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謎解きはお手柔らかに。
その屋敷は、男爵家にしてはかなり立派なお屋敷で、大きな庭に囲まれた自然豊かな豪邸だった。屋敷の玄関前に噴水があり、どこか涼しげな雰囲気を感じる。
その屋敷の主人の名はジャック・カルーダ。
現在、貴族の婦人4名を殺害している連続殺人鬼であると疑われている。
…と言うより、私たちが疑っている。
「この屋敷にはメイドも執事も居ない。その上庭師も居ない。いるのはジャック・カルーダ氏だけだ。この屋敷の全てを彼が管理している。」
シュビネー伯爵の説明は驚きの内容だった。
…この屋敷全てを1人で管理?
「…すごい。」
「そうだね、僕なら体がもたない。」
「ネイデンさん…少しは運動したらどうです?」
ラディリエさんの言葉にネイデンさんが押し黙る…ネイデンさんの体は正直太めだ、どこがとは言わないが気になる程度にはある。
「皆、ここからは敵地だと思ってくれよ?まだ犯人と決まったわけじゃないけど、『もしも』の事は考えてくれ。」
シュビネー伯爵の言葉に皆の表情が硬くなる。
もしも……彼が犯人なら、追い詰められて何をしてくるかわからない。
そもそも犯人でなくても疑われている状況で冷静な対応をしてくるかわからない。
ここから先、一瞬も気を抜けない。
そして、シュビネー伯爵が玄関の扉を開けた。
屋敷の中はごく普通の邸宅だ。
『前の仕事』で何度か侵入したことがあるから良くわかる。ここは普通だ。
「カルーダ男爵は過度な装飾や煌びやかな調度品を好まない人でね、屋敷には必要最低限の物しか置かない主義らしい。その代わりと言っていいのかな、庭にかなりのハーブや野菜を植えて育てている。」
「メイドや執事を雇わないのも必要最低限の人員でいいから…ってやつかな?」
ネイデンさんの冗談にシュビネー伯爵がニヤリと笑う。
「ネイデン…面白いことを言うな。」
「君の料理のセンスには負けるよ。」
「なら今度作ってあげようかな?」
「ごみ収集業者を呼んでおいてあげよう。彼らも悪臭と給料で泣きながら喜ぶだろうね。」
「そりゃ助かるよ、動かないで喋るだけの大きなゴミを回収してもらわないと。」
「「ハハハハハ!!」」
男2人のじゃれ合いに置いていかれる私達。
「ナナちゃん、ああいう男にはついていかない方が良いのよ…変態が多いから。」
「…はい。」
緊張をほぐす冗談でなぜ貶し合うのか……。
元男の私でも謎なのは彼らが特別だからなのか……それとも私が『女』に寄ったからか。
そんな締まらない始まりでジャック・カルーダ男爵への元へ向かった。
しかし、ジャック・カルーダはどこにもいなかった。
シュビネーは自分の目を疑った。
「…いない……だと?」
シュビネーは自分の声に焦りが混じるのを感じた。
「シュビネー、抜け道などは無い。私たちが来ることを見越して先に逃げたのかも。」
「そんなはずは無い!ここに来る事は急に決めた事で警備隊にも言っていないんだ!カルーダ男爵が知る事は不可能だ!」
ネイデンの意見を否定するが、自分でもその可能性が一番高いことを理解していた。
そして、思考はその先を行く。
……何故私たちがここに来ることを知れた?
情報が漏れた?
…いや、そもそも誰にも話していない。
しいて言えばラディリエさんがギルドの職員に行った報告くらいで、ギルドの職員が簡単に情報を漏らすとは考えにくい。
情報漏洩の可能性は皆無のはず。
ならば…何らかの魔術?
…それも無い。結界があれば私が気づく。
それにラディリエだって一流の魔術師だ、彼女の目を掻い潜る結界なんて存在しない。
くそっ、何故だ…何故なんだ……?
疑問が焦りを呼ぶ。
「おい、シュビネー。あそこにいるのは誰だ?」
ネイデンの言葉で思考の海から現実へ引き戻される。そして、ネイデンの指差す窓の外を見ると、玄関の中へ入ろうとする冒険者ギルドの受付嬢の姿が見えた。
受付嬢と合流すると、彼女は息を切らしてこちらを見ていた。私以上に慌てていたのが見るだけでわかってしまう。
「シュビネー伯爵!大変です!」
「どうしたんだ、そんなに慌てて。」
彼女の慌てている姿を見て、逆に私が冷静になってしまう。
「あなた方がカルーダ男爵の屋敷に向かった後にまた警備隊から連絡が入ったんです。」
そうか、入れ違いになったのか…。
「そうか、悪いことをしてしまった。連絡をわざと入れなかったのは失敗だったか……。」
「それで、連絡というのが……。」
その内容は、私を…いや、私たち全員を驚愕させるのに十分な内容だった。
「ジャック・カルーダ男爵が…殺された?」
そして、事件は振り出しに戻った。
振り出しに戻る事件
作者はミステリーを書いたことに後悔している!




