思い出せ
タイトルは読者に向けてのメッセージ
その鍛冶屋はいつも通りの廃れ具合で逆に安心してしまう。
大男に言えば怒鳴られること間違いなしだが、事実は事実だ。私は悪くない。
後ろにいる2人もこの店を見てから私を心配そうに見る。
「ここ…本当にやってるんですか?」
「お兄ちゃん、私……この店は閉店してから1ヶ月以上経ってるって言われた方が信じるよ。」
酷い言いようだ。
しかし、
「…私もそう思う。」
店に入ると、大男1人が店番をしていた。
「おう……ってお嬢ちゃんか。久しぶりだなぁ、冒険者はどうだ?」
「…問題ない。」
「ケッ、ほんと可愛げがねぇ。……後ろの2人は?」
大男がシェリアとアンナを見て聞いてくる。
2人はお辞儀をするが、何も話さない。
シェリアは足が震えている。
しかし、ここにくるまでに大男のことを話したお陰か、震えが出るだけで済んでいる。
彼女には悪いが、国を出るには大男の協力が一番大切なのだ。
「…仲間。」
「……ほう…。」
大男は反応だけ返し、2人を見る。
「……お願いがある。」
「…なんだよ、お前からお願いだなんて珍しいじゃねぇか。」
大男に駆け引きなんていらない。
正直に言う方が早いし楽でわかりやすい。
「帝国に行きたい。」
「…前は断ったくせにワガママなやつだぜ。」
「…断る?」
「俺は2日前に帝国から帰ったんだよ。」
「知ってる。」
「売り物もねぇし馬車はもう返しちまった。」
そう言う大男のあ顔はニヤけている。
しかし、思い通りにさせてはやらない。
「……協力する?しない?」
「………目的を話せ。話はそれからだ、じゃねぇと協力のしようがねぇ。」
大男が本題に入る、漸くまともに話が出来る段階に入った。本当に面倒な男だ。
「国を出る…王女を連れて。」
「ほう……なるほどな。」
大男は頷く…もう少し驚くかと思ったが。
「お前それ重犯罪じゃねぇか!?」
驚いていた
「ってことはなんだ?お前は誰にも気づかれずに王女様を連れて王国を抜ける手伝いをしてほしいと?」
「……うん。」
大男はその反応に呆れた顔をする。
「……この俺に国外逃亡の手伝いをしろって言うんだな?……お前は。俺は自分で言うもんじゃねぇが冒険者ギルドからの信頼も厚いし警備隊にも信用されてる、そんな俺が国外逃亡の手伝いなんてしたら社会的にアウトだろ?」
……やはり無理か。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
私は大男の目をしっかりと見て言う。
「…国外逃亡する、手伝って欲しい。」
大男は私の目を見て黙っている。
しかし、すぐに口を開いた。
「……気に入った、今回だけだ。」
大男は立ち上がり、私たちの横を通り過ぎ入口の前に立つ。
「馬車を用意するのに5分かかる。中で茶でも飲んでろ。」
中に入ると、タニアさんがコップを3つお盆に載せ、私たちに微笑んでいた。
「お久しぶりです!ナナさん、久しぶりに私とお話ししましょう!…って…そちらのお二人は?それにマスターはどこに……。」
彼女は私1人です店に来たと思っていたのか。
……つまりその3つのコップは大男とタニアさんと私のコップか。
「爺さんは…馬車を借りに行った。」
「え?そうなんですか…あっ!お茶飲みます?ラーナ茶ですよ!」
「うん…飲む。」
…タニアさんはいつも通りだ。
「ラーナ茶?」
「シェリア様…ラーナ茶は帝国原産のお茶で、リラックス効果と冷え性の改善、また眼精疲労の回復と言った効能があります。」
シェリアにアンナが説明する。
そんなことも知っているのか…。
「ナナさん、あの人…何者ですか?眼精疲労の回復なんて効果私も知らなかったんですけど……。」
「…気にしないで。」
その後、タニアさんはシェリアと仲良く話している。たまにアンナがタニアさんにちょっかいを出しているが……。
「あっ!このお茶おいしい…。」
「そうでしょう!…眼精疲労の回復にいいらしいですね……今日初めて知りましたけど。」
「…優しい味ですが少し安価な茶葉を使ってますね、茶葉も少し湿気ってますし。」
「う……一杯のお茶でそこまで…。やっぱりあなた何者…?」
「アンナ…失礼よ。」
「失礼いたしました。」
しかしながら、緊張感の無い会話だ。
…これから国外逃亡する人のようには見えない。
大男が帰ってくるまで後2分、しかし私はもっと長くこの光景を見ていたいと思う。
【その頃、帝国某所】
謎の男2人がとあるバーで会話をしている。
1人は右目に深い切り傷がある隻眼で深い海のように青い髪の男。もう1人は燃え盛る炎のような赤ひげで、髪も同じように赤い大男。
「王国の動きはどうだ?」
「いや、全くだ。何の音沙汰もねぇや。」
「お前の命を狙ったにしちゃあお粗末だな。子供1人送って失敗したらそれっきりか。」
内容は物騒だが、それを気にするものは1人もいない。バーテンダーも眉ひとつ動かさずカクテルを2人に差し出す。
それはいつも通りの流れであり、もう言葉すら交わすこともない。
差し出されたカクテルは紅く、ルビーのような輝きを発しており、柑橘系の芳醇な香りとアルコールの匂いが男達を挑発的に誘う。
美しいルビー色の液体をちらりと見た後、2人は同時にカクテル・グラスを持ち、お互いを見ずに乾杯する。
カンッと高い音を鳴らし、瀟洒にカクテルを飲む。手慣れた手つきで行うその動作はもう芸術と言っていいだろう。
そして、男たちはゆっくりとグラスを置いて無言の時間をカクテルと共に味わう。
話の途中であろうと関係ない。
酒豪の彼らもここのカクテルだけはがぶ飲みせずに長い時間をかけて味わう。
無言の時間は約5分、青髪の男が口を開く。
「まぁ、動きがないならいい。ただ、信用していいのかわからねぇ情報が入ってきた。」
「……何だよ。」
「お前を狙った暗殺者もどきのガキを寄越してきた王国内で好き勝手やってた組織が突然潰れた。」
赤ひげの大男は眉をひそめる。
「……潰れた?国に潰されたわけじゃねえのか?」
「あぁ、勝手に潰れたんだ。」
「…内乱…裏切りか。」
赤ひげの男がカクテルを一口。
「詳しい話はまだわからねぇが…きっとその組織がお前を狙っていたんだろうと俺は予想している。…つまり、もうお前を狙う奴はいないってことだ。」
「……そうか、そりゃ安心だな。」
赤ひげの大男の声は明るくも暗くもない。
「…あんまり気にしてねぇみてぇだな?」
「あぁ、気にしてねぇよ。そんなちっぽけな組織なんてよ…くだらねぇ。」
赤ひげの大男はカクテルを飲み干す。
「この世で最も気にするべきは酒と女だ。」
「…お前らしいな。」
「お前も同じようなものだろ?」
「……お前ほどじゃねぇよ。」
2人の酒豪による談話は続く。
酒と金がなくならない限りこの酒宴は続くだろう。
と、思いきやこの5分後に閉店時間でバーテンダーに追い出されるのは秘密である。
思い出しました?
彼らの名前も思い出した人は合格
ちなみに青髪隻眼の男は今回初登場




