真実の愛を掴みとれた婚約破棄令嬢
やって来ました婚約破棄物。
少し面白いゾンビ物を読んでしまい、このジャンルでゾンビ物として遊ぼうか。
そんな流れで書きだして、悪ノリに任せてやってしまいました。
ここは地球と違い、神様の愛に満ちた異世界。
魔法や魔術等と呼ばれるものは無いけれど、神様の愛を代弁する事で傷を癒したり、悪いものを清めたり出来る世界。
ここでは神様が世界を常に見守り、生き物達はみな幸せに暮らしていました。
だが、その幸せはこの日終わってしまったのです。
たったのふたりがきっかけとなった、悲しい悲しい出来事から。
~~~
ある王国の、とあるパーティー。
神様は見てしまいました。
「我が王国、次期国王の名において命ずる! アンブレールア公爵家ムスミィア嬢! お前との婚約は破棄だ!!」
毎度お馴染み婚約破棄騒動を。
それはもうキラッキラな王子様が、ニッチャニチャな転生逆ハー狙い下位貴族令嬢に騙されて、王子様の婚約者であるサラツヤプルンな慈愛溢れるハイスペック令嬢を冤罪で追い落とす、いつもの構図です。
ムスミィアはヒトの出来た娘で、彼女を筆頭として国民や領民の為に日々心を砕く、素晴らしい者ばかりが公爵家には揃っています。
この後逆転して王子様や下位貴族令嬢が痛い目見たり、追放の後にしっぺ返しをもらったりで、予定調和的に勧善懲悪、因果応報。
それが大体定番の流れであったけど、今回の婚約破棄は酷いものでした。
お約束とも言える、物を隠す・いびる・服汚し・陰口・階段落とし・捏造された家の悪事暴露。
今回はそれで満足せず、ありとあらゆるしょーもない言い掛かりにしかならない、風が吹けば桶屋が儲かる理論で積み上がる冤罪の数々。
子供の喧嘩から、酒場の殴り合いから、駄菓子屋のケチなおばあちゃんから、夫の浮気から、自己中な大人から。 と、平民のトラブルさえ挙げられます。
なんもかんも全ての物事を令嬢に押し付けて、令嬢に大国を支配する国主並の力がないと為し得ない、とんでもない大犯罪者とされてしまいました。
それを聴いていたムスミィアの家族がした反応は様々です。
卒倒してしまう者、思考停止してただ立ち尽くす者、王子が行うあまりの無体に、王家の暗殺を怒りから企て始めた者。
このままだと、笑うに笑えない冤罪で公爵令嬢の極刑が決まってしまいます。
「なんて乱暴な! 言い掛かりにしても無理が過ぎていますわ!!」
パーティーに参加している貴族達も、令嬢へ擦り付けられるあまりの難癖具合を見て、彼女の助けになってやりたいと思うも、王太子の名前で述べられている最中。
王子様がこの場で一番、権力的に強いのです。
誰も王子様には逆らえないこの場では、どんな酷い言い掛かりでも、頭のおかしい発言でも、それは天の声。
誰か王子様の暴走を止めてくれ。
それが居並ぶ貴族達の共通認識。
しかし誰も声を上げられません。
王子様を止められる王様は、会場に居ないのです。
割り込み、止められる者は居ないから、見ているしか出来ません。
誰か……誰か止められる者はいないか?――――
――――いる。
神様が見ています。
怒っている神様がいるのです。
このあんまりな情景をとめられる、唯一の存在。
こんな場面を見せられた神様は、怒りで体をふるわせています。
神様が人間達……を含めた人類に望んだ事は、世界を愛で満たすこと。
なのに。
なのにこれでは悪意と憎悪しか満ちません。
なんだこれは。
どうしてこうなった。
神様は愛を込めて人類を創ったのに、お前達はどこまでもその愛に背くのか。
ここまでとは言わないものの、こうやってヒトがヒトの愛を裏切り踏みにじる姿を、どれだけの数見てきたか。
何度も何度も何度も何度も愛を踏みにじる。
人類に願う愛はまだ存在していると信じ、見守ると決めた数と同じ数だけ踏みにじる。
いつか人類は自らの愚かさを学習して、改心して、神様が望む姿へ到ってくれると願っていたのに。
激しい怒りの中、神様は決めました。
心根が腐った人類など、肉体ごと腐り果ててしまえ。
愛を持って見守っていた神様でも、とうとう限界に達してしまったのです。
そしてこれから神様が起こす事を人類へ告げる事もせずに、神様が振るったお力で、一部を残して人類はみな等しく変わってしまうのでした。
腹黒と言われる、腹に一物ある者達、悪意を抱え育てる者達。
心に腐臭を漂わせる者達。
それらが見る見る内にゾンビへと。
婚約破棄を切り出した王子様や、王子様を騙した下位貴族令嬢は当然として。
周りで見ているだけだった貴族達の大半も、一緒くたにして。
その日、人類は神様の教えを思い出した。
神様に愛されていた幸せを。
世の中に満たして欲しいと望まれていた使命を。
でも、もう遅かったのです。
いくら謝ろうと、祈りを捧げようと、神様へは届きません。
神様によって姿を変えられたゾンビは、神様のお力で動いています。
しかしゾンビらしい特性を保持しているので、ゾンビに倒された人類はゾンビの仲間となります。
そのゾンビは残った人類へ襲いかかり、善良な人類さえどんどん減って行きます。
数には数だと、国や種族の垣根を越えた軍まで設立されましたが、軍の仲間までゾンビへ変じる様子に、心を折られて行きます。
一騎当千、力有る者も数の暴力には勝てず、ゾンビの海へ沈みました。
火で焼き払えないか。
そう言って実行したものもいましたが、体が湿っているのかなんなのか、火で焼くより前にすり潰されてしまいました。
不浄な存在なのだから、神様の愛によって許された聖なる力で、清められるだろう。
そう言って立ち上がった善良な神様の信者も居ましたが、そもそものゾンビ化は神様が振るったお力ですので、全く効果が出ずに噛られてしまいました。
人類の滅亡は、もう目の前。
人類は生き残りを賭け、優れた決断力や指導力を持ったムスミィアやその祖父を旗頭として担ぎ上げ、ありとあらゆる事を為しました。
後の世に人類を生き長らえさせるべく、どんな事でも。 どんな手段を使ってでも。
常識、慣習、良識、暗黙の了解、法律、倫理観、禁忌。 何もかもをかなぐり捨てて、一人でも多く。
親子だから。 きょうだいだから。 身分差があるから。 年齢差が大き過ぎるから。
反りの合わない相手だから。 差別して見下した相手だから。 男女の情を抱ける対象ではないから……。
そんな理由で子供を為さないなぞ、言っている場合では既にない状況なのです。
そんな事態まで進んだ頃。
ようやく神様の怒りは鎮まり、善良な人類までも巻き込んでしまった事に対して、
やべ……やり過ぎちまった。
等と焦ったそうですが、
まあやっちまったものはしょうがない、為るように為るさ!
