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さあ行こう 【Allons】

これは過去の話、今では知る人も少ない秘密のお話です。ある男の人生の一端を君に…

それは、『先生』と呼ばれた男の物語。


彼は奴隷だった。

親が奴隷だったのか、それとも彼が犯罪を犯して奴隷になってしまったのか、詳しい話は誰も知らない。それに今では知ることもできないことだ。


ただ、ここで大事なのは彼が奴隷だったと言うことだ。彼は王国で奴隷として馬車馬のように働かされたらしい。休む暇もなく、肉体労働を強いられた彼の体と心はボロボロだった。

そんな彼の地獄のような生活が終わったのは成人して間もない頃のことだった。


彼の主人が事故死した。


死因は王国随一の金山であるクリリア山中腹での滑落事故。死体は見つからなかった。

彼はその日、王国で別の仕事を命じられていたため事故に巻き込まれなかったのだ。

幸運にも、彼は自由になった。


その後の彼の生活は謎だ。

唯一わかっていることはある日を境に王国から彼の姿が消えてしまったことだ。

出国したという情報も無ければ死んだと言う情報も無い。本当に、煙のように消えたのだ。


「と、奴を知っているものたちは言う。」

大男はそこで話を切った。

しかし、それでは満足できない。まだ何も知れていない。私はまだ『先生』についてなにもわかってないのだ、これではダメだ。


…ダメなんだ。


そんな私の心の内を知ってか、大男が笑う。

「ただ、俺はそんな半端な奴らとは違う。俺は奴を『知り尽くしてる』唯一の人間だろう。ただ、今日からは違うな。」

大男の表情が優しくなった気がする。

大男は、冷めてしまったラーナ茶を飲み干してから私に言った。

「今日からはお前も奴を知り尽くすことになる。覚悟しとけ、奴の人生は面白いぜ。」

大男の話はまだまだ続く。日はもう沈んでいた。


彼は、王国を出てはいなかった。ただ表の世界に姿を表すことがなかっただけだ。

彼は、影の世界で生きていた。

とある組織の元で下っ端として働いていたのだ。

主な仕事は要人暗殺、とは言ってもまともな暗殺なんて素人にできるはずもなく、最初は失敗だらけだったらしい。組織の下っ端仲間はテロまがいなことをして死んでいった。


ただ、彼には才能があった。

日常生活では気づくこともできない、まして奴隷生活では余計に気づかないだろう才能。

それは『暗殺者としての才能』だ。

彼は他者を置き去りにしてどんどん実績を残していき、ついにボスの目に留まった。


ただ、一つ彼の予想を上回る事件が起きる。

ボスは彼を徹底的に調べた。そして真実を知る。


ボスは彼が『元奴隷』であることを知った。

…彼の奴隷契約書を片手に。

彼はさぞ驚いたことだろう、破棄したはずの奴隷契約書をボスが持っていたのだから。

その日、彼はボスの奴隷になった。



結局のところ、彼は『無知』だった。

奴隷契約書をただ捨てただけではいけないことを知らなかったこと。

『元奴隷』が如何に危うい立場かを本当の意味で知らなかったこと。

王国にとって組織がどれだけ邪魔なものと思われているのかを知らなかったこと。

彼は『無知』だった。だからこそ自分自身を『人質』に取られるような失態を犯した。


ただ、彼が『無知』であることは当然なのだ。

奴隷という環境ではあらゆる情報が遮断される。

中には自分がどこに住んでいるのかを言えない者もいるくらいだ。

そんな中で主人を失い、1人王国に放り出された彼は奴隷の割によく頑張った方だろう。

まあ、主人が変わっただけではあるが。


さて、ボスの奴隷となった彼がその後どうなったのだろうか、己の無知を嘆いたか?それともボスの奴隷という状況を受け入れたのか。


彼は自身の無知を自覚し、ひたすらに情報を欲するようになった。

そして、彼は組織がどのようなものか理解した。

彼は憤慨した。組織が奴隷を暗殺者と言う名の人形として王国や帝国にけしかけている事実。

中には奴隷に子供を産ませ、子供に人を殺させているという事実。

『元奴隷』の彼はそれを許すことができなかった。

