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夜桜は散るか、朽ちるか、狂い咲くか  作者: 漣輪
2-1 クリスマスの来訪者
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初めての京都観光

「はい、チーズ!」


 康介がスマホのカメラを構えると、栞と妖花は仲良く身体を寄せ合い、満面の笑みを湛えてピースサインを向けている。


 彼女たちの後ろには、京都で最も有名な名所、鹿苑寺の金閣が今日も変わらず黄金の輝きを放っていた。


 三限目の講義が終わると、静夜たちも遂に冬休み。

 ようやく始まった妖花にとって初めての京都観光は、彼女たっての希望で、大学からも程近い金閣寺から見て回ることになった。

 冬至を過ぎたばかりの年末の夕暮れは、あっという間に日が沈む。既に低い位置にある太陽はオレンジ色の光を金閣に当ててさらに彩り、見る者の心を穏やかに温める。

 妖花は感嘆に声を漏らしながら、自分のスマホでも写真を撮り始める。隣では栞が金閣寺に関する豆知識的なものを語り、解説役を務めていた。


 初顔合わせ以降、妖花が栞を見失うことはなかった。おそらく栞が妖花の名前を呼び、自己の存在を主張した時点で、〈厄除けの鈴〉が効果の対象から妖花を外したのだろう、と静夜は分析している。


 栞の髪を束ねる簪に付いたあの鈴は、彼女の意思を最大限尊重している。

 何の目的でそのような効果が付随しているのかは謎で、静夜は鈴を栞に送った陰陽師の意図を邪推してしまうが、考えて分かるなら苦労しない。


 とりあえず今は、二人が仲良くなった事実を喜ぶべきだろう。


「……そう言えば、金閣寺は1950年に放火で全焼して、今目の前に立っているアレは、新しく建てられたものなんですよね?」


「うん、その通りやで? よく知っとるね」


「以前、学校の授業で先生が雑学程度にお話しされていましたが、焼失する前の金閣寺はここまで金箔も多くなくてもっと地味だった、と言うのは本当なんですか?」


「う~ん、ウチの生まれた時から金閣寺さんはこれやったさかい、ウチも先生から聞いた話になるんやけど、まあ、そうやったらしいね。せやけど、重要な文化財を建て直そうとした時にちょっとでも見栄えが良くなるようにって金箔を多くしてより輝くようにしたんやとかなんとか……。せやから、今の金閣寺さんは、その……」


「文化的価値がないって言ってたよな」


 口籠った栞の言葉を引き継ぐように、康介がはっきりと口にした。その容赦のない物言いに、妖花が目を丸くする。


「……それは、誰がおっしゃっていたんですか?」


「大学の教授だよ。京都にある大学だからさ、講義の中には京都の文化から日本の文化を学ぼうみたいなやつもちょくちょくあって、その中で教授が金閣寺を例に挙げて語ってたんだ。金閣寺は京都の名所の代表みたいにガイドブックの表紙を飾ってたりするけど、あとから作られた今の金閣寺には観る価値なんて一つもなくて、ただの観光産業の道具なんだとさ」


「こ、康介、そんなことここで言わなくても……」


 観光を楽しみにしていた妖花に、しかも立派に佇む金閣寺の前で、そんなことを教えなくてもいいだろう、と静夜は康介の肩に手を置く。振り返った康介は、少し悲しげな表情をしていた。


「悪い。でも、俺はその話を聞いた時に、確かにそうだよなって妙に納得しちゃったんだよ……、静夜も栞ちゃんもこの話は聞いてただろう?」


「……うん」


 栞はコクリと頷き、俯きがちになって湖面に映る金閣を見る。


 その話は、静夜と栞と康介の三人がいつも一緒に聞いている講義の内容だった。康介はたまにサボることがあるが、その金閣寺の話があった時は珍しく教授の方を真剣に見つめ、耳を傾けていたことを覚えている。


 教授の言葉には確かな説得力があり、論理的に組み立てられた話には筋が通っていて、一介の学生に過ぎない静夜たちの知識では、反論を思いつく隙も無いほど、正しく聞こえた。


「せやけどな、ウチは、やっぱりそんなことないって思うねん。今の金閣寺さんにだってちゃんと観る価値はあるって……。だって、こんなにも綺麗なんやから。これだけ多くの人が今の金閣寺さんを見に来とるんやから。そこに価値がないなんてことは絶対に違うって、ウチはそう思うねん」


 力強い瞳で、栞は顔を上げる。風が凪ぎ、堂々と佇むその姿は立派で、美しかった。


「哀れだな」


 そこで口を挟んだのは、揺れる水面に映る金閣の像を見つめて、冷笑を浮かべる舞桜だった。


「偽物は所詮、偽物だ。どれだけ取り繕ったところで、アレは最初に作られた本物の金閣とは別物だ。アレはそれを承知であそこに建っているだろうが、別にそんな慰めが欲しいわけでもないだろう。……今のアレは、観光名所としての役割を十分に果たしている。だから私たちは黙ってカメラを向けてやればいい。笑顔で一緒に写真に写ってやればいい。それだけが偽物のアイツに対してできる、唯一の報いだ」


「ま、舞桜ちゃん……?」


 言葉の真意が掴めず、栞は首を傾げる。舞桜はそれを無視して一人で順路の先へと歩き始めた。

 徐々に小さくなる少女の寂し気な背中を見つめて、静夜は呟く。


「……きっと、同情するなって言いたいんだよ」


「……兄さん?」


「大丈夫だよ、妖花。……その教授の話は僕も授業で聞いたけど、それは別に、ここに全く価値がないって言いたいわけじゃないんだ。あの金閣の舎利殿は違うけど、それを囲う庭園はれっきとした日本文化の産物で、一応世界遺産にも登録されている。つまり、派手な金閣にばかりを気を取られて、他にも見るべきものがあることを忘れてはいけないってことが言いたかったんだよ、たぶん。……それに、入り口で貰ったお札には金閣寺の御利益である降魔退散の恩恵が宿っているとされている。ただのおまじないでも、拝観料の400円を払っただけの価値はきっとあるんだよ。……だから、ちゃんと見てやればいいんだ。価値とか意味とか関係なく、その存在を認めてやればいい。ただそれだけでいいんだよ」


「……それは、はい。……もちろんです」


 どこか不安げな顔でこちらを見上げる妹に、静夜は笑顔を向けて答えを返した。


 観光気分に水を差してしまったと、大学生三人はきまりの悪い顔になる。

 確かに、値段なんてものは人間が勝手につけた価値の物差しでしかなく、それを引き合いに出しては興ざめだ。


 しかし、舞桜の言いたいことも静夜にはなんとなく分かる気がした。


 歴史と伝統を体現する庭園の真ん中で、独りぽつんと佇む偽りのシンボルは、いったい何を想うのだろうか。

 惨めなのは百も承知で、それでも恥じることなく胸を張り続け、立っていなければならないのだから、可哀想だなんて、きっと思われたくもないだろう。


 物言わぬ黄金の建造物には似つかわしくないのかもしれないが、美しく輝く金箔の裏に隠した想いは如何なるものか、それを考えるとやはり哀れか。


 おそらく舞桜は、そんな虚しさにすら騙されたくなくて、あの舎利殿と妖花たちを嘲笑ったのだ。それが彼女なりの、金メッキへの思いやりだと、静夜は解釈した。

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