第六十章 決闘の意味
ある日、交番に通行人から、「花町で芸者が刃物を持った男に襲われている。」と通報があった。
すぐに交番巡査数名が駆け付けたが、芸者は腹部を刺されて苦しんでいた。
交番巡査は、警察無線で傷害事件発生と救急車の手配依頼をした。
緒方一課長は、芸者が刺されたと聞いて、芸者に詳しい広美が在籍している三係に担当させる事にした。
西田主任は、他の刑事達と現場に向かう覆面パトカーの中で、非番の広美が朝から置屋に行くと聞いていた為に、広美に連絡した。
「係長、今日は置屋に行くと言っていましたが、今、花町ですか?」と確認した。
広美は、「ええ、花町にいますが、何かあったの?」とサイレンの音とともに聞こえたので花町で何かあったのかと嫌な予感がした。
西田主任は、「花町で芸者が刺されたと交番巡査から連絡があり、三係が担当する事になりました。花町におられるのでしたら初動捜査お願いします。」と連絡した。
広美は、「了解。直に現場に向かうわ。」と伝えて、慌てて置屋を飛びだした。
初美は、広美が血相を変えて飛びだしたので、どこかで事件が発生したと直感した。
広美が現場に到着すると、まだ救急車は到着していませんでした。
広美が、「小春ちゃん、大丈夫?」と被害者が、広美と同じ置屋の芸者だった為に驚いた。
小春は、「鶴千代姉さん、犯人は春菊の男友達よ。」と苦しそうに刑事の広美に告げた。
小春は、まだ何か言いたそうでしたが、広美は、「わかったわ。おなかを刺されているので、あまり喋らないで。」と小春の出血が多いので、内臓が傷ついているのではないかと心配して止めた。
広美は母に、「小春が刺された!すぐ来て!」と電話して、母に小春を任せようとした。
初美は、事件が花町で発生したと知り、慌てて、置屋にいた小菊を連れて置屋を飛びだした。
小春から聞いた事を、覆面パトカーで現場に向かっている西田主任の携帯に連絡して、「春菊から事情を聞きます。現場保存は交番巡査に依頼しました。」と伝えた。
広美は現場に来た母と小菊に、「救急車は呼びました。小春から犯人の事を聞きました。犯人逮捕に向かうので、小春の事を頼んだわよ。」と小春の事は、母と小菊に任せて、春菊が所属する置屋に向かった。
広美が置屋に到着すると、春菊が私服で男友達と車で出かけた。
広美が置屋の女将を呼び出すと女将は、「あら、鶴千代姉さん、今日はどうしたの?」と挨拶した。
広美は、「今日は仕事で来ました。」と警察手帳を提示して確認した。
「鶴千代姉さん、刑事だったの?春菊は、田舎の父親が危篤だと言って、真っ青な顔で迎えの車で慌てて帰ったわよ。」と証言した。
覆面パトカーのサイレンが聞こえた為、現場に戻った広美は、置屋の女将から聞いた事を説明して、「車は赤のブルーバード。車両番号は、私の位置からは見えなかったわ。春菊の田舎の連絡先を聞いて、地元警察に確認しました。春菊の父親は五年前に他界しているわ。春菊の本名は結城志穂よ。」と刑事達に伝えた。
西田主任は、「ありがとうございます係長。須藤刑事、結城志穂の男性関係を調べて下さい。前田刑事、付近で聞き込みして下さい。峰岸刑事、防犯カメラを確認して下さい。後藤刑事、係長の説明では、小春さんはまだ何か言いたそうでしたが、腹部を刺されて出血が多かった為に、喋らすのは危険だと判断して止めています。小春さんの容体確認と、可能であれば詳しい話を聞いてきて下さい。私は通報を受けた交番巡査から詳しい事情を聞きます。」と指示した。
翌日の捜査会議で須藤刑事が、「結城志穂の男友達のなかに、赤のブルーバードを所有している人物がいました。中村武です。職場は無断欠勤で自宅にも不在です。現在、中村武を捜しています。」と報告した。
後藤刑事が、「小春さんは帯をしていた為に、刺されたのは腹部ではなく下腹部をさされて、子宮が傷ついて出血多量で病院到着直後意識不明になり、緊急手術が行われました。執刀医の説明では、手術中に心停止しましたが、なんとか一命は取り留めたそうです。まだ意識不明で危険な状態で、とても話を聞ける状態ではなく何も聞けていません。」と報告した。
