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夜桜は散るか、朽ちるか、狂い咲くか  作者: 漣輪
1-8 徒桜は何時散るとも知れず
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思わぬ刺客

 通話の切れたスマホを仕舞い、静夜は闇市を流れる人の波に紛れて歩き出す。


 目指すのは薬屋。血を流し過ぎた栞には、鉄分の補給や体力の回復に効果のあるものが望ましいだろう。

 薬屋にはあまり立ち寄らないが、手ごろな店ならいくつか覚えがある。滋養強壮に効果のある薬はどこにでも置いてあるはずだから、静夜はひとまず、今いる場所から最も近い薬屋の方へ足を向け、目の前の角を左へ曲がった。


「――動くな」


 突然の声と殺気に足を止める。右のこめかみに冷たい銃口を突き付けられて、背筋に悪寒が走った。


「《陰陽師協会》の月宮静夜、だな」


「……そういうあなたは?」


 冷静に、目だけを動かして相手を確かめる。フードを深くかぶって顔は分からないが、声から察するに若い男のようだ。


 静夜の問い掛けに、その男は不敵に笑う口元を覗かせる。


「犬養家の者だと名乗れば、分かるだろ?」


「何?」


 聞き返した瞬間、新たな殺気と法力の気配が静夜を襲った。

 咄嗟に飛び退く。直後、静夜の居た場所には錫杖が強く叩きつけられ、その一撃は地面を砕き、大きく凹ませる。


 まさしく、問答無用の襲撃だった。


 静夜が身を伏せると、直後に背後から横薙ぎの錫杖。右へ飛んで人の行き交う十字路の中央へ逃げると、次はダン、ダン、と重い銃声が轟いて、隣接する建物の二階から狙撃される。身をかがめてこれも避けると、静夜は狙撃手に向けて牽制の発砲。マークが外れた一瞬を見逃さず、地を這うように走り出し、通りを行き交う人々の足下を掻い潜って離脱を試みる。


 闇市を歩いていた人々は、突如始まった銃撃戦に状況を呑み込めず、足を止めて忙しなく周囲を見渡していた。そこに紛れて逃げるのは容易だったが、逆に逃走経路は読まれやすい。


 狙いすましたような銃撃が静夜の行く手を遮るように驟雨の如く降り注ぐ。方向転換を余儀なくされた静夜はたたらを踏み、その隙を逃さない横蹴りが彼の横腹に深く入った。

 身体は左手の漬物屋に突っ込み、受け身を取れなかった静夜は胸を強く打って「ガハッ!」と肺から空気が逃げる。


 ――バン、バン、バン!


 敵からは追い打ちの銃撃。静夜はなんとか身を翻して地面に伏せ、転がった俵に身を隠し、射線を切る。


「……何者だ! 前口上もなく集団で一人を襲うとは、京都の陰陽師にしては横着が過ぎるぞ!」


 静夜は叫ぶ。身体を晒さないように身を丸め、散乱した赤かぶや大根などの漬物を踏みつけながら、どうにか体勢を立て直す。


「犬養家と言ったな……。狙いは何だ? あの妖犬の群れと首輪は、やはりお前たちの仕業なのか?」


「………」


 問いを重ねると銃声が止み、襲撃者は黒い光沢を放つ拳銃を降ろして、口を開く。


「――剛角ごうかく


 名を呼ばれて現れたのは、ローブで顔を隠した体格のいい大男。巨大な戦斧を振り上げて、店の瓦礫ごと静夜を切り潰さんとばかりに凶器が唸る。


 目を見開いた静夜は、本能的に前へ飛び込み、奇襲を躱す。が、


「――飛燕ひえん


 次は、腰から刀を抜いた小柄な少年が刃を向けて襲い掛かって来る。顔はやはりローブで見えないが、その動きの素早さは只者ではない。静夜は発砲し、敵の接近を喰い止めようとするが、強者は弾丸を刀身に弾き、意図も容易く間合いを詰める。大上段から振り下ろされる刀。静夜は身を転がし、寸でのところで凶刃を避けるが、その先には最初に声を掛けて来た若い男が待ち構え、静夜は自ら拳銃の射線に飛び込んでいた。


 死を直感して身体と心臓が制止する。蛇に睨まれた蛙の如く、静夜は一歩も動けなくなってしまった。


 若い男はフードの下でニヤリと笑い、銃口を静夜のこめかみに押し付ける。すると潜んでいた他の仲間たちは一斉に静夜を取り囲み、錫杖や銃、戦斧に刀、それぞれの凶器と殺気で逃げ場を奪った。


「……ふん、所詮はこの程度か」


 最初の男は、引き金を引くでもなく、ただ袋の鼠を嘲笑う。


「何のつもりだ?」


 冷や汗が落ちて頬を伝う。静夜の焦りを見た男は、今度は可笑しそうに哄笑した。


「アハハハハハ! ……いや、なに、俺のフィアンセが《陰陽師協会》の犬と仲良くしていると聞いたから、どんな野郎なのかと気になっただけさ」


「……フィアンセ?」


 問い返すと、男はようやくフードを取って、その顔と身分を明らかにした。


「……俺は犬養家次期当主、犬養いぬかい将暉まさき。……竜道院舞桜の婚約者だ」


「こ、婚約者?」


 付け加えられたその情報に、静夜は思わず声を挙げて驚く。


 寝耳に水とはまさにこのことで、静夜は舞桜から婚約者がいるなんて話を一切聞いていない。


 見るからに年は静夜より上で、おそらく20代半ば。短く整えた髪と無精髭は精悍な顔つきによく似合っていて背丈も高い。

 何より、ギラギラと野心に燃えるその瞳が印象的な男だった。


「月宮静夜、先にいくつか誤解を解いておこう。一つ、今京都を騒がせている妖犬の群れについて、我々犬養家は一切関与していない。そしてもう一つ、我々は貴様を《平安会》や竜道院家のご当主様の前に付き出そうとは思っていない」


 そう言いながらも、将暉は銃を降ろさない。周りの仲間たちも同様に臨戦態勢で静夜を威圧し続けている。特に、剛角と呼ばれた戦斧を持つ大男と、飛燕と呼ばれた刀の少年がその身纏う殺気は凄まじい。


 静夜が銃をホルスターに納めて両手を挙げると、将暉はようやく満足したのか、勝ち誇った顔で凶器を収め、周りの仲間にもそれを促した。


「……僕を捕まえるのが目的じゃないなら、いったい何が目的ですか?」


 立ったまま向かい合う。武器は納めても、警戒だけは怠らず、せめて素早く結界を張れるように、法力だけは練っておく。


 しかし、何も答えないまま将暉は一歩下がり、後ろに控えていた人物が歩み出る。それを見た静夜の念は、途端に真っ白に消え去った。


 ここに来てまた、思いがけない人物が出て来た。


「お初にお目にかかります、月宮静夜様。……竜道院家次男、竜道院りんどういん才次郎さいじろうの妻、竜道院りんどういん美春みはると申します」


 茫然自失のまま静夜は固まる。


 当然、静夜はその女性のことを知っていた。美しい和服を着こなす上品な佇まいと聖母のような優しい微笑み。背丈は低いのに、背筋が伸びているからか風格があり、彼女の立ち姿はまさに芍薬の如く美しい。

 そして、穏やかに笑いかけてくるその顔からは、どこかあの少女に似た面影を感じた。


「……娘の舞桜が、お世話になっております」


 未だ口も動かせない静夜の失礼な態度に動じることもなく、落ち着いた所作でその若妻は一礼する。


 彼女の名は、竜道院美春。竜道院舞桜の母親だ。

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