自分を信じろ
七月の投稿はこれが最後になるかも?
ネイデンが魔術の秘密に気がついていた頃、ラディリエも秘密に近づいていた。
「触れられないものはテントの外にあるものだけ。」
そう、彼女はその事実に気づいていた。
……気づいてはいたのだ。
「でも…なぜ触れられないの?」
しかし、彼女はそこで止まってしまっていた。
魔力の反応がないという事実が彼女を迷宮入りの謎へ導いていたのだ。
頭のいい人間は固定観念に縛られるとなかなか抜け出すことが難しい。
頭の柔らかい人間と頭のいい人間の違いはそこにある。
そして彼女は後者だったが故に、行き詰まっていた。
「……どうすれば。」
どうすれば謎を解くことができるのか、ラディリエは必死に考える。
しかし、具体的な案が浮かぶ事は無く彼女の心は焦りと恐怖で荒んでいく。
焦りは集中力を乱し、恐怖は正常な判断を妨げる。
ラディリエは冒険者を導く受付嬢で、冒険の心得はしっかりと知っており、その上魔術の才能に溢れているが、まともな戦闘経験はほぼ無い。
彼女は現場慣れしていないのだ。
「……落ち着くのよ、ラディ。あなたは冷静よ、こんな状況に怯えてなんかいないわ。」
彼女は自分自身にそう言い聞かせ、勤めて冷静になろうとしているが、胸の前に構えた握り拳は震えている。
怯え、それは当然の感情だろう。
突然仲間から離され、意味不明な現象に晒されているのだ。
恐怖を感じるなという方が難しい。
しかし、彼女もやられてばかりの状況に甘んじるような人間じゃない。
たしかに体は恐怖で震え、瞳には怯えの色がちらついている。
しかし、それでも彼女はこの現象の謎を解くことだけは決してやめない。
恐怖しても、行き詰っても、けっして諦めることだけは認めない。どんな状況でも敵に食らいついていくのが勝利への道だと信じているから。
「弱音は吐かないわよ…全然怖くないもの。」
彼女がそういった時、突然テントから声が聞こえた。
「……おい!聞こえるか!!」
「ひゅいっ!?」
ラディリエは突然聞こえたネイデンの声に縮みあがり、言葉にならない悲鳴をあげる。
……やはり怖いものは怖いということだ。
「おい!聞こえるなら返事をくれ!」
テントから聞こえる声はこちらに気がついていないようで、ラディリエは先ほどの痴態が誰にも知られていないことに安堵し、テントに向かう。
「…聞こえないのか。いや、まだだ。……おい!!聞こえるなら返事をしてくれ!お願いだ!!」
「…これは、さすがネイデンさんね。」
ラディリエは素直に感心して、喜びの笑みを浮かべる。
伊達にシュビネーが信頼を寄せ、自ら親友と呼ぶ相手じゃないとは思っていたが、まさかこれほどまでに粋な手法で連絡を取るとは。
ネイデンの声はあの人形から聞こえていた。
ラディリエは人形を手に取り、魔力を流して話しかける。
「聞こえていますよ、ネイデンさん。」
「おお!ラディリエちゃん!よかった、人形を落としていないか心配だったんだが。」
人形から歓喜の感情が溢れるような声が聞こえる。
「お守りって、このことだったんですか。」
「ははは、思いついたのはほんのすこし前だったけど、そういうことにしてもいいかな?」
無属性魔術【糸電話】
ただ、特定の物体同士で声を送り合うだけの魔術。
あらかじめその物体に魔法陣を刻む必要がなく、魔力でその物体同士が繋がっていればいいという簡単なものだが、実用性は低い。
有効距離もあまり長くない上、簡単に傍受できるのが原因だが、この状況では最高の魔術だ。
ネイデンはこの魔術をクマの人形同士で行ったのだ。
魔力で繋がらないと発動しないので、魔力をあちこちに広げて誰かが持っているクマの人形を探し、ようやく繋がったのがラディリエの人形だったらしい。
「こんなマイナー魔術、知らない人の方が多いですよ。」
「子供の頃、僕が教えたんだっけ?」
「……親に内緒で遊びの約束をするときに便利でしたね。」
「シュビネーがたまに見つかって怒られてたね。」
