格差
今回も難産でした。
何回書いても戦闘シーンは慣れないですね。
今年のクリスマスでサンタさんから文才を貰える交渉方を割と真剣に考えています。
戦闘は少しも経たないうちに一方的な蹂躙に変わっていた。
私たちの戦闘方法は前衛のシュビネーさんとミルドがドラゴンの攻撃を誘い、それを捌きつつ攻撃を当てていき、ラディリエさんと今はいないネイデンさんの魔法で大きなダメージを与えるのが黄金パターンである。
ちなみに私は万が一にもラディリエさんへ攻撃がいかないようにする為の護衛だ。
この方法は敵が一体でも複数でも通用する便利なもので、実際に強力な魔物を倒すことができた実績もある。
今回もこの方法でうまくいくはずだった。
しかし、現実はそう上手くいくものではない。
シュビネーさんの高速で突き出される剣戟は紅く光る硬い鱗に擦り傷を与えるだけにとどまり、ミルドの圧倒的な怪力をもってしてもドラゴンの攻撃を捌くことで精一杯で、近づくことすら許されず最後にはドラゴンの尾がミルドの体を捉え、ナナたちよりも後方に吹き飛ばされて動かなくなってしまった。
「なっ!?ミルド!」
「味方を心配している場合か?」
シュビネーさんがミルドが飛ばされた方向に気を取られた一瞬、その刹那でドラゴンの右腕はシュビネーさんの懐まで迫っていた。
「うぐっ!!」
防ぐことができず、ドラゴンの攻撃をもろに受けたシュビネーさんはミルドと同じように吹き飛んだ。
一気に陣形が崩されてしまった。
「生温いわ、下等種族よ。」
……あまりにも硬く、強靭なその生物は未だ私たちを見下している。
「我はヒヒイロカネの森を統べる王でありこの森自身なのだ。そんな鉄でできた鈍ごときが我の肉体を断つことができるはずがなかろう。」
そこには、絶対的な自信と余裕があった。
ポーカーで自分のAのフォーカードを見せびらかすギャンブラーのような、勝利を確信した者の「勝てるなら勝ってみろ。」とでも言いたげな強者の余裕。
それがナナたちにひしひしと伝わってくる。
握っている魔剣が震える。武者震いじゃない、これはただの恐怖…いや、畏怖だ。
この生物には敵わないと言う畏れがナナたちの体に震えとして伝わっているのだ。
怖い…自分の攻撃が通用しない未来が見える。
恐い…自分が相手の攻撃で吹き飛んでしまう未来が見える。
一歩相手に近づこうとするだけで足がすくんでしまう。
……その時だ。
ピタッと、震える左腕に何かが触れた。
「……ラディリエさん。」
それはラディリエさんの右手だった。
ギュッと、触れていただけの右手に力が入る。
「…大丈夫。」
言い聞かせるような口調だった。
ラディリエさんの瞳は恐怖で揺れてはいたが、そこには未だに闘志が残っていた。
「大丈夫だから。」
その言葉を聞くと、何故だか震えが止まっていた。
大丈夫と言う言葉に根拠がないことはわかっている。冗談でも大丈夫と言えるような状況でないことなど誰の目から見ても明らかだ。
なのに…何故だか勇気が湧いてくる。
ラディリエさんの存在が安心感を与えてくれる。
「……行きます。」
それだけ言った。その一言で十分伝えられると思ったから。
「…わかったわ。」
そして、ちゃんと彼女に伝わった。
ドラゴンは私たちをじっと見つめている。
挑発していたミルドを真っ先に吹き飛ばしたからなのか、ドラゴンには先ほどまでの怒りが見えない。
私たちと戯れた後でゆっくりととどめを刺そうとでも考えているのだろう。
今は私たちが何をしてくるのか待っているような、サーカスでピエロが次にどんな芸を見せてくるのか期待している子供のような好奇心に満ちた視線だった。
…相手にとっては、この戦いもお遊びなのか。
私はドラゴンに向かって駆け出しながら、苦笑した。
その事実に驚きはない。それは分かりきっていたことだから。
恐怖だってしていない。ラディリエさんが恐怖を取り払ってくれたから。
あるのは、右手の魔剣と左手の鋼糸。
そして、少しの勇気。
これだけで十分だった。
ドラゴンが右腕をこちらに向かって叩きつけるように振り下ろす。
私はそれを冷静に躱し、鋼糸を操りドラゴンの右手に巻きつける。
「……む?」
ドラゴンは私の行動に疑問を持っているようだった。
……いけるか?
