笑うバケモノ
エレンちゃん可愛いよエレンちゃん。
前世が爺さんとは思えないよ。
繁華街から一瞬でヒヒイロカネの森に飛んだエレンは、森に入る前に生えている木々を観察していた。
「名前の通りでつまらん森だ。」
かつて国々がその所有権を狙って戦争すら起こしたと言う森をつまらんの一言で片付けたエレンはコンコンと木を叩いて硬さを確かめる。
木は本当にヒヒイロカネでできている。
「…あらゆる鉱物の中でも異質な特性、『魔力で溶ける』ヒヒイロカネ。よくもまあこれほどの量を集めたものだ。」
その言葉は賞賛か、それとも呆れからくるものなのか。ただ、どちらが真実であっても結果は変わらない。
どちらにせよ、エレンはかなりキレていた。
鉱物の正体を確かめたエレンの行動は早い。
森の中へとぐんぐん進んでいく。
「ヒヒイロカネの森から魔物の声がするだと?そんな事実無根を信じたと言うのか、あのバカ共は。」
ヒヒイロカネの森、木の形をした特殊な金属が集まった元廃坑。それは森ではなく、ただの無生物地帯だ。
植物に見える金属しか存在しないこの場所はまともな生物が生活できる環境ではない。
……もちろん、魔力を糧とする魔物も存在できない。
何故なら魔力が存在しないから。
魔力があれば魔力で溶けるヒヒイロカネが木の形を保っていることはできない。
たしかに、空気中にある程度の魔力は存在するが、それは微量だ。ヒヒイロカネが魔力で溶けるといっても空気中の魔力で溶けるほど融点は低くない。
そしてその微量な空気中の魔力をヒヒイロカネが吸ったこの場所は完全に魔力の存在しない場所、魔物が寄り付くはずのない所なのだ。
「まぁ、そもそも『魔力で溶ける本物のヒヒイロカネ』の方が珍しいのかもしれないが。ミルドなら知っていそうなものなんだが…無知は恐ろしいな。」
ヒヒイロカネが魔力で溶けないようにするにはヒヒイロカネに他の金属を混ぜなければならない。
つまり、不純物が混ざったヒヒイロカネは魔力で溶けないのだ。
しかしエレンが確かめたところここに存在するヒヒイロカネは純度100%…一体どんな製法で作ればこんなものが出来上がるのか知らないが、事実は事実なのだ。
エレンは木のように伸びるヒヒイロカネの幹に当たる部分に触れ、魔力を流す。
すると、金属質に輝いていたヒヒイロカネがエレンが触れているところからドロリと溶け出していく。
「見ている分にはかなり愉快ではあるが、流石に倒れるとマズイか。」
早々に魔力を止めると、溶けていた部分に金属特有の光沢が戻る。
エレンはそれを眺めた後、玩具に飽きた子供のようにさっさと歩き出した。
しばらく進むと、不自然にひらけた場所に出た。中央にはテントらしきものも存在する。
…ナナたちのいた所だ。
「…なるほど、昼頃から森に入ったとしてここまで約3時間程度、魔物がいると仮定した場合夜襲などの警戒を考えればここらで野宿するか……場所も御誂え向きだしな。」
そう言ってエレンはテントの中を覗く。
中には誰もおらず、冷たくなった寝袋と彼らの荷物らしい物が隅でまとめられていたまま残っていた。
「見当たらないものは…武器くらいか?」
エレンはミルドたちの武器をあまり知らないが、それらしきものが無いことはわかった。
そして、それが表すことは。
「…どこかで戦闘が行われている。もしくはすでに皆がやられているかだな。」
戦闘中か戦闘後のどちらか、エレンはそう予測する。その上、戦闘後ならナナたちは敗北していると。
「あまりにも武器以外のものが荒らされていない…あいつらが武器のみを取ってテントから出た証拠だ。つまり戦闘目的で外に出たことになる、探索しに行く時武器だけ持って行くバカは居ない。迷ったときのために寝袋くらいは持って行くだろうからな。」
そして、エレンは冷たくなった寝袋を見る。
「そして、ナナたちは行った戦闘は襲撃戦じゃない…どちらかと言えば防衛戦か?だが奇襲を受けたようには見えない。」
奇襲ならテント内が荒らされたようにごちゃつくはずだが、テントの中はそうでもない。
しかし、ナナたちは襲撃ができなかったからテントを立てて休息していたのだ。襲撃する魔物がいたならとっくに行なっているはずだ、呑気にテントなんて立てるはずがない。
「……となると、やはりここが原因か。」
エレンはそう呟き、テントの外を見る。
「見た時から怪しいとは思っていた、御誂え向きに開けたこの場所…自然に生まれると言うにはちょっと無理があるからな。まあ、そもそもこんな鉱石の森が生まれること自体おかしいんだが。」
そう言いながらエレンは周囲の魔力反応を探る。
…その結果は、反応無し。この周囲に生物は存在しない。
「…フフフ、やはりそうだ。ここは特別な場所だな…魔力で周囲を探ることができる。」
ヒヒイロカネの森には空気中の魔力すら存在しない。
それは、空気中の魔力を使用する魔法が使用できないと言うことだ。
例えば…魔力感知とか。
「あいつらが気づかなかったのは…道中で使用しなかったのか、もしくは使っていると錯覚していたからか…どちらにせよ現場慣れしてない初心者がいるな。これだから複数人での行動は嫌いだ。」
エレンは愚痴を言いながら周囲を詳しく見て回る。
その時だった、誰かの足音がエレンの耳に届く。
「人間だな、それも1人。…体力を視野に入れていない走り方だ、何かから逃げているな。」
男が、エレンの前に現れた。
小太りで、貴族らしい豪華な服は汗と土で汚れている。
「はぁ、はぁ…君は、誰だい?」
「ナナの保護者といえばわかるか?」
その言葉を聞いた男…ネイデンは疑うことすらせずにエレンに頭を下げた。
「……ナナたちが危険な状況にいる!助けてくれ!」
ネイデンの必死な姿を見てエレンはニヤリと笑う。
嘲笑や喜びではない。
今のエレンにそんな感情は微塵も存在していなかった。
彼女にあるのは一つの意思。
「……言われるまでもない。そのために来た。」
遊び尽くしてやる、それだけだ。
次回、カッコかわいいエレンちゃんが大暴れ?
まだ何も決まっていません。(白状)