と思い直し、色々放り投げたそうです。
我々であれば、責任放棄とでも言えば良いでしょうか。
しかし、この世界は神様のもの。
そもそも事の発端は、神様からの愛を踏みにじった人類へ下した罰。
誰も神様を罰せません。
~~~
聖なるゾンビパニックが始まり、はや10年。
神様がゾンビへと叩きつけたお怒りも鎮まり、肉体は腐り果て、骨だけのスケルトンもその骨が朽ちて滅び、ようやく落ち着きを取り戻した世界。
地上は、生命の営みが続いています。
この世界は神様からの愛をちゃんと受け止めている、獣達の楽園となりました。
そんな中、人類で唯一生き残った男女。
人類の未来を委ねるべく行っていたかつての努力は、ゾンビを呼び寄せる源となるだけで、成果になりませんでした。
女性は苦労を重ね歳をとり、たくましくも美しく成長した婚約破棄された令嬢、ムスミィア・アンブレールア。
男性も苦労しながら歳をとり、ある時から首より下が満足に動かせなくなってしまった、ジークロウ・アンブレールア。
ムスミィアの祖父。
平和だった時分には領地内の別荘で隠居していて、ムスミィアが滅多に会うことなど無かった相手。
ジークロウをムスミィアは、
「おジー様」
と、とても艶かしい声で呼びます。
そう。
彼女は苦難の果てに、祖父を生涯の伴侶としました。
命からがらなんとか所領へ戻り、家族や家の者、領民。 出来るだけ沢山の人類を助けようと奔走し、未来を守ろうと尽力し、その苦労を分かち合った祖父とです。
共に汗を流し、命を削り、苦難を一緒に乗り越えんとした相手。
真実の愛を捧げる者と、ムスミィアは出会えたのです。
ここはふたりが住む安住の地で、そこに建てた小屋の前。
日だまりの暖かい光を浴びながら、ジークロウを椅子に座らせ、ムスミィアは甲斐甲斐しく世話をしています。
「おジー様は世界に残された、おそらく唯一の殿方」
しどけなく、悩ましい姿で。
「私は世界に残された、おそらく唯一の女」
ジークロウの動かせない膝の上、向かい合う様に跨いで。
「おジー様は私のもの、誰ニモ渡サナイ」
ひどく乱れた吐息で。
「私ガ煎ジタオ薬デ、心ヲウバイ、体ヲ縛リマシタモノ」
色ニ狂ッタ獣ノ顔デ。
「ダイスキデスワ オジーサマ」
体ノ世話ヲ甲斐甲斐シクコナシナガラ溢レル愛モ囁ク“ムスミィアノ瞳”ハ、カツテ ノ ゾンビ ト ミマチガウ ホド ニゴッテイタ。
狂気ハ伝播スル。
書いた本人から一言。
「こいつぁヤベェわ。 つーか神様の愛うるせぇ」
ムスミィア……ムスメさん。 純朴で清純なムスメさんだからムスミィア。 そう名付けたはずなのに、どうしてこうなった。
ジークロウ……おジー様とするネタを思い付いてしまい、ゾンビパニック後に“クロウ”した設定。 ふたりだけ生き残り、小屋を建てて一息つこうとした時に盛られた、完全な犠牲者。
アンブレールア家……ゾンビの発端ならこの名前じゃないと! ……少しもじってますが。
病んじゃった補足(妄想)……婚約破棄で痛い目見て、おぞましいゾンビパニックから生き延びている内に倫理観が壊れて、どんな手段を使っても、大切なものはもう絶対に無くしたくない。 となって、サバイバル中に得た薬学知識で盛っちゃった。 のかなぁ~? と思います。
病み病みの補足の補足……作中にて、倫理観をかなぐり捨てる描写とか追加しました。 これにより、ムスミィアさんの精神崩壊を察せると思います。
ゾンビ化関係の補足……心に腐臭ってのは、┏(┏ ^o^)┓を指す意味で使っていません。 念のため。