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夜桜は散るか、朽ちるか、狂い咲くか  作者: 漣輪
1-終話 再会
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見覚えのある桜

 淡い光に呼ばれた気がして、青年はゆっくりと目を開ける。


 横たわっていたのは柔らかい土の大地。見渡す限りの草と花々。空は優しい青を果てしなく広げ、近くを流れる小川の水は澄み切って、せせらぎが耳に心地よい。空気と光は暖かく、そこはまさしく、極楽浄土のような場所だった。

 今度こそ、自分は本当に死んだのか。と、納得するように死後の世界を実感しようとした青年だったが、不意に、この光景をどこかで見たような気がして、首を傾げる。


『……まさか、君がまた、ここに来るなんてね』


 声がした。どこかで聞いたことのあるような、懐かしい声が。


『……やっぱり君が、そうなのかな?』


 声が後ろから聞こえた気がして、青年が振り返るとそこには、桜があった。

 美しく咲き誇り、春風に舞う、満開の桜が、月宮静夜を見下ろしていた。


 そして、桜の前には少女が一人、嬉しそうな笑顔を讃えて立っている。

 桜色の髪と緋色の瞳。手には大きな鎌を携え、静夜の呆けた顔を覗き込む。


「……し、死神」


 今度こそ、本物だと思って、そう呟いた。


 清らかな笑顔と意匠を凝らした巫女服は、噂に聞く死神の装いとは少し違うが、黒い布を被った骸と同じくらい、こちらも死神らしい姿だと、静夜は思った。


 この反応に、少女は顔を顰めて抗議する。


『その顔、……君、私と初めて会った時と全く同じ反応してるよ?』


「え?」と静夜が驚くと、彼女は頬を膨らませてムッとなり、それからうんざりしたようなため息をついた。


『はあぁ……。前にも散々言ったんだけどなぁ。私は死神じゃないよって! もしかして忘れちゃったの?』


 死神にそんなことを言われても、静夜には覚えがない。なぜなら、静夜が死んだのはこれが、……。


「……もしかして、僕は前にも、ここに来たことがある?」


 少しだけ、思い当たる節があった。死神の少女がまた嬉しそうに笑う。


『……君が死んだのは、これが初めて?』


 それを言われて、静夜は「なるほど」と納得した。


『ずいぶん大きくなったねぇ、もうすっかりおじさんじゃん』


「まだ19歳なんですけど?」


『あの頃に比べたらがっかりするぐらいの成長だよ。……はぁ、前の時はまだ小さくて可愛かったのになぁ……。それに今と違ってあの時の君は――』


「待った。それ以上言ったら、……怒る」


『えー! いいじゃん、再会を喜んで昔を懐かしむぐらい。……まあ、私にとっては昨日の事みたいなものだけど』


 昔話を掘り返そうとした少女は静夜にきつく止められて、今度は子供のように駄々をこねた。


 はしゃいでいる彼女は、見た目こそ舞桜に近しいが、雰囲気や振る舞いがまるで違う。特に、そんなエキサイティングに大鎌をぶんぶんと振り回すのはやめて欲しい。怖いから。


 静夜は斬られないように気を付けながら、少女に質問する。


「そんなことより、もしかして君が、舞桜に力を貸してる妖なの?」


『え? う~ん、まあ、そうかな? 厳密には私じゃないけど、今はもう、私もその一部みたいなものだからね、そういうことになるのかな?』


 誤魔化すわけではなく、正確な言葉を選んで少女は答える。


『いや~、でも、いきなり桜花刈を使いこなすなんて、すごいね、あの子。竜道院なんて面倒な家に生まれちゃったから少し心配だったんだけど、君もいるし、しばらくは安心して見ていられるかな?』


「……どういうこと?」


 話に置いて行かれそうになって静夜は問い直す。


『言葉通りの意味だよ? あの子が私たちの姫になることは、あの子が生まれた時から決まっていたことだから。妖を憑依させやすい体質なのはその為だし……』


「……じゃあ、舞桜が幼い頃に妖に憑依されたって言うのは?」


『それはもちろん私たち。姫が他の雑魚たちに狙われちゃったから、それを追い払うためにちょっとね。……その所為で、姫には心苦しい思いをさせちゃってるけど……』


 心を痛めるように少女の表情が沈む。


「……もう一つ、僕もいるって言うのは?」


『ん? あぁ! それはまだ言えないの。もしかしたらそうかもってだけだから。君が二回もここに来れたのは、ただの偶然かもしれないしね』


「……いや、僕はもう完全に死んだはずなんですけど?」


 話が上手く噛み合っていないと思って静夜が項垂れると、少女もまた同じような顔をして首を傾げ、そして、何かを思い出したように、『あぁ!』と声を上げた。


『それは大丈夫。一回戻れたんだから、今度もちゃんと戻れるよ!』


「いや、そんな軽いノリで言われても、今はあの時と違って、護心剣も」


『護心剣ならここにあるし』


「何であるの?」


 差し出されて、静夜の思考は吹き飛んだ。


『あの子が向こうで、これをちゃんと君に返したからね。私がこうして橋渡しをして、あとは君が、迷わず向こうに帰るだけ』


「……」


 返す言葉もなく、静夜は差し出されるままに護心剣を受け取った。


「うん、確かに護心剣だ」


『……では、月宮静夜君。私たちの姫をどうかよろしくお願いします』


「えっと、……は、はい、でいいのかな?」


 よく分からないまま適当な返事をすると、静夜の身体は淡い光を放ち始め、その暖かさに包まれていく。


『じゃあ、また会えたら』


 バイバイ、と大鎌を担いだ少女が小さく手を振る。鏡のように手を振り返すと、自分がここを去るのだということだけがなんとなく理解出来た。


「……ねえ、……良かったら、最後に君の名前を教えてよ」


 最後にダメ元でそんな質問を滑り込ませた。

 それは、舞桜が憑依させている妖の正体を探る質問ではなく、単純に今目の前にいる少女の名前を問うもの。


『え~、……う~ん、……ホントはダメなんだけど、ま、いっか』


 少女は少しだけ悩んで、悪戯っ子のような笑顔で答えてくれた。


『私の、名前は――』


 その名を聞いて、静夜は少しだけ、忘れかけていた昔の出来事を思い出す。

 そう言えばあの時も、桜は見事に咲いていた。

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