破天荒
今回も難産でした。
……次回も時間がかかりそうだな。
痛み、怒り、屈辱、驚き、恐怖。
……熱い、熱い、熱い、熱い、熱い!
なぜ結界が発動しない!
どうして人間に力負けするのだ!
ドラゴンの思考はそれだけに集中していた。
プライドや余裕など既に存在しない。
あるのは怒りに溺れた幻獣の惨めな足掻き。
つい10分前まで人間を圧倒していたとは思えない程に圧倒されたその姿はどこか小動物じみており、同情すら覚える。
「……なぜ結界が発動しない。」
そして、ドラゴンは思わず敗因をつぶやいていた。その呟きはまるで誰かに答えを求めているかのようだった。
そして、その問いに答えるものが1人。
「結界は発動しているさ。」
ピンク髪の怪物、エレンだった。
自慢の手品を披露するかのように、自慢気で自身に心酔しているみたいに堂々と話す。
ドラゴンとナナたちはエレンのその姿に圧倒される。
「最初の転移で勝敗は決まっていたのさ、洞窟ごと…いや、『洞窟に張られた結界』ごと転移してお前にぶつかった瞬間にな。」
ドラゴンは驚きで目を見開く、焼けている肉体の痛みなどもはや感じなかった。
結界ごと転移…確かにその土地にかけた結界は土地ごと移動させれば動かすことは可能だ。
…しかし土地ごと持っていくのにどれだけの魔力が必要かわからないほどドラゴンは愚かではない。
それにドラゴンの結界を見抜き、その結界を丸ごと覆ってドラゴンにぶつかるように転移する技術。
……そこでドラゴンはハッと息を飲んだ。
それは戦慄であり、畏怖だった。
「結界ごと転移…そして我にぶつける。」
「やっと気がついたか?」
ピンク髪の怪物がニヤリと笑う。
悪魔を幻視させるその姿に何度目かわからない恐怖感じる。
「……我を我自身の結界に閉じ込めたと言うのか!?」
確かに我の結界は侵入者を閉じ込めるものだ、しかし自分が結界に入ったからといって術者に牙を剥くはずがない。
…誰かが細工をしない限り……!!?
ドラゴンは目を見開きエレンを見た。
「……お前…まさか我の結界を!!」
エレンがフフッと笑って一歩、前に出た。
ドラゴンは思わず二歩下がる、右手の痛みなど関係ない。もう条件反射だった。
「お前の結界など気付いた瞬間にタネも仕掛けも丸見えだったよ。褒めるべきところは物理法則を弄ることができるくらいだな。強靭なドラゴンが人間に力負けする姿はそうそう見ることができん。」
ドラゴンも、ナナたちも言葉を失ってエレンを見ていた。ナナも、ミルドもエレンの魔術の腕前は知っているつもりだった。
想像を遥かに超えていた。
自分たちが気づく事のできない結界に気づくことができた上に、それを掌握して自分の支配下に置いてしまうなんて。
…もう一度ドラゴンと対峙した時はいつも通りに戦えばいいと言っていた理由がやっとわかった。
完璧なお膳立てをしていたのか、とシュビネーはどこか唖然とした驚きを感じていた。
「……完敗だ、ピンク髪の小娘。」
ドラゴンは落ち着いた様子でエレンに語りかける。
「我は安息の地をもとめて自身が長年集め、蓄えていたヒヒイロカネでこの聖地を作り上げた。」
「これを……作ったのか。」
ミルドが信じられないが、しかし納得した様子で呟いた。
ドラゴンは御構い無しに続ける。
「それから何百年もの間我はこの地で安息の日々を過ごしていた。それが崩れてきたのは80年前……人間どもがこの地を狙ってきた時からだ。」
「……シュビネーの話にあったな。」
ネイデンがシュビネーを見て、シュビネーがうなづく。
「だがそれは返り討ちにしたんだろ?」
ミルドが納得いかないとばかりに聞くが、ドラゴンは首を横に振った。
「確かに、80年前は全員を結界に閉じ込め甚振ってから返してやった。」
だが、と言葉を続けるドラゴンに皆が注目する。全員がドラゴンの言葉を絶対に聞かなければならないような気がしていた。
「一週間前のことだ、バケモノがここにきた。」
「…バケモノ?」
エレンが興味をそそられたようで、目を輝かせる。
「まるでお前みたいな奴だ、姿も性別も違うが…その圧倒的な実力。まさにバケモノと呼ぶのにふさわしい。」
「…一体どんな奴なんだ?人間なのか?」
ミルドがエレンをちらりと見ながら聞く。
…人間なのかと言う問いはエレン自身にも聞いてそうだが、それを突っ込む勇気はナナには無かった。
「……人の形をし、人の言葉を話していたが…あれをお前らの言う『人』と呼んでいいのかは知らん。」
…ドラゴンは大きく息を吐き、目を瞑る。
これ以上話す気は無い、と言うことだろう。
既に体の炎は消え、痛々しい火傷がナナたちの目に止まる。
致命傷ではないが、満足に動けない程度には重い傷が黒い煙を上げていた。
先に手を出してきたのはドラゴンだ、我々を結界の中に閉じ込めてきた。
しかし、ドラゴンの住処へ勝手に侵入したのは我々だ。
…ドラゴン相手に手加減できなかったとはいえ、ここまでする必要はあったのだろうか。
自分の幸せにこのドラゴンの死は必要なのだろうか。
悶々とする思考に悩むナナをエレンが見つめていた。
エレンはドラゴンに近寄り、右手で傷に触れる。
「…なぁ、ドラゴン。」
「なんだ小娘、これ以上我が話すことはない。早々にこの地から離れる、ヒヒイロカネも好きなだけ取れば良い。」
エレンはドラゴンの言葉を無視し、ある提案をする。
「お前、私のペットになれ。」
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