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惚れた腫れた

時間がない!

燃えるような赤ひげ、それと同じくらい赤い髪を生やした大男。

それは、帝国最強の男ミルド。

なぜここに彼がいるのか、なぜ私なんかのことを覚えているのか。


そんなことを考えるより先に、私は叫んでいた。

「シェリア!逃げろ!」

「え?…でも…。」

しかし、唐突なミルドの介入にシェリアは固まってしまっていた。

そんなシェリアにアンナが彼女の肩に触れ、フォローする。

「お嬢様、転移魔法です。」

アンナの周りに聞かれないように慎重に、かつ迅速に話す。

「あっ!うん!…でもお姉ちゃんは…。」

「ナナさんなら大丈夫です、さぁ早く!」

「……うん!」

シェリアがそう言った瞬間には足元に魔法陣が展開されていた。

「…早いな……だが。」

ミルドは冷静に状況を把握している。

「…お嬢ちゃんは逃げなくてよかったのか?」

「…問題ない。」

残ったのは私1人だ、シェリアの転移魔術はシェリアとシェリアに触れている人間しか転移できない。

だが問題ない。

彼からは一度逃げることができた。

それに…今は彼を殺す必要はない。

前よりも逃げることに専念できる。

「なぁ、嬢ちゃん。」

「…なに?」

彼は私に話しかける、私はそんな彼の一挙一動を観察し続ける。

しかし、隙は少しも見当たらない。

「嬢ちゃんはあの貴族みてぇな女の奴隷か?」

「……そうだ。」

彼はさっきのシェリアと受け付け嬢のやりとりを見ていたらしい。

「なら、あの女は貴族なのか?」

「…そうだ。」

ここは嘘でもいいからシェリアの正体を隠す。

しかし、ミルドは真実を知っていた。

「ほう…さっき『お姉ちゃん』とか言ってたが。」

「!?」

…聞かれていたのか。

あの声量なら聞こえていないと思っていたのだが…奴は地獄耳らしい。

「…やっぱ嘘か…あいつはお前の妹か。」

「…シェリアに手は出させない。」

「俺にまた立ち向かうか。」

「お前を…殺して、逃げる。」

できなくても精一杯の足止めをしてやる。

たとえ帝国最強だろうが関係ない。


私は、ミルドに立ち向かう。



…はずだったのだが。

「ほう…たった1人であの組織をねぇ、そんでその後は前世の妹に出会った後、一緒に国外逃亡と…まさに波乱万丈だなぁ!…おい!こっちに生ビールおかわり!」

「はいよ!そっちのお嬢ちゃんは?」

「…ニムネ茶。」

「そんな安いの頼んでんじゃねぇよ!こっちの娘にゃぁムーラロジュースだ!」

「まいど!ちょっと待ってておくれよ!」


…どうしてこうなった?


いや、理由はわかる。

ミルドにはそもそも敵対する意思はなかったのだ。

ただ、以前暗殺未遂を犯した私のことを見つけ、気になって後を追っただけだった。

その上で私がまだ誰かに隷属しているような状況だったため、可能なら解放しようと善意で話しかけると…どうやら事情が違うらしく、詳しく話を聞くために冒険者ギルドの中にある酒場に来たのだ。

…過去に殺そうとした人間まで救おうと考えるのはミルドの優しさか、それとも自身の実力から出る余裕か…どちらにせよ、彼に敵対する意思がないのであればこちらが敵対する理由はない。

そう思って酒場までついてきたが…こいつ、未成年の前でも御構い無しに酒をがぶ飲みしてやがる。

「まぁ、事情はわかった!その妹姫様が心配で国を出たんだろ?それだけのことなら俺ら帝国にゃなんの損もねぇ、帝国を代表してお前らを歓迎してやる。ギルドカードぐらいいくらでも作れ、俺が一言ギルドに声かけてやるよ。」