私はドラゴンに巻きつけた鋼糸を思い切り引く!
ピシッ!とかん高い音が響く。
「…なるほど、なかなかの威力だ。」
鋼糸は、ドラゴンの鱗にヒビを入れていた。
右腕を切断するまでには至らなかったが、ダメージは与えられる。
「だがまだ甘いぞ!」
ドラゴンが左腕を横薙ぎに振る。
私はドラゴンの右腕に巻きつけている鋼糸を回収し、左腕を上空に跳んでかわす。
「……っマズイ!」
そして、自分の失態に気づく。
気がつくと、ドラゴンの右手がすぐそこまで迫っていた。
上空では攻撃をかわす手段はない。
思わず目を閉じる。
ドガっと言う轟音が響く。
そして私は、思い切りドラゴンの右手で地面に叩きつけられた。
……はずだった。
ドラゴンの右手は確かに私を地面に叩きつけた。
しかし、肝心のドラゴンの右手は私を押しつぶしていない。
ただ地面に向かって私を打ち落としただけに過ぎない。
閉じていた目を開き、状況を確認する。
ドラゴンの右手は私を叩きつけた所で止まっていた。
地面から飛び出した直方体の石柱がドラゴンの右手を押し留めていたのだ。
「…ふぅ、ギリギリセーフかしらね。」
ラディリエさんの魔術、詠唱は聞こえなかったのに。彼女は確かに私を守ってくれている。
「……小癪な猿どもだ。」
ドラゴンが面白くなさげにつぶやき、石柱を右手で横から殴りつけて崩す。
破壊され、バラバラになって石の塊となった石柱がオレンジ色に輝く。
「……これは!」
「……掛かった。」
目を見開くドラゴンを見てラディリエさんがニヤリと笑う。
オレンジに輝く石が火を吹き、轟音をあげて爆発する。
爆風で地面が揺れ、体がよろめいた私をラディリエさんが支えてくれる。
「ナナちゃん、まだいける?」
ラディリエさんは心配そうに言った。
まだいける?…そんなこと聞くまでもない。
「…大丈夫。」
私はそう言って微笑む。
ラディリエさんもつられて笑った。
その時だった、2つの声が聞こえた。
「……この野郎、無茶しやがって。」
振り返ると、よろめきながらもしっかりと二本足で立っているミルドの姿。
「よくやったぞラディリエ、いい時間稼ぎだ。」
そして、剣を杖代わりに立ってラディリエさんにサムズアップするシュビネーさん。
「2人とも、無事だったんだ。」
「馬鹿野郎、この体が見えてねぇのか。」
そう言った私にミルドが突っ込む。
……そんな余裕があるなら無事だろうに。
「ドラゴンの状況は?」
冗談を言い合う私たちを尻目に、シュビネーさんがラディリエさんに質問する。
「…わからないわ、あの爆発がどれだけ効いているか…最悪、もう襲いかかってきてもおかしくないわね。」
「至近距離であれだけの爆発だぞ?ドラゴンといえどすぐには動けないんじゃないか?」
シュビネーさんとラディリエさんがドラゴンのいた方向を見る。
爆発で舞い上がった砂ぼこりと煙でドラゴンが見えないが、見えなくても突き刺すような覇気を感じる。
…確かにドラゴンはいる。
しかし、ドラゴンの状態はわからない。
鱗に傷がついただけで目立ったダメージを喰らわせることができていない。
さっきの爆発は奴にどれだけのダメージを与えられたのだろうか。
皆の思考に応えるように、風が砂ぼこりのカーテンを開ける。
「……驚いた。だが、それだけだ。」
ドラゴンは無傷だった。
書いていたら日付が変わっていました。
……こんなはずじゃなかったのに。




