とあるメイドの残業
今回は別視点!
ちょっとした閑話もどきですが、悪しからず。
ドガンッ
「なっ何!?」
客間の扉が突然吹き飛ばされる。
お嬢様は不安げに体を震わせている。
….しかし、私の頭はクリアに冴え渡っていた。
いつかはくると思っていた、こんなに早いとは思わなかったが。
ドカドカと乱雑な歩行音、我々を気遣う心は持ち合わせていない乱暴な集団であることがわかる。
「お嬢様、転移を。」
「…どこに?」
お嬢様の縋るような視線…しかし、お嬢様の言う通りに我々を匿ってくれるような善人はそういない。
なら、人がいなくても良いところがいい。
「ナナさんと会ったところなど…おあつらえ向きですね。」
「!…わかった。」
お嬢様は私の手を取ろうとする。
本当にお優しい方だ…心から尊敬する。
しかし、私はお嬢様から離れ…敵の方へと歩く。
「!?ネリアナ!」
「…アンナですよ、シュリエ様。」
お嬢様は思わず私の以前の名前を呼んでいる。
やはりそっちの方がまだ馴染んでいるのだろうか…私はシェリア様とシュリエ様の両方に対応できるが…お嬢様は素直な方ですからね。
だからこそ…守って差し上げたいと思う。
「一足先に行って…待っていてくださると嬉しいです。」
「ネリアナ…ごめんなさい。…いや、ありがとう。」
「…感謝の極み。」
お嬢様の足元に魔術陣が展開される。
「いたぞ!」
「あの魔術陣はなんだ!?」
「マズイ!転移魔術だ!」
しかし一足早く、帝国の警備隊がリビングに入ってきた。
……警備隊?てっきり王国の方かと思っていたが。
まぁ、どうでもいい。
警備隊はお嬢様を捕まえようとしたが、一足早くお嬢様は転移で消えた。
残されたのは私と警備隊数十名。
「…クソッ逃げられたか。」
「しかし女が1人残っている。」
「我々は帝国警備隊だ!不法入国者は大人しく連行されろ。」
警備隊は強気だ…私を脅威と思っていないらしい。
「はて、不法入国者?一体誰のことでしょう?」
「「「……は?」」」
警備隊の皆が首を傾げた。
その思考の空白が悪夢の始まりであることを知らずに。
瞬間、アンナが『消えた』
文字通り、影も形もない無く…文字通り消えた。
「何!?」
「一体どこに…。」
「おい!窓の外にいるぞ!」
「何だと!どうやって外に出たんだ!」
「どうでも良い!早く追いかけるぞ!」
警備隊は急いで宿を出て、アンナを追いかける。
後に残されたのは外れた扉と多くの足跡で汚された床。
そして……
「はぁ、警備隊は乱暴者の集まりですか。」
ため息をつくアンナが1人。
彼女は悠々と客間を後にする、そして部屋を出た瞬間…いつもの従者の姿から町娘の服装に変わる。
「あら?ヒルアちゃんじゃない!どうしたの?」
「ネルーちゃん、少し散歩に行くだけよ。」
道中ネルーに会うか、アンナとは思えないような声と口調で対応する。
ネルーはアンナとは気づかずに、知り合いのヒルアらしき人物と認識しているようだ。
「そんなんだ、気をつけてね?」
「ありがとう、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい!」
誰にも怪しまれずに外を出る。
誰にも疑問に思われず外を歩く。
誰にも注意することなく外を歩ける。
この技術は一介のメイドができるものではない。
これがアンナ…いや、『ネリアナ』の技。
他人に意識と無意識を自在に操る力。
これは『魔術』ではない、ただの『技術』である。
「…最近はあまり使ってませんでしたが、やはり体は覚えていますね。最後に使ったのは確かお嬢様を王宮から逃した時でしょうか……無駄に警備がいて面倒だったんですよね。」
……しかし、彼女は堂々と廊下をシェリアと歩いて脱走している。
警備の目をかいくぐるのではなく、警備の無意識の中を歩くことが面倒だと行っているのだ。
面倒のベクトルが違う。
繁華街を誰にも気づかれずに歩き、彼女は目的のものを探す。
そしてついに見つけた。
「クソッどこに行った!」
「あの女…次見つけたら絶対に逃がさねぇ。」
先程逃した警備隊たちだ。
彼女は堂々と警備隊たちの輪に加わる。
誰もそれに気づかない。
「繁華街の外を探そう!ここに留まっていないかもしれない!」
アンナが声を男のように変化させて叫ぶ。
すると……
「そうだな!」
「俺も賛成だ!外に行こう!」
「待ち伏せできる可能性もある!」
「行くぞ!」
鶴の一声のように決められていく方針。
当然、繁華街の外に目的のものはいない。
というか、現在進行形でどんどん離れていっている。
「これで、少しは行動しやすくなりますかね。」
いても変わらないですけど。と、彼女は呟く。
これがアンナ、これが彼女の真骨頂。
誰にも気づかれずに集団の中で行動し、いつのまにか彼女が集団の意見を左右する。
まさに『集団殺し』、彼女の能力は相手方に戦闘をさせることすら許さない。
「当面の目標は警備隊らの分断とナナさんの現状把握もとい合流ですね。お嬢様を長く待たせるわけにはいきませんし。」
スラスラと、王国でのメイド仕事のように淡々と自身がするべき行動を分析する。
「取り敢えず、警備隊の本部で色々と教えてもらいましょう。」
その姿は、まさに『あの頃』のネリアナである。
敵地に変装すらせずに潜入し、そのまま敵の行動を操り自滅させる。
成した偉業は歴史に残るも、その素性・名前は誰も知らず。
王国特殊工作部隊元隊長【無面】
この姿は、未だ氷山の一角である。
アンナさんの設定は前々から考えていたのですが、出す場面がないので……。
いや、本当ならもっと早く出すはずだったんですよ?
……だけどキャラが僕の言うことを聞いてくれない。
好き勝手に話し出すし、勝手に行動するしで予定とは全く違う内容になりそう。




