思案
今回は待望の風呂回!!
……ではないです。
宿の夕食は今まで食べたことのない豪勢なものだった…いや、私がそもそも貧乏で社会的に底辺な生活をしていたことも原因だけど。
何故ソースで皿に模様を描くのか…普通は肉にソースをかけるだろ、無駄遣いして何が楽しいんだよ…美味しいんだけど。
「美味しい…このソースは少し辛めなのね。」
「えぇ、ラルトゥーリア地方から採れるヒビナベシの実をメインに、ハリオネ、シジラゴマ、ノルノマイの花など数々の素材を使用しております。」
「アンナ、どう?」
「…素晴らしい出来です、しかし…本当に私が同席してよろしいのですか?」
「それは言わない約束よ。」
……私とは正反対でシェリア達は手慣れた感じで食事を楽しんでいた、普通にシェフと談笑してる…私は「こんな豪華な食事見たことがない!」と戦慄していると言うのに……さすが元王族、住んでいた世界が違う。
幸い、前世で基本的な食事のマナーは知っているため粗相をすることは無かったが、シェリア達の高貴な雰囲気を醸し出す美しい作法のレベルには程遠い…アンナの視線が痛い。
「お姉ちゃん、どう?美味しい?」
「……うん。」
これは私がもともと無口だからではない。
単純に言葉が思いつかないだけだ。
シェリア達と風呂に入ることから逃げるために食事にしたが…まさかここで思わぬダメージを負うことになるとは思わなかった。
……その後、食後のデザートで出されたケーキに感動して笑顔になるナナに興奮するシェリアがとても怖かった。と後にナナは語る。
そしてこの日を境にナナが甘党になるのは余談だ。
ナナさんの姿を見ると、本当に前世が男性だとは思えない。娼婦などになるため、というような教育を受けたとは聞いていないが…元奴隷であるならば可能性はある。
そう考えると、ナナさんはシェリアお嬢様とは違うベクトルで大変な思いをしたのだろう…今も目の前の料理に驚きよりも戸惑いが感じられる、まるで「本当に私が食べていいのか?」とでも言いたげな顔だ。
今までこんな豪華な食事をしたことがないのだろう…元奴隷で現在冒険者、金銭的にも厳しい。
しかし…食事のマナーは見ていて不快ではない、むしろ美しいと思えるほどだ。
シェリアお嬢様もマナーを教える前から基本的なマナーについては教える必要がないほどに完成されていた…やはり前世での記憶だろうか。
だが…そうなってくると疑問なのは彼女らにそれを『教えた者』だ。山で生活するのに食事のマナーなんて必要ないだろう、学問だって王族の学園で学ぶほどの知識は必要ない…それなのにシェリアお嬢様は私が教える前から学力は十分すぎるほどに身についていた。絶対に前世の『お爺様』と呼ばれる人物から学問を教えられている…それもさりげなくだ。彼女は自分が勉強しているという自覚が無かった…それは彼女が勉強を強制されていない証拠だ。
それなのに、2人は魔術に対する知識がない。
明らかに故意だ、2人は魔術の知識が一般教養よりも不足している。聞いてみれば、ナナさんは転生以前にそういうものがあり、この世界にもそういうものがあった。という認識だけで、それ以外のことはあまり知らないのだ…。
シェリアお嬢様も学園で多少の属性魔術が扱えるだけで止まっている。
これでは自衛手段がナナさんの暗殺術と私のアレしか無い…早急に2人には魔術を人並みには扱えるようにしてもらわないと不測の事態に誰も対処できなくなる、ただでさえ逃亡者なのだ…力は身につけておくに限るだろう。
まぁ、今日はゆっくりと休んでもらい…明日から少しずつやっていこうかな?
そう思案しているうちに、夕食は終わった。
その後、甘味に惚けているナナさんにシェリアお嬢様が大変興奮された姿を見て、前よりも2人が兄弟だったという事実に疑心を抱くアンナであった。
3人が宿を満喫してる頃、同じ帝国の某所。
燃えるような赤ひげの男は1人で酒を飲んでいる…飲んでいる酒は常人からはアルコール度数が高すぎてあまり好まれない代物だ、彼はそれを大ジョッキでビールのように一気飲みしている。
「ふぅ…やっぱ俺にはこれが似合う。」
独り言の真意はわからない。
彼もそこまで深くは考えていないだろう、彼の頭にあるのは1人の少女…黒髪赤目の小さな奴隷のことだった。
最近、彼女のことが頭から離れない。
「俺が帝国に仕えてちょうど20年、その20年目に俺の命を狙う組織が動いた。」
しかし、その組織は潰れた…そう彼はとある人物…青髪で隻眼の男に聞かされた。
幸運なのか、運命なのかはわからない。
しかし、彼は自身の危機を免れた事よりもその組織に所属するあの少女のことが気がかりだった。
確かに自分の命を狙う敵だ、しかし……
「やっぱ…気になるものは気になる。」
深夜の晩酌は止まらない、頭上にある大きな満月のせいだろうか。
「考え事しながらの酒は…不味いなぁ。」
止まらないのに…美味しくないのが晩酌だ。
ごめんなさい…次回こそはきっと書きます




