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夜桜は散るか、朽ちるか、狂い咲くか  作者: 漣輪
2-2 平安陰陽学会
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錯綜する思惑

「そこまでだ」


 突如現れ歩み寄る気配に、舞桜は驚きの声をあげる。


「え? せ、静夜⁉ お前、いったいいつから?」


「いつからって、最初からだよ。最初からずっとここで、隠形の結界を張って君たちの話を聞いていた」


 悪びれる様子もなく舞桜を背に庇う静夜を睨み付け、紫安は低い声で唸る。


「……悪趣味だな」


「確かに悪趣味だね、それは認める。でも、僕にそれを言うなら、今も必死に息を殺している他の皆さんは、もっと悪趣味だね」


「え? ほか?」


 舞桜が庭を一通り見渡すと、突然湧いて現れる気配の数々。葉の落ちた木の影からは蒼炎寺の三つ子が、鹿威しの影からは京天門匠が大人しく姿を現した。


「き、貴様ら……!」


 紫安はやはり全く気付いていなかったようだ。見開いた眼を怒りに染めて、現れた同世代の男子たちに敵意をむき出しにしている。


「チ、気付かれていたか」「折角、憑霊術の情報を得られる好機だったのにな」「しかし、紫安は相変わらず不用心だな、ここは総会の会場、屋敷の中にはみんないるというのに……」


 と、健心、健海、健空の三つ子はその手にボイスレコーダーを握りしめ、


「ま、僕も最初から皆さんのことには気付いていましたけどね」と、京天門匠は眼鏡の位置を直していた。


「貴様ら、いったい何が目的だ!」


「何って、情報収集に決まってますよ」


 激昂する紫安に、嫌味な口調で匠が答える。


「事件の真相とか、竜道院家の目論見とか、あの調子だと憑霊術についても何かいろいろ聞けそうだったが……」

「そこの協会のお兄さんに止められてしまったな」

「でも面白かったな、腹違いの兄妹の言い争い。いい見世物だった」


 蒼炎寺の三つ子も同じ目的だったようだ。三男の健空だけは呑気に笑っているが、悪趣味というなら彼の方がよっぽどだ。


「で、お前はどうして私を見張ってたんだ?」


「え? それは言わなくても分かるでしょう?」


「ふん、私も信用されていないな」


 自嘲する舞桜。別に信用してないわけではないが、変な暗示を掛けられたり、脅されたりして余計な情報が相手に渡るのは、《陰陽師協会》としても避けたい展開だ。

 それに静夜個人としても、今、舞桜に裏切られてしまうと京都にいられなくなってしまう。


「よし、じゃあ戻ろう。そろそろ総会も再開される」


「ま、待て! 月宮静夜!」


 舞桜の手を引いてこの場から離れようとすると、紫安が素早く行く手に回り込んできて、両手を広げた。


「お前は、俺の妹をどうするつもりだ⁉」


「別にどうもしない。というか、僕の一存ではどうにも出来ない。僕はただ、彼女から受けた保護要請と上からの命令に従って、この子の安全を保障し、身柄を保護しているだけだ。舞桜の今後の扱いがどうしても気になるのなら、君が直接、協会の理事会にでも問い合わせてくれ」


「じゃあお前は、舞桜の憑霊術について何か知っているか?」


「……それ、知ってたとしてもここで話すと思う?」


 静夜は質問に一切取り合うことなく、舞桜を連れて屋敷に戻ろうとするが、他の跡継ぎ候補たちは紫安に加勢して道を塞いできた。


「おっと、お兄さんのお話なら是非ともお聞かせ願いたいな。なあ、健海?」

「そうだな、健心。さすがにこれでは父上たちへの土産が少ない」

「健心も健海も真面目だなあ。嫌だって言うなら力づくで聞き出せばいいのに」


「僭越ながら、僕も舞桜さんの術については何か情報を掴んで来いと当主より仰せつかっておりますので……」


 話をするといいながら、その手に法具を取り出す少年たち。特に好戦的な健空はファイティングポーズで左右にステップを踏んでいる。


 静夜も脇に忍ばせた拳銃に手を掛けた。


「やめろお前たち」「やめて下さい」


 一触即発の空間に二つの影が割って入る。


 竜道院家次男の長男、竜道院星明は、弟と御三家の少年たちを制するように立ち、

 半妖の陰陽師、月宮妖花は、静夜と舞桜を庇うように星明と対峙した。


「そろそろ時間だ。皆、大人しく総会の会場に戻るように」


「私たちはあくまで話し合いに来たのであって、実力行使は認められません。……兄さんも、その脇に差した手を収めて下さい」


「……分かったよ」


 妹からの制止に静夜は素直に警戒を解く。


「チ、もうそんな時間か」と、健心は横やりに舌打ちを鳴らし、


「星明さんが相手では仕方ありませんね」と、匠も大人しく敵意を収めた。


 さすがは酒呑童子討伐の英雄、竜道院星明といったところか。視線一つで彼らを抑え込むところは、他の一門からも一目置かれている証拠だろう。


「大丈夫だったかい? 静夜君」


 紫安以外の全員が屋敷の中に戻ったのを見届けて、星明は優しく笑いかけた。

 静夜は軽くお辞儀をしてこれに応える。


「はい、大丈夫です。危ないところを止めて頂き、ありがとうございました」


「あはは。堅苦しいな……。そんな丁寧にお礼を言われるほどじゃないよ。一つしか違わないんだから、もう少しフランクでも構わないのに」


 爽やかに笑う美青年。だが、静夜にその気はなかった。


「いえ、五年でも一年でも、年上は年上です。最低限の礼儀は弁えないといけません」


「静夜? もしかしなくても、それは私への嫌味なのか?」


「いや? 別に?」


「兄さん、舞桜さん? おしゃべりはそのくらいにして下さい。私たちも席に戻りましょう」


 妖花が呆れた顔で促すのを見て、何故か星明は「くふ」と小さな笑いを噴き出した。


「なるほどね。どうやらその子は、君のところで上手くやっているみたいだね」


「……それが何か?」


 無意識のうちに僕の声は低くなる。


「ああ、すまない。そんなに警戒しないでくれ。別に君たちの仲を勘ぐったり、彼女をこちらに引き戻そうというわけでもないんだ。……ただ、単純に微笑ましくてね」


 穏やかで柔和な笑み。口に手を当てる仕草にも嫌味はなく、その整った顔立ちと風に流れる髪が美しい。


「また弟が失礼なことを言ったみたいで、重ね重ね申し訳ない。確かに、京都支部の話を諦めてもらうには、その子をこちらに引き戻すという一手もアリかもしれないけどね、これじゃあ説得は無理そうかな?」


「……協会は、たとえ舞桜さんがいなくても京都支部の設立を諦めないと思いますよ?」


「そうか。それは困ったな……」


 まるで困っていないような顔で、星明は妖花に笑顔を向ける。


 少し、嫌な予感がした。


 最後に星明は、舞桜の肩を叩いて、「しっかりね」と励ましの言葉を送ると、弟の紫安を連れ、先に庭園を後にした。

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