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閑話5)戦利品

王国騎士団の訓練場は今までにないくらいの緊張感で満ちていた。


「……お手柔らかに。」

「…どの口が言うんだ、まったくよ。」


訓練場で対峙するは王国騎士団団長メラルジェントと元帝国最強で現在王国最強候補のミルドであった。

訓練中の騎士団員をたまたま見かけたミルドが訓練に乱入しているのを見たメラルジェントが一騎打ちを申し出て、ミルドは勝利報酬の酒につられて二つ返事で了承したのだ。


「……私に勝てば酒はお前のものだが、もし私が勝利した場合は…分かるな?」

「……おう、安心しろ。」

ミルドはメラルジェントの言葉にしっかりと頷き、ニヤリと笑う。


「……お前が勝つことはねぇからよ。」

「…悔いのない勝負にしよう。」


2人の間に騎士団員の1人が立つ。

「……では、審判は私がやらせていただきます。」

「……ああ、頼む。」

「しっかりと見ててくれよ?お前らの団長の勇姿と俺の勝利をな。」


その団員は2人を見やり、距離間と周りの観衆(同じ騎士団員だが、今はただの外野だ。)の安全を確認して、叫ぶ。

「これより!王国騎士団長メラルジェントと王女のご友人であるミルドの一騎打ちを始める!武器は自由、反則行為は無しだが、命に関わる怪我を負わせるのは禁止!どちらか一方が戦闘不能と私が判断した時点で試合は終了です!…よろしいですか?」

「ああ、それで問題ない。」

「……おう、俺もだ。」


団員はその返事に頷く。

……そして、

「それでは武器を構えてください!」

メラルジェントは鞘にドラゴンの紋章が刻まれた長剣を鞘からは抜かずに構える、まだ開戦の合図をしていないからだろうか。

そして、ミルドは……

「……なんだそれは?」

「知らないか?俺の構えだぜ。」


何も構えずにただただ立っていた。


「……ミルドさん、武器は構えないのですか?」

「ああ問題ない。早く始めてくれ!」

自信満々なミルドに困惑気味の団員だが、気を取り直して声をあげる。


「それでは!……始め!!」

団員の声に観衆の緊張はマックスになる。

一体どんな戦いになるのか、その一挙一動を見逃すまいと両者を見つめる。


……しかし、両者は動かない。


分かっているのだ、開幕速攻をかけてどうにかなるほどの相手ではないと。

真剣に相手の動きと戦闘パターンを観察してわずかな隙を突いていくしか勝つ方法は無いと分かっているのだ。

……王国騎士団長メラルジェントは。


ミルドは違う、彼はそもそもの戦闘方法が『受け』の姿勢である。

…つまり彼が動かないのは通常運行だ、何も珍しいことではない。


しかしその内情を知らない観衆の不安と緊張、そしてこれから起こる展開への期待は凄まじい、誰もが唾を飲み込み視線を両者を見つめる。


……そして、一方が動く。

動いたのは……ミルドだった。

ミラルジェントへ向かって前進する、しかしその速さはいつもと違ってかなり遅い。

「……?」

王国騎士団との戦闘訓練の時よりもはるかに遅いその前進に困惑するメラルジェントは、その前進を迎え撃とうと持っている剣を構え直す。

「…行くぜ団長さんよ!」

「……どこからでも来い!」


ミルドが右拳を振りかぶり、一撃を放とうと思い切り踏み込む!

それを迎え撃つメラルジェントは未だに鞘に剣を納めているが、体勢を低く保ってミルドの動きをじっと睨むように観察している。

メラルジェントの狙いは迎撃によるカウンター、鞘からの斬撃により攻撃のタイミングを読ませない高速の抜刀術。

いわゆる居合斬りである。


そして両者の距離が近くなって……ミルドの拳がメラルジェントに接近していく。


しかしそこで、メラルジェントはミルドの拳に違和感を覚え、居合切りを中断してその拳を思い切り後退して避ける。

「……チッ、そう上手くはいかねぇか。」

ミルドの拳は空を切って地面に当たる。


ズガンッ


そして地面が大きく割れ、大地が揺れ動く。

王国の訓練場を中心に大規模な地震が発生した。

観衆は体勢を崩して倒れる。

メラルジェントも唐突な揺れに体勢を崩しかけるが、必死に倒れないように踏ん張る。

「……この破壊力、迎撃に失敗すれば死ぬか。」

「安心しろ、寸止めにしてやるつもりだったさ。」

「……それに安心できるほどおめでたくはないよ。」


お互い、再び構え直して振り出しに戻る。

しかし先ほどと違うのはミルドの拳の威力がメラルジェントに伝わったことだろう。

あれを受け止めることは自殺行為、居合で迎撃するのは難しいだろう、その上で拳を止めてから二の太刀、三の太刀でとどめを刺すなんて事はいくら王国騎士団長と言えど簡単にできることではない。


