13話 女の子の部屋はいい匂いがする。
招かれたことがないので断りかたも知らなかった。気づけば美緒の部屋の中。どうやってここまで上がってきたのやら。
女子の部屋に入ったのもこれが生まれて初めてだ。厳密には幼稚園のころ、桜子の家に行ったことがあるが、あのころは個室ではなかったはず。
とにかく気を抜くと、匂いをかいでしまう。この甘い果実のような匂いはどこから出ているのだろう。それはベッドシーツとか、そういうところから発生しているのか。男子の部屋とは基本から違うのだよ。
オレは部屋の中央であぐらをかいていた。あぐらとは余裕だなという気もするが正座しているのも変だし。
たとえば視界の端にある箪笥の引き出しの中には、下着が収まっているのだろう。オレは変態ではないし、性犯罪者予備軍でもないので、決して箪笥をのぞくようなことはしない。
だが男は時に道を誤るものなので、美緒には早く戻ってきてほしい。肝心の美緒は一階の台所へ、お茶を用意しに行っている。お構いなく、と言ったのだがね、オレは。
階段を上がってくる音がして、オレはホッとした。美緒がいても状況は変わらないが、それでも一人よりはマシだ。
扉が開いたと思ったら、美緒によく似た女児が顔をのぞかせてきた。
「変態がいるの?」
質問されたから答えるが、
「オレは変態じゃないよ。というか、君は誰だ──まぁ、だいたい想像はつくけど。美緒の妹さん?」
「うん、そう」
美緒に妹がいたのか。知らなくても意外ではないか、美緒とまともに会話したのも今日が初めてだし。
一人っ子な性格のような気もしたが。
美緒の妹はまだ、オレをじっと見ている。挨拶でもしておいたほうがいいのかね。
「オレは、川元遼というんだ。よろしく」
「どんな漢字を書くの?」
「川は流れる『川』。元栓の『元』に、遼は──」
床に指で遼と書いたが、美緒の妹はピンと来なかったようだ。遼って何年生で覚える字だっけ。
そういえば、美緒の妹は沙耶と同じ年代に思える。
ふと直感的な閃きがあった。
「美緒の妹ちゃん」
「優愛」
優愛が名前か。どういう漢字か、優愛は空中に指を動かして教えてくれた。
「優愛ちゃん。もしかして同じ学年に、川元沙耶という子はいたりする?」
学区は同じだろうから、あとは学年の問題だが。
「いるよ」
優愛は即答した。いるのかぁ。
ここでオレは間違いを犯したと気づく。
優愛はハッとした様子で、オレを指さした。
「お兄ちゃんだ、沙耶ちゃんの」
『沙耶ちゃん』と呼ぶほどの関係性なのか。それはもう友達じゃないか。
沙耶の友達の優愛に、兄バレしてしまった。明日にでも沙耶に伝わることだろう──沙耶のお兄ちゃんが遊びに来ていたよと。
なぜ遊びにきていたのか。優愛目当てのはずはないので、自然と姉の美緒となる。
こうしてオレが放課後、美緒の部屋にいたと沙耶にバレてしまう。
「優愛ちゃん。オレがここにいたことは、妹の沙耶には内緒にしておいて貰いたいんだけど?」
優愛は怪訝な顔でうなずいた。了承してくれたようだ、が、どこまで当てになるだろうか。
優愛から聞かされる前に、オレから沙耶に伝えたほうがいいのかも。
「じゃあね、お姉ちゃんの彼氏さん」
「ああ、じゃあね──え?」
彼氏じゃないと訂正しようとしたら、もう優愛はいなくなっていた。タタっと自室まで駆けていく。追いかけて訂正するべきだろうか。
そこを悩んでいたら、美緒が入ってきた。ティーカップを載せたお盆を両手に持っている。
「妹と話していたの?」
「ああ、そう。ちょっと誤解されちゃったけどな」
「ふーん」
美緒はオレの前に座った。
「昨日まではいなかったのよね」
「え、誰が?」
美緒は鋭い眼差しで、オレを見た。
オレの反応を見逃すまいとしているかのようだ。
「妹の優愛が。朝起きたら、いたの」
あっ、それは──オレと同じじゃないか?