前田刑事が、「目撃者の証言では、男が芸者を呼びとめて言い争いになり、男が刃物を取り出したので、慌てて交番に知らせたそうです。」と報告した。
その後、容疑者も発見できず、捜査員達に焦りが見えてきた。
そんな時、小春の意識が戻ったと知らせを聞いた広美は、後藤刑事と西田主任とともに、小春の証言が事件解決の突破口にならないかと期待して病院を訪れた。
広美達刑事は担当医より、「現状では、事情聴取許可できないのですが、患者本人が捜査一課から依頼があれば是非協力したいと強い要望がありましたので、特別に許可しました。そのような状況なので、看護師同席が面会の条件です。興奮させないように短時間でお願いします。」と依頼された。
広美達は、小春を刺した男友達を確認する為に中村武の写真を見せると、小春からとんでもない事を聞いた。
「いいえ、私を刺したのはこの男性ではないわ。私、春菊さんが男友達と雑談しているのを偶然聞いてしまいました。その内容から、春菊さんを男二人で争っていたようです。春菊さんが冗談で、二人で決闘して勝利者と付き合うと言ったらしいのよ。それで、約束通りあいつを殺したから俺と付き合えと言っていたわ。鶴千代姉さんが置屋に来ていたので知らせようと置屋に向かっていると、その男に捕まって刺されたのよ。」と証言した。
広美と後藤刑事と西田主任は京都府警に戻り、小菊から聞いた話を捜査員達に説明した。
西田主任は、「中村武は既に殺害されている可能性が高いです。犯人は中村武と決闘して殺害し、足がつかないように自分の車ではなく、中村武の車で春菊を迎えに行き、中村武を殺害した事を説明しているのを偶然小春さんが聞いて、係長に知らせようと置屋に向かった小春さんを追い駆けて刺して、その間に、置屋に逃げ帰った春菊さんを連れだして、再び決闘場に戻り、自分の車で逃走した可能性があります。」と事件を推理した。
後藤刑事は、その推理は病院からの帰りに、係長から聞いた推理じゃないの。あたかも自分が推理したような言い方をしてと笑いを堪えて、「人を殺したと聞いたにも関わらず、何故春菊さんは警察に通報しなかったのでしょうか?小春さんを追い駆けて刺してから、春菊さんの所に戻るまでに通報する時間は充分あったと思います。」と西田主任が答えられるか質問した。
西田主任は、「そうですね。何故でしょうね。」と考えていた。
広美はため息をついて、「そんなに簡単に人を殺すとは考えられず、まして、自分の一言で人が殺されたとは信じられなかったのでしょう。春菊さんが連れ出された時、顔が真っ青だったと置屋の女将から聞きました。その時に血痕のついた刃物を見て人が殺されたと確信したのでしょう。冗談で言った事が現実になり怯えているようです。早く殺人犯を逮捕しないと春菊さんも危険です。春菊さんは冗談ばかり言っている明るい芸者で、決して殺人を依頼するような芸者ではない事は私が保証するわ。」と緊急性を伴うと忠告した。
西田主任は、「了解しました。全員で春菊さんの男性関係を再度調べて下さい。」と指示した。
翌日の捜査会議で須藤刑事が、「全員で手分けして春菊さんの男友達のアリバイを確認していましたが、一人だけ行方が掴めない男性がいました。井村孝造です。」と報告した。
前田刑事が、「中村武の車は赤で目立つ為に目撃者がいました。事件前日、烏丸通りを北に向かっていたそうです。生活安全課に情報を流して赤のブルーバードを捜しています。」と報告した。
西田主任が、「前田刑事の情報が功を奏して、先ほど生活安全課から中村武の赤のブルーバードが岩倉で発見されたと報告がありました。後藤刑事、その車に残されている指紋と、井村孝造の指紋を調べて下さい。峰岸刑事、中村武の車が発見された付近を、鑑識と協力して調べて下さい。前田刑事、須藤刑事、井村孝造を捜して下さい。」と指示した。
その後、後藤刑事から、「中村武の車からは、井村孝造の指紋は検出されませんでした。」と報告があった。
