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夜桜は散るか、朽ちるか、狂い咲くか  作者: 漣輪
2-1 クリスマスの来訪者
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陰陽師協会の遣い

「初めまして、竜道院舞桜さん。私は、《陰陽師協会》実動課、特別派遣作戦室の室長を務めています、月宮妖花と申します。いつもうちの兄がお世話になっております」


 朝食の席を三人で囲むと、妖花は淀みない口調で挨拶し、舞桜に向かって頭を下げる。

 初めて妖花と向かい合った舞桜は、その美しすぎる外見と内から放たれる得体の知れない迫力に声も出ないのか、完全に気圧されて、唖然としていた。


 結局、牛乳と醤油は近くのコンビニで妖花に買ってきてもらうことになり、静夜はその間に慌ててサケをもう一切れ焼き、舞桜は寝癖を整え、着替えまで済ませて、突然の客人を迎えることとなった。


 いつも通りのはずだった朝の食卓は、いつの間にかただならぬ緊張感に包まれている。


「ん~、やっぱり、兄さんの朝ごはんは良いですね。部屋も相変わらず綺麗ですし、一緒に暮らしていた頃を思い出します」


 一方の妖花は二人を置き去りにしたまま気にすることなく至福の表情で箸を進めていた。テレビから流れて来るニュースの声がいつもより遠くから聞こえて来るような気がする。


「……で、なんで妖花が、京都にいるの?」


 当然の問いに、妖花はキョトンと首を傾げた。


「なんでって、簡単ですよ? 私も、明日からの《平安会》の総会に出席するからです」


「なッ! 《平安会》が許可したのか⁉」


 舞桜が驚きに腰を浮かす。


 京都の街を守護する《平安陰陽学会》は、この土地における自治権を強く主張しており、《陰陽師協会》が京都の街に踏み入ることを決して認めない。無断で京都の地に降り立とうとすれば激しく反発し、最悪の場合は、実力でそれを排除しようとするほどだ。


 そんな《平安会》の事情を考えると、《陰陽師協会》のSランク陰陽師である月宮妖花が京都の地を踏んでいるというだけでも驚きなのに、ましてや《平安会》は重要な話し合いの場である明日の総会に、《陰陽師協会》の正式な使者を招いたというのだ。


 二人が驚嘆に震えるのは当然と言える。


 妖花は、インスタントのみそ汁を一口飲むと、冷静な口調で事の経緯を説明した。


「実は、今回の総会の開催に対して、《陰陽師協会》が強く《平安会》に抗議したんです。アルバイトとは言え、今回の事件は、協会の命令を受けて動いた陰陽師が深く関わっています。それに舞桜さんが協会に身柄の保護を要請している以上、我々も黙っているわけにはいきません。さらに、民間人にも被害を出してしまった今回の一件を《平安会》の中だけで話し合い、決着させるのは一方的過ぎる、と。理事会が何度もしつこく《平安会》に書状を送りつけた結果、一名だけなら《陰陽師協会》の代表者の出席を許可する、と《平安会》に認めさせたそうです」


「……それで、その代表に妖花が選ばれたの?」


「はい。私も昨日初めて聞いて驚きましたが、幸い今日から冬休みなので、夜行バスに乗って早速来ちゃいました」


「来ちゃいましたって……、でも、なんで妖花が? 《平安会》と直接やり合ういい機会なのに……。もっと上の、それこそ、理事会の補佐役の人とかの方がよかったんじゃない?」


「そんなことはありません。私は当然の人選だと思っています」


 ほうれん草のおひたしを箸に取りながら、妖花は慎ましい胸を張る。


「私は兄さんの直属の上司なんです。部下の仕事に責任を負うのは当然ですし、理事会のお歴々は年末年始の行事でお忙しいんです。……それに……」


 ゴマと醤油で味付けされたほうれん草を口に運び、ゆっくり咀嚼してから飲み込む。


「……それに?」と静夜が先を促すと、妖花は得意気な顔で、銀色の髪を揺らした。


「理事会から届いたメールにはこうありました。……『半妖の存在を見せつけて、《平安会》の陰陽師たちをビビらせて来い』と」


「……なるほど。いかにも、あの人たちが考えそうなことだね」


 全国の陰陽師を束ねる公的機関である《陰陽師協会》は頑なに京都という土地を明け渡さない《平安会》をずっと目の敵にしている。これを機会に彼らに一泡吹かせてやりたいと考えるのは、目的のためなら手段を選ばない、《陰陽師協会》らしい采配だ。


 しかし、半妖という他に類を見ない力を持つ当の本人は、理事会の回りくどい思惑など気にしない。

 妖花は翠色の瞳を輝かせ、生き生きとした表情で前のめりになった。


「そんなことより兄さん! 私はとにかく、京都観光がしたいです!」


「……さ、早速だね」


「だって、初めての京都ですよ⁉ 小学校の修学旅行の時は、《陰陽師協会》の意向で参加できませんでしたし、せっかく大手を振って京都の街を歩けるんですから、いろいろと見て回りたいんです!」


 その勢いと迫力に兄は戸惑う。


 最近は《陰陽師協会》での立場もあって、電話で話す時もどこか上司という感じが抜けていなかっただけに、年相応にはしゃぐ妹はとても珍しく、そして懐かしい。


 出来ることなら妹のお願いに答えてやりたいと思うのが、兄の本音だが、


「生憎、お前の兄上は今日まで大学だ。お前はここで大人しく、私と一緒に留守番をしているんだな」


 水を差すように冷たい言葉を放ったのは舞桜。どこか不機嫌そうな顔で黙々と朝食を食べ進めながら、横に座る妖花を鋭く一瞥した。


「……どうしたの、舞桜?」


「何でもない。ただ私をのけ者にして兄妹二人で仲良く盛り上がっているのが気に入らないだけだ」


 そう言うと、舞桜は横から静夜の卵焼きを奪っていく。どうやらかなりご立腹のようだ。


 確か、舞桜には腹違いの兄が二人いるはずだが、目の前で展開される兄妹の会話に何か思うところでもあったのだろうか。


 一方の妖花は、舞桜を気にすることなく静夜と向き合う。


「兄さん、今日の授業は何時頃までですか?」


「え? ああ、えっと、今日は二限と三限に授業があって、三時頃からなら観光案内できなくもないけど……」


「三時頃ですか……」


「ま、まあ、今の時期は日も短いから、観光を楽しみたいなら、僕のことは気にせず自由に歩き回るといいんじゃないかな? せっかく《平安会》の許可もあるんだし……」


 俯いてしまった妖花を、静夜は取り繕って励まそうとする。だが、


「ちょうどいいですね!」


 と、妖花は何故かさらに目を輝かせ、目の前の兄にぐっと顔を近づけた。その勢いに静夜は思わず仰け反る。


「な、何が、ちょうどいいの?」


 問いかける静夜。

 後になって詳しく聞けば、妖花は最初から、有名な寺社仏閣よりも、まずはこっちに行きたかったらしい。


「兄さん、私、大学を見てみたいんです!」

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