裏切り
再開された総会は、やはり京都支部の是非が議論の中心となった。
「……我々としましては、協会の方々は早急に、この京都から手を引いていただきたいのですがね……」
探るような言い方をするのは京天門政継。司会の立場から《平安会》の総意を述べる。
これには竜道院家も蒼炎寺家も、他の家々も頷くばかりだ。
京都は先祖代々、《平安会》をはじめとする古い陰陽師の家系が守り継いできた土地。今更よそ者に荒らされたくないという思いはどの一門も同じのようだ。
「しかし今回のような事件があっては、京都という大切な土地を皆様だけにお任せして良いものか、甚だ疑問を感じます。協会の眼が常に京都にあると言うのは、京都の治安維持の面においても、良いお話ではありませんか?」
「ふざけるな! わしらからこの土地を奪い取りたいだけなんやろう!」
妖花の淡々とした主張に、誰かが声を荒げる。会場は追随するようにまた数人が声を上げ、協会の使者を責め立てた。
妖犬の一件に関する責任の追及や、竜道院家への処分の如何など、それらは完全に後回しになっている。
昼前は竜道院家の方ばかりを注意していた絹江女史も、今は妖花たちにその見えない眼を向けていた。
「それにしても協会の偉い人たちは強情ね。こんな一方的な話で私たちがいいですよ、と簡単に認めるとでも思っていらっしゃるのかしら?」
「設立を前に、こうして皆さんにお伺いを立てているだけでも、十分に友好的な配慮だと私個人は考えますが?」
「うふ、よく言いますね、そこの学生を使ってスパイのようなことまでさせておいて」
女性同士の含んだ笑みが不穏な空気を際立てる。さらに口を挟んだのは竜道院功一郎だ。
「まさかとは思うが今回の事件、協会が仕組んだものではないだろうな?」
「功一郎、騒動の責任を逃れたいのは分かるが、それはさすがに通らんぞ?」
釘を刺すのは蒼炎寺家当主の息子、空心。警戒が妖花に向いていても、竜道院家が逃げ切れるわけではないようだ。
組織に入った亀裂を狙うように、妖花は言葉を浸透させる。
「皆様は気にしておられないかもしれませんが、今回の事件で私の部下は、この京都で起こった争いに巻き込まれて、命を落としかけました。彼はただ、身の危険を感じて我々に助けを求めてきた彼女、竜道院舞桜さんを保護しようとしただけだったのに……。京都支部は、そんな危険の中で任務にあたる協会の陰陽師たちと、その危険から逃れたいと思う竜道院舞桜さんのような存在を守るために作るものです。……特に舞桜さんは、《平安会》の掟で禁忌とされる憑霊術の使い手です。禁術を会得した結果、彼女は生まれ育ったご実家を破門され、さらには実の母親から命を狙われました。それでも彼女はこの京都で、皆さんに力を認めて頂くべく陰陽師として精進したいとおっしゃいました。我々|《陰陽師協会》は、その願いに応え、全ての陰陽師の受け皿としての役目を果たし、《平安会》の私刑から彼女を守るための体勢を整える必要があるのです」
妖花はここぞとばかりに演説を討つ。たとえ、その言葉のほとんどが嘘だったとしても。
言っている本人は本当にそう思っているのかもしれないが、おそらく台本を用意した《陰陽師協会》の理事会は、静夜と舞桜のことなど考えてすらいないだろう。
「よって、《平安会》の皆様には、京都支部の設立を承認して頂きたく存じます」
それでも妖花の言葉に迷いはなく、潔い締めの一言は余韻を残して響き渡る。会場の人たちはそれを無言で受け取った。
「……それは本当に、妹が望んだことでしょうか?」
「……え?」
総会の場においてただ一人今まで沈黙を保っていた青年、竜道院星明が初めて口を開く。
その驚きの発言に、静夜は思わず声を漏らした。
彼は今、「妹」とそう言ったのだ。
「妖花さんも知っての通り、《平安会》の掟では、禁術を使用した者には厳しい処罰が課されます。最悪の場合は極刑もあり得る。ですが必ずしも打ち首とは限りませんし、妹の場合は、一門からの破門ということで既に十分な罰を受けています。《平安会》としての処分は現在審議が中断しているところではありますが、具体的な処分の内容が決まる前から彼女を守るためと銘打って、わざわざ京都支部なんてものを作ってしまうのは、いささか大袈裟ではありませんか?」
「……しかし、実際に舞桜さんは命を狙われました。それも《平安会》の、竜道院一門の人たちにです。……舞桜さんが今まで、その体質を理由に皆さんから忌諱されてきたという話を踏まえると、この中には他にも舞桜さんを処分したいと考えている人がいるのではありませんか?」
「ちょ、ちょっと妖花ちゃん、さすがに舞桜ちゃん本人の前で言いすぎやない?」
舞桜の処分について執拗に言及するためか、栞は舞桜の顔色をうかがいながら小声で抗議する。一方、肝心の舞桜は澄ました顔で、発言する兄の方を見つめていた。
「妖花さん、あなたは少し心配し過ぎているのではないですか? 我々はそこまで非人道的ではありません」
「保護対象に最大限の配慮をする以上、協会として、それ相応の措置を取ることは当然です」
「それは、妹が自ら望んだのですか?」
「……いいえ。これは協会としての判断です」
嫌な流れを感じ取って妖花は冷や汗を流す。
京都支部については、理事会からの一方的な通達であり、舞桜にその是非を問うたことはない。わざわざ伺いを立てることでもないと思ったのだろう。
会場の視線が舞桜に集まる。そして星明が、問いを投げた。
「……舞桜、お前はどう思っているんだ? 京都支部なんてものが、お前に本当に必要なのか?」
緊迫した静寂が流れる。
背筋を伸ばして正坐する舞桜は、深く息をしてから答えた。
「――いや、その必要は、ない」
その時、静夜が予感していた最悪の展開は、現実のものとなる。
冷たい声音で言い放たれた突然の裏切りに、妖花と栞も目を見張った。
「ま、舞桜?」
「悪いな、静夜。少し事情が変わった。私もずっと身の振り方は考えていたが、……私は、《陰陽師協会》に出した身柄の保護要請を、今ここで取り消す」