「王国の娘が…帝国にいるのは大丈夫?」

その一言にミルドは顔をしかめる。

が、すぐに笑顔になった。


「バレなきゃなんの問題もねぇよ。」



こうして、私のギルドカードは再発行された。

その後はシェリア達と合流し、宿の食堂で詳しい内容をを説明した。

「ええっ!?昔失敗した暗殺の対象だったんですか!?」

「…そう。」

「あん時はビックリしたぜ…小さなガキが俺にナイフを向けるんだからな。」


…宿にはミルドも一緒にいたが。

幸い、私の詳しい説明でシェリアの男性恐怖症は抑えられているが…ミルドには早めにご退場願いたい。


「しかし…本当に私たちに協力していただいて大丈夫なんですか?私たちはかなり助かりますが…そちらにはなんのメリットもありませんよ?」

「…アンナさん、だったかな?それに関しては全く問題ねぇ、それにメリットはある。」

その言葉に私たちは改めてミルドの顔を見つめた。

…今までで一番明るい笑顔だ。

「可愛い3人の女の子を助けられるんだろ?男なら国2つぐらい敵に回してで得るべき功績だろ!」

「「「……。」」」

ここでの答えは沈黙だと思う。




次の日、私は1人で冒険者ギルドに向かった。シェリア達はお留守番だ、まだ帝国全てを信用しきれない。安心できる拠点を守るのは最重要事項だ。

「おう、早いな…ナナ。」

「…なんでいるの?」

ギルドの玄関前には赤ひげの大男…ミルドがいた、話ぶりから察するに私を待っていたらしい。

…いつギルドに行くのかなんて私は教えていないのに。

「いやいや…ナナのお仕事の見学だよ。お前がどれくらいデキるのかは知っておきてぇしな!」

「…今日は料理屋の手伝い。」

「……は?」

「明日は喫茶店の給仕。」

「…。」

「明後日はまた料理屋の手伝い。」

「……お前、何があろうと戦闘をしないつもりだな?」

「…当たり前。」

緊急時以外でお前に実力を晒すなんて愚かなことはしない。いつこいつと敵対するかわからないんだ、こいつもそれを想定して仕事についていこうとしているに決まっている。それを察せない程バカではない。


「……ならしょうがねぇなぁ。」

ミルドは意地悪な顔をした。

「……。」

「お前の仕事ぶりを見て初めてお前のことを信用できると思っていたんだが…お前がその態度じゃぁ俺は信用したくても信用できねぇなぁ!一回でもいいから戦闘してる姿を見ておきたかったんだがなぁーーー。」

「うぐ……。」

「おい、耳貸せ。」

ミルドを睨む私に、彼は真面目な顔をする。

そして、こう耳打ちした。

「帝国にはまだお前達のことは話してない、だが帝国はお前達のことを知れば排除しに来るだろう、俺はその時…帝国を潰す。」

「!!…信用できない。」

しかし…ミルドの顔は真面目だ。

到底嘘とは思えない。


「俺は名誉に興味がねぇ、功績も別に欲しくねぇ。俺が欲しいのは酒と女…あと金だ。帝国にいればそれらが大抵手に入る。」

「……なら、別に今のままでいい。」

「いや、ダメだな。」

「……なんで?」

その後のミルドの言葉は……何度思い出しても私の顔が熱くなる。


「惚れた女を殺す国に忠誠が誓えるかよ。」


「……は?…はぁ!?」

…本当に、こいつは何を言っているんだ?

惚れた?…誰に?シェリアか…アンナ?

それとも……私?

いやいや待ってくれ…たしかに口調や自覚は女だとはっきり言えるが…まだ男だった記憶は残ってるんだ、そういうのはちょっと待って欲しい。それに私はまだ成人前の少女だぞ!

「…なんだよ、そう言う顔もするのか…面白い奴だな。」

「…惚れたって…誰に?」

いや待て、まだ私だと決まったわけじゃない。

「…お前だよ、俺はお前に惚れた。」

…私だと決まってしまった。


なんだよ…なんで私なんかに惚れるんだよ、私はお前を一度殺そうとした女だぞ?

それにまだ2回しか会ったことないじゃないか。

「…なんで…私?」

ミルドは、私に真剣な眼差しを向けている。

「お前は俺に一度ナイフを向け、敵対した。それを俺は完膚なきまでに叩きのめした。それなのに、それなのに!お前はシェリア嬢ちゃんを守るために…また俺に立ちはだかった。」

私はミルドの言葉に何も言わない。そんな私を置いてけぼりにして、彼の独白は続く。

「……俺は感動したよ、俺はお前の優しさ…いや、お前のその強さに惚れたんだ。だから俺はお前たち…いや、『お前』に協力すると決めた。」

「…それだけ?」

ミルドは笑う。豪快に私の疑問を笑い飛ばす。

「それだけだ、でもナナだって同じだろ?」

「…同じ?」


ミルドの言葉は……

「好きな奴のために国と敵対するところだよ!」


とても暖かかった。

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