峰岸刑事から、「中村武の車が発見された場所の近くで男性の死体を発見しました。現在鑑識が指紋照合中ですが、恐らく中村武だと思われます。死因は刃物で胸部を刺された事による失血死です。」と報告があった。
広美が捜査本部に戻ってきて、「私の芸者仲間に確認しました。春菊さんを中村武と争っていたのは、体格などからして井村孝造ではない可能性があります。顔を知っている芸者の協力でモンタージュ写真作成中です。」と伝えた。
前田刑事が、「犯人は井村孝造だと思い込んでいました。何故係長は井村孝造ではないと思われたのですか?」とその根拠を聞いた。
広美は、「もう、あんた達はぼんくらばかりね。井村孝造は行方不明なだけでしょう?犯人だとの証拠はどこにもないのよ。趣味は登山よ。職場には登山だとは告げずに立山登山していたわ。」と説明した。
後藤刑事が、「そういえば、立山で遭難事故があったとニュースで聞いたわ。」と広美の一言で閃いて新聞をみていた。
広美は、「その遭難者リストに井村孝造の名前があったわよ。後藤刑事、新聞に掲載されていませんか?」と新聞を持っている後藤刑事に指示した。
後藤刑事は、「あっ、本当だ。井村孝造は立山で遭難していて、まだ発見されていないわ。以前係長が出産時に休暇を取られた時に、三係の検挙率が大幅にダウンしました。矢張り三係は係長がいないと駄目ですね。」と西田主任を横目でチラッと見た。
西田主任は、「申し訳ございませんでした。全く気付きませんでした。」と反省していた。
やがてモンタージュ写真ができて西田主任が、「全員でこの男性の身元を調べて下さい。」と指示したと同時に広美が、「この男性、花町で見覚えあるわ。名前は知りませんが、確か仕出し屋の板前よ。」と仕出し屋の所在地を教えた。
西田主任は、「了解しました。須藤刑事、峰岸刑事、その板前に任意同行求めて下さい。」と指示した。
しばらくすれば須藤刑事から連絡があった。
「須藤です。問題の板前は前島竜太二十五歳で、今日は仕事を休んでいました。住所を聞きましたのでこれから向かいます。」と連絡があった。
西田主任は、「了解しました。春菊さんを監禁している可能性がある為、前田刑事にも向かわせます。慎重にお願いします。後藤刑事、前島竜太が自宅で春菊さんを監禁しているとは限りません。前島竜太の立ちまわりそうな場所を確認しておいて下さい。」と指示した。
須藤刑事から、「前島竜太は自宅に不在です。」と報告があった。
西田主任は後藤刑事に、前島竜太が立ちまわる可能性がある場所の捜索を指示した。
後藤刑事は、「前島竜太の妹が事務員をしている南区の町工場で前島竜太を発見しました。応援お願いします。」と報告した。
前島竜太の妹は、町工場の未使用の倉庫に、他の従業員には内緒で兄を匿い、春菊さんを監禁していた。
たまたま、倉庫横のトイレに出て来た前島竜太を後藤刑事が発見して、本部に報告して貼りこんでいた。
そこへ他の刑事達が警官隊と到着して町工場に踏み込んだ。
前島竜太は春菊を人質にしていたので説得を妹に依頼した。
説得に応じなかった為に責任を感じた妹は、「私が行くから、その女性を解放して!」と倉庫に向かった。
妹は、「お兄ちゃん、辞めて!刺すなら私を刺して!」と迫った。
その間に、倉庫の裏口から後藤刑事が侵入して、犯人に飛びかかり、「今よ!突入して!」と大声を出した。
警官隊が突入して、前島竜太は逮捕された。
前島竜太は、「この女が殺せと言ったんだ!」と抵抗していた。
春菊は、「私は腕相撲かゲームのつもりで決闘と言ったのよ。まさか殺すだなんて・・・・」と自分の一言で人が殺されたと責任を感じている様子でした。
明るい性格の春菊が、その後、しばらく落ち込んでいたので心配になり、広美は他の芸者達に春菊を励ますように依頼して、一か月後には、いつもの明るい春菊に戻っていたので安心した。
第五部はこれで終了です。長らく芸者刑事を御愛顧頂きありがとうございました。
次回から、新シリーズ”女の体を持つ男”の投稿を開始します。
次回投稿予定日は、2月6日を予定しています。




