。悲劇である点がまさにそう。


 静夜は続けた。


「結納の儀は紅庵寺の家で行われた。両家と蒼炎寺の関係者も集まって、それは華やかな会だった。……竜道院羽衣がその会場を襲撃するまでは」


「しゅ、……襲撃?」


「実際に、羽衣は黄金の竜に跨って会場に乗り込んで来たらしいよ。並み居る大人たちが束になって掛かっても九歳の小学生と黄金の竜は止まることなく暴虐の限りを尽くした。会場は滅茶苦茶になって、けが人も出た。そこで特にひどかったのが、新郎新婦の二人。彼女の襲撃で、椿さんは両目を失明、陸翔さんは両足の機能を失ったそうだよ」


「え……?」


 栞は絶句する。この話を静夜から聞いていた妖花も改めて語られる悲劇に唇を噛んでいた。


 特に、京天門椿は盲目の母である絹江女史を率先して手伝っていた、気立てのいい娘さんだったらしい。そんな彼女を羽衣は意図的に母親と同じ、全盲にしたという。さすがに、その話を噂話で聞いた時は静夜も言葉を失った。


「……その二人、今は?」


「……恋人関係は今でも続いているらしいけど、二人で生活するのは難しいからって、結婚の話は……」


「……」「……」


「……事件以降、羽衣への信仰は増すばかりで、他の家も彼女には反発しなくなった。いずれは竜道院家の当主、そして《平安会》の首席になるんじゃないかって言われる」


 希望も救いもない話に一行はしばらく口を閉ざす。黙ったまま、地下鉄のホームへ下る階段を人の波に流されて降りていく。とても逆らえない、逆らおうとも思えない、現実の潮流に身を任せた。


「……そんな子と決闘やなんて、静夜君は大丈夫なん?」


 栞の顔は真っ青に染める。何か悪い想像をしたに違いない。


「大丈夫ですよ。まだ羽衣さんが決闘の相手と決まったわけではありませんし、おそらく、彼女が相手になることはありません。きっと別の誰かに任せて、自分は高みの見物をするつもりだと思います。それに、相手が誰になろうとこちら側の代表として戦うのは私です。京都支部の設立がこの決闘にかかっているんですから、アルバイトの兄さんには任せられません」


「妖花? 力強くそう言ってくれるのは頼もしいけど、今のはちょっと傷ついたよ?」


「兄さんの実力を疑っているわけではありません。ただ、立場上責任者は私なので、その責任を兄に押し付けたくないだけです」


 静夜の上司は、力強い言葉で不穏な空気を払いのける。栞も笑顔で「妖花ちゃんやったら安心やね」と笑って見せた。


 それでも、先行きの見えない不安は消えない。

 駅のホームに集まる仕事終わりの大人たちの顔色には、過ぎゆくこの一年で溜まった疲労が窺えて、漂う雰囲気は重かった。


「……栞さん、明日は家でゆっくりと休むといいよ。舞桜のことが心配かもしれないけど、栞さんが無理に出てくることもないし……」


「え?」


 その提案に、栞は驚いて顔を上げる。簪の鈴がチリンと鳴った。


「……そうですね。明日は私と兄さんだけでいいと思います。今日の明日ですぐに決闘ということにはならないと思いますし、もちろん、決まったことは栞さんにもお伝えしますから、明日はご自宅で休養なさって下さい」


「え、やけど……」


 妖花にも押されて、栞は思わず食い下がる。


 その時、アナウンスと警笛が鳴り響き、電車がホームに入って来た。ガタンゴトンというその音が無性に不安を掻き立てた。


「…………うん、二人がそう言うんやったら、そうしようかな……」


 迷いながらも遠慮がちに頷く彼女を見ると、少し胸が痛む。


 プシュ―、と電車の扉が開いて、中から慌ただしく人が降りて来る。それを待って静夜と栞は電車に乗り込み、その後に妖花が続く。その時になってふと、静夜は気付いた。


「あれ? そういえば、妖花のホテルってこの電車だっけ?」


「え? 違いますよ?」


 それが何か? とでも言いたげな視線で、兄を見上げる妹。静夜は首を傾げた。


「……じゃあ、今日は何処に泊まるつもりなの?」


「何処って、今日は舞桜さんもいないので、いいのかなぁっと思ったのですが、やっぱりダメでしたか?」


「え、何が?」


 上目遣いの彼女が何を言っているのか分からない。

 義理の妹は少し目線を泳がせた後、照れ隠しの笑顔でこう言った。


「……きょ、今日は、兄さんのお部屋に泊めて欲しい、です」


 頬をうっすらと赤らめる彼女が、何を言っているのか、やっぱり静夜には分からなかった。

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