移り気な妻とコンペイトウの踊り
※途中の挿絵は、夢学無岳様が描かれたものです。
庭を紫陽花でいっぱいにしたい、と妻が言い出した。
塔ノ沢だったか、長谷寺だったか、どこかの観光案内所に置いてあるようなタウン誌を片手にしていた。
事の発端は、そんな些細な事だったと記憶している。
ただいまの時期は、五月の初旬。
大型連休が終わり、母の日を間近に控えた頃である。
今頃、紫陽花なんて咲いてないだろうと思ったら、そんなことは無かった。
「こちら、コンペイトウという品種でして、この個性的な形が人気となっています」
「たしかに、花びらが菱形になってますね」
赤や白のカーネーションの陰に隠れるようにして、早咲きの紫陽花がケースに陳列されていた。
形は個性的だが、色は紫陽花らしく、ピンク、パープル、ブルーの三パターンのようだ。
我が家にあるのは猫の額ほどの坪庭だが、植えてみるのも悪くないかもしれない。
と、しげしげ眺めながら花の写真を撮り、そのまま返事を待ちつつ立ち止まっていたので、店員に声を掛けられた。
いったい、どこに目を付けているのやら。まことに如才ない。
「庭で育てるとして、水やりや肥料は必要ですか?」
「そうですね。しっかり根を張るまでは、たっぷりと水を与える必要があります。けど、一度根付いてしまえば、あとはそれほど水やりをしなくても大丈夫です。日当たりの良くて、あまり強い風が吹かない場所が最適です」
「そうですか」
「あんまり大きくなりすぎると困る場合は、冬場に剪定してくださいね。放置しておくと、かなり広がってしまいますから」
「わかりました」
説明熱心な店員におざなりに返事をしたところで、彼女から既読とスタンプが返ってきた。
どうやら、この紫陽花を非常に気に入ったようだ。
ただ、その日の気分でピンクになったりブルーになったりような移り気な彼女のことである。
どちらかの色に偏って咲くと、私の好きな紫陽花は、この色じゃないと言われかねない。
「花の色は、どうやって決まるんですか?」
「紫陽花の色は、育てる土壌によりますよ。土がアルカリ性ならピンク系、酸性ならブルー系です。庭植えの場合、日本は酸性土壌が多いので、ブルーになりやすい傾向にあります」
「あぁ、そう。では、どうしてもピンクにしたい場合は?」
「あっ、ピンクがお好みですか? でしたら、腐葉土を多めに入れてください。アルカリ性に傾きます。鉢植えで、赤玉土・腐葉土・パーミキュライトを、二対二対一で配合すると、綺麗なピンクになりますよ。このコンペイトウは、普通のヤマアジサイより栽培スペースを大きめに確保してくださいね」
「なるほど」
となると、花だけじゃなくて、腐葉土と大きめの鉢も必要だな。車で来て正解だったな。
と、のんびり構えているうちに、店員は少し離れた棚から腐葉土と大きめの素焼きの鉢を台車に載せて持ってきた。
「コンペイトウを育てるなら、これがオススメです」
「ありがとう。それらと、花を二つもらおうかな。一つは、庭植え用で」
「はい。それでは、こちらのレジへどうぞ!」
精算を済ませ、後部座席に積み込み、長年愛用のマニュアル車を発進した。
「庭が紫陽花でいっぱいになるまで、夫婦で生きていられるだろうか」
信号待ちをしながら、ふと、そんなことを考えた。
そのうち、このゴールド免許も自主返納する日が来るだろう。
それまでは、寝たきり状態になった妻のためにも、欲しい物を届けてやろう。