他愛もない会話は、二人の緊張を解くのに十分な効果を発揮した。
そして、2人はお互いの情報を共有する。
ラディリエは冒険者としての視点と専門的な魔術知識で得た森の情報。
ネイデンはラディリエとは異なる深い魔術知識による独自の推理で得た情報。
3人寄れば文殊の知恵と言うが、今回ばかりは2人だけで文殊を越えることができたようである。
「すでに現象として魔術が完成している……なんて、ネイデンさんしか解らないでしょうね。」
「ああ、だが不可解なのは場所が特定できない術者の存在と私たちを隔離した方法だよ。」
魔術を発動させた術者を見つけることができない。これは魔術師同士の戦いでは一番あってはならない状況である。
一流の魔術師はその状況に持ち込ませないためだけの魔術を開発することだってある。
つまり、この状況は非常にまずい。
「何か、策はあるんですか?」
ラディリエは危機感を隠すことなくネイデンに問う。
その策は、当然ながら敵の在り方を探る策のことだ。ラディリエはネイデンなら策の1つはあるのではないかと期待しているのだ。
「…策か。そうだね、策というにはだいぶお粗末なものだが。」
「…あるんですね?」
ラディリエはその返答に期待を寄せる。
「……ラディリエ、自分を信じてみないか?」
「……え?」
ネイデンは曖昧な言葉を紡ぐ。
その声は、なぜか少しだけ掠れているような気がした。
「自分の魔術に自信を持って見ないか?」
その言葉が最後だった。
ブチっと嫌な音を立てて魔術が解ける。
「っ!?ネイデンさん!」
人形に話しかけても当然、反応はない。
ネイデンさんが魔術を解いた?
…いや、ネイデンさんはこんな乱暴に魔術を解くような人じゃない。
なら…こんな乱暴に解くような状況に陥った?
……例えば、何者かに襲われた…とか?
嫌な想像が頭をよぎったその瞬間。
パンッと持っていた人形が破裂した。
「きゃっ!?」
人形は中身の綿を四方に飛び散らせ、人形としての原型を止めることなくただの綿と糸に姿を変えた。
「…どうして急に、人形が…。」
その疑問は、人形が飛び散らせた綿が地面に落ちるとともに頭から消え失せた。
「……なるほど。」
綿と糸は、地面に落ちた。
しかし、ただ落ちた訳ではなかったのだ。
「…ネイデンさん。」
綿は点と太い線に、糸は細い線となりラディリエに最後のメッセージを残したのだ。
『ありのままを観ろ』
「…つまり、肝心なのは。」
それは、頼りなさげな貴族からの激励の言葉。
それは、自分の信頼する大切な友人からの言葉。
「…『自分を信じろ』ってことでしょ?」
既に、ラディリエの不安は消え失せていた。
不安は勇気に変わりラディリエに自信を与え、焦りは余裕となってラディリエの精神を安定させる。
「…確かに、怯えていたのかもしれない。この理不尽な状況に、常識の通用しないこの場所に私は怯えていたのかもしれない。……いや、怯えていたのよ…私は。」
ラディリエの言葉に自嘲や後悔は無い。
そこにあるのは冷静な判断と勇気から出る自信だ。
「私はこの現象に怯えて自信をなくした。自慢だった自分の魔術すら信じられないほどに。」
冷静になった彼女はその『弱さ』を堂々と受け入れる。…そして、その上で『弱さ』を乗り越える『強さ』をその身で手に入れる。
「…そうよ、自分に自信を持てばいいの。自分の魔術を信じれば…この現象の答えは既にでているのよ。」
それがどんなに信じられない答えでも。
彼女は『自信』を持ってそれを事実として受け入れる。
「『人の魔力反応が私だけ』なら、私はそれを信じるわ。」
自分の魔術を信じる、そう言い切った彼女の瞳に迷いはない。
「この森に、私以外の人間は存在しない!」
それが、到底信じられない答えであっても彼女はそれを現実として受け入れる。
八月からも不定期ですが更新していきます。
次回!ヒヒイロカネの森でナナちゃんたちが苦戦している時、王国ではあの人が大暴れ?