……ならば、次は拳をかわしながら攻撃をするしかない。


そして、今度はメラルジェントから動く。

居合を諦めた彼は抜刀し、剣を体の横に地面と平行に構えて前進する。

狙うはミルドのカウンターをかわしてからの攻撃である、つまりこの構えはフェイク。

「行くぞ!」

「おう!」

この掛け声も当然フェイク、ミルドの攻撃を誘うための掛け声だ。


メラルジェントとミルドの距離がどんどん縮まっていく、しかしミルドの動きはない。

仕方なくメラルジェントはミルドへと剣での突きを放つ、これを躱すか迎撃してくればそれに応じて隙を突く!



しかし、ミルドの戦闘方法は『受け』が基本である。

ガキンッ と肉体と剣がぶつかって放つ音とは思えない音が響く。

「……硬い。」

「そりゃどうも、アンタの突きは本気じゃねえな?」

ミルドが左手で剣を掴む、当然左手からの出血は無い。

「……く、くそ…。」

メラルジェントは両手で剣を引くが、剣はビクともしない。

ミルドは剣を片手で上に持ち上げる。

当然、両手で剣を掴んでいるメラルジェントも一緒に持ち上げられる。

「……なっ!?」

「おい、剣を離さねぇと危ないぞ?」

慌てて剣を離して距離を取ろうとするメラルジェントだが、当然ミルドはその隙を逃すわけなく。


ドガッ

「ぐっ!うがぁ!?」

メラルジェントの脇腹にミルドの蹴りが刺さる。

メラルジェントは観衆の目の前まで吹き飛ばされ、仰向けに倒れ臥す。


審判は驚きの表情でそれを見た。

「…メラルジェント団長が、蹴り一撃でここまでのダメージを負うなんて。」


メラルジェントが起き上がる様子はない。

メルドは黙ってメラルジェントを眺める。



しかしすぐにメラルジェントが起き上がり、ニヤリと笑った。

「……驚いたよ、拳だけでなく蹴りも凄まじいな。」

「身体強化は全身に効果があるぜ?」

「………恐ろしい奴だ。」



そこからの戦闘は一方的ではあったが、観衆は戦闘が終わった後に両者へ惜しみなく拍手を送った。

両者も戦闘が終わり、その後の騎士団が開いた宴会で固い握手を交わし、両者の健闘を称え合った。

それから、ミルドは頻繁に騎士団の訓練場へ通うようになり、騎士団員もミルドの参加を快く迎え入れるようになった。



「……それで?どっちが勝ったの?」

「………どっちも勝ったぜ?」

シェリアはその返答に困惑する。

ミルドはそれを見て楽しそうに笑った。


高価そうな酒が注がれた盃を片手に。


「それ、いつも飲んでるね。」

その言葉にミルドはニヤリと笑った。



「ああ、参加賞だよ。」

「……?」



『ミルド対メラルジェントの試合!

……勝者!メラルジェント!!』

審判の声が響く。


「……何故だ、降参なんて…俺を侮辱するのか!!」

「………魔法あり、相手の剣は俺の後ろ、しかも相手は満身創痍……これ以上やり合えば殺しちまうかもしれねえ。」

「……だが!」

「………お前は勝ったよ、粘り勝ちだ。諦めずに何度も何度も立ち上がりやがって…もう無理だ、誇りのために戦うお前の方が酒のために戦う俺よりも何倍も強えよ。」

「……。」

「俺はお前に勝ってほしいと思っちまった。」

「……そうか、勝ってほしい…か。」

「ああ、お前になら負けても良いと思ったんだ。」

「………引き分けだ。」

「…いや、俺はお前に!」

反論しようとするミルドを制してミラルジェントは笑顔で言った。


「私もお前に勝ってほしいと思っただけだ。」



この勝負、両者勝利により引き分け。

当初、ミルドは賞品を得ることを渋ったがメラルジェントの熱い説得に負けて『参加賞』として酒を受け取った。

ミルドはこの日、酒と友人を手に入れた。

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