1話 幼馴染がデレてきた。
自分で言うのも哀しいが、オレは非リア充だ。
16歳になっても恋人はできたことがない。恋人がいなければキスも未経験だし、その先のエッチなことなんかは──まあ妄想はよくするわけだが。
たとえば隣に住んでいる赤山桜子。正統派の美少女であり、巨乳。
黒髪は長く伸ばし、肌は透き通るようだ。
遠い昔、小学校低学年のころは親しかった。ただそこからラノベ展開にはならず、気づけば疎遠に。
というより、オレのことを嫌って避けているのが現実。なぜなら向こうはリア充で、クラスの人気者だ。そういう女子は、クラスの日陰者に声をかけたりはしないものだ。
そう。朝、オレの部屋に入り込んで、甘い声で起こしてくれたりはしない。
ところが全てが変わる朝が来る。
「遼くん、ほら起きて」
遼とはオレの名前だが、朝から甘く囁いてくれる人に覚えがない。
オレを叩き起こすのはスマホのアラームだけだ。オレは目をつむったまま呟いた。
「まだ夢を見ているようだ」
ならば二度寝だ。スヌーズがあるし。
ところが。
「こーら、遼くん! 遅刻しちゃうよ!」
オレの身体に、ムギュっと柔らかいものが押し付けられた。それに甘い香りがする。
見やると目と鼻の先に、桜子の端正な顔があった。
そうだ。さっきからの可愛らしい声は、桜子の声ではないか。
どういうことだよ。
クラス一の人気者、美少女のリア充。隣に住んでいるが幼馴染イベントはなかった、あの桜子が。
いまやオレに添い寝、というかピタッと寝をしているなんて。
桜子がオレの視線に気づき、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「これで起きる気になった?」
起きる、だと。
まずい。アレが起きた、というか元気になってしまった。
だがこれは生理現象であり、オレが変態というわけではない。けど女子が理解してくれるとは思えない。どうにか隠さねば、隠さね──
「はい、起きる!」
桜子は軽やかに起き上がるなり、掛け布団をはいだ。これでは隠せない、ってか不可抗力だ。オレは悪くない。
瞬間、桜子の視線がソコへと注がれる。ああ見てしまったか。すぐさま悲鳴が上がり、キモいを連呼されることだろう。
覚悟したオレは目を閉じた、しかし悲鳴が起きないので薄っすら目を開ける。
すると桜子がソコを凝視していた。
あぁ、悲鳴を上げられ逃げられるのも傷つくが、あんまり凝視されるのもいたたまれない。
やがて桜子は頬を赤らめつつ、視線をオレの顔へと移す。その瞳には好奇心の色が見える。それから囁くように言った。
「ねぇ、その、遼くんの触ってみてもいい?」
おう、これは何が起きたんだ神よ。
触っていいかと聞かれれば、是非とも触っていただきたい。だがしかし、欲望のまま触ってもらったら、大変なことになるのは必至。噴火は必至。
「まて早まるな!」
と、自分に言い聞かせたのか、桜子を説得したのか。おれは転がるようにしてベッドから落ち、幸運なことに尻から着地した。
「あ、赤山さん、どうしてオレの部屋なんかに?」
とたん桜子は傷ついた表情になる。
「遼くん、酷いよ。いつもは『桜子』って呼んでくれているのに。今朝は『赤山さん』なんて他人行儀」
そうだったか? 確かに小学校低学年のころは、桜子と呼び捨てていたかも。だがそれは毛が生える前の、遠い昔の話で。
「ご、ごめん、桜子」
疑問は棚上げにして、オレはそう言った。美少女を悲しませるわけにはいかない。
とたん桜子は満面の笑顔となる。
「もう遼くん、朝から酷い冗談はやめてよね!」
「ほんと、すいませんでした」
「もういいから、早く支度しないと遅刻しちゃうよ」
「お、おう。急ぐから、先に降りていてくれ」
「うん、わかった」
こうして桜子は部屋から出ていった。甘くいい匂いを残して。
「……触ってもらえば良かった」