6話 続・女子トイレにて~攻防戦。
オレが女子トイレにいたと知られたら、リア充生活の終わりどころではない。スクールカースト真っ逆さま。
というか、そもそもガチで犯罪案件じゃないか。なんか中学生までなら、ギリ許される気がする。ただ高校生はアウトな気がする。性犯罪者予備軍のレッテルを貼られてしまうような。
国境こえる医師団にいる両親と、さっきできたばかりの可愛い妹に申し訳ない。死のう。
いやまて、その前に扉を閉めよう。というわけでオレが個室のドアを閉めたのと、古崎の友達が女子トイレに入ってきたのが同時だった。
セーフだ。まだ顔は見られていない。川元遼が女子トイレにいたとは、まだ知られていない。だが、まだ安心するのは早い。思った通り、古崎の友達は個室の扉をノックしてきた。
「美緒、そこにいるの? 具合でも悪いの?」
古崎はぴんぴんしているから、放っておいてほしい。声で返事はできないので、扉をノックし返した。普通なら、古崎ではない別の女子が入っているんだ、と思うはずだ。古崎本人なら声を出して返事するはずだからな。
で、実際にそうなった。
「あ、すいません。人違いでした」
なんとか切り抜けたか。オレが安心したとき、少し離れたところ──廊下から古崎の声がした。
「あら、綾香」
古崎が戻ってきたらしい。あと古崎の友達は綾香というのか。下の名前だけでは、苗字まで分からないが。
「美緒、どこにいたの? もう授業はじまってるよ。先生に言われて探しにきたんだけど」
「保健室に行っていたの。それより、どうかしたの?」
「この個室に美緒がいるのかなと思って。でも違う人だったみたい。あの、すいませんでした」
最後の謝罪は、個室の中の人にされたものだ。謝罪は受け入れるから、早く出ていってもらいたい。
だが古崎がそうはさせなかった。
「その個室の人、返事がないのは変よね」
何を言い出すんだ古崎は。
「え? けどさっき、中からノックはし返されたけど」
「ふーん。実は男子が入っていて、ひとりで変態なことをしていたりして」
するわけないだろ、殺すぞ。ここまで女子に殺意を覚えたのは生まれて初めてだ。
綾香の応答がまた最悪だ。古崎の発言を冗談として流してくれればいいのに、深刻に受け取りやがった。
「ど、どうしよう、それって不審者かな? 先生に言う?」
やめて、先生には言わないで。
「あたしが確認してみるわ」
「え、美緒ちゃん。危ないよ!」
隣の個室で物音がして、ふいに仕切り壁の上から古崎の顔がのぞいた。隣室の便器を足場にしているようだ。
オレは古崎を罵りたかったが、声を出したら男がいると綾香に知られてしまう。だから睨むだけに留めた。
「美緒ちゃん、どうだった?」
綾香の不安そうな声がする。ただすぐそこからではなく、女子トイレの入り口付近からだ。不審者だった場合に備えて離れたらしい。
美緒は綾香には答えず、オレにだけ聞こえる囁き声で言った。
「助けてあげようか?」
オレは頻りにうなずく。すべて古崎のせいだが、いまは古崎に頼るしかない。
古崎はサドな笑みを浮かべて。
「じゃあ、唾液を飲んでもらおうかしら」
唾液を飲めだって? 唾液って意識しなくてもいつも飲んでないか?
とたん、とんでもないことに気づいた。
古崎が言う唾液とは、古崎美緒の唾液という意味か。