しかし、『人質』を取られている彼は組織に抵抗することはできない。

奴隷契約書は既にボスを彼の主人としてしまっている。これではまともに敵対できない。

ならば、協力者が必要だ。

彼の代わりにボスを追い詰める人間。

それは普通の人間にはできないだろう。


そう、せめて彼と同じくらいの実力が必要だ。


「それが…私?」

私は思わず聞いてしまった。

「あぁ、そうだ。そして、それからはお前も知っているだろう?彼の一生はこれで終わりだ。」

大男はこう言って締めくくった。

「『先生』は…組織を許せなかった。」

私はつぶやく。彼の人生は…まるで私のようだった。奴隷として生きて、暗殺者として実力をつけた…そして組織を許せずに反抗して…。

私は『先生』のことを、何も知らなかった。

「そうだ、お前にいいもんがある。『先生』から預かってたんだ。…ほら、これだ。」

そう言って大男は戸棚に隠していた二枚の紙を私に見せた。私は、それを受け取ってよく見てみる。…それは手紙だった。

二枚の紙に見えたのは綺麗で、小さな封筒だった。

表には汚いが、ちゃんと読める字で『ナナヘ』と書かれていた。

私は、我慢しきれずに1枚目の封筒を開けた。


ナナヘ、

今の私は自分がどのようにして死んだかはわからないが、きっとお前に殺されているのだろう。

私はそれ程の事をしていると自覚している。

お前には申し訳ない事をした。いや、これからそれをするのだ。お前がこの手紙を読んでいると言うことは、お前は私について知りたいとあの爺に言ったのだろう。

ならば、私はせめてもの償いといて君に全てを記すことにしよう。これで、少しはお前に罪滅ぼしができると信じて。

君が1番気になっているのは私が君に必要以上の教育を施したことだろう。

ただ、それはこの手紙を読んでいる頃にはもう察しているだろう、私の後悔からだ。

私は自身の『無知』で自分を苦しめた、それをお前に味わって欲しくなかった。まぁ奴隷としてお前をこき使った私が言えることではないけれど。

そして、私が君を選んだ理由だ。

きっと私が死ぬ頃には、私は格好つけて答えてしまうだろうから、ここにあらかじめ書かせてもらう。私にも死ぬ直前くらいは格好つけたいのだ。

私がお前を、ナナを選んだ理由は簡単だ。

君が、昔の私に似ていたのだ。

他の子達にはない親近感を感じた、それだけだ。

確証も、根拠も何もないただの私の直感だ。

こんなもので君を傷つけることになって本当に申し訳ない。ただ、身勝手な事を言わせてもらうと

わたしには君が必要だった。


1枚目は、これで終わった。

正直、苛立ちを感じる。気になっていた疑問は解決した。ただ、私を選んだ理由はただの直感で、私に必要以上の教育を受けさせた理由は後悔から?理解はできても納得ができない。

でも、そんなものか…と思ってしまう私がいる。

そんな私に、大男が言う。

「奴はな…『名前』が無いんだ。」

「…え?」

「奴は奴隷といて一生を終えた、名前をつける酔狂な人間が奴の近くにいるわけもなく、奴も自分自身に名前をつける事をしなかった。奴は自由であって自由じゃなかったんだ。最後まで自分のために生きる事をしなかった。…哀れな奴だ。」

大男はそう言って黙った。

私は、2枚目の封筒に視線を落とす。

封筒を開けた。そちらも手紙だった。


ナナヘ、1枚目の手紙は読んだか?

お前の疑問にはきっと答えられたと思う。

ここからはお前に対する『願い』だ。

私はお前を奴隷として買っていない。

絶対にお前の『ご主人様』はいない。

お前は奴隷でも、元奴隷でも無い!

お前は完全に自由だ!誰にも縛られるな!

誰にも従うな!自由に生きてくれ!


もし自分の意思で従いたい人物がいるのならお前の好きにしろ。何にせよ、お前は自由だ。


お前は私に似ている。きっとお前もそう思っているだろうと思う。

ただ、お前には私のようになって欲しく無い。

だから私はお前の反面教師としてお前を育てた。

見習ってほしい『技術』を教え、見習って欲しく無い『無知』を未然に防いだ。

そして、どうか私のような『生き方』をして欲しく無い。いわば、この手紙は私の最期の『先生』としての『授業』だ。


私は、『先生』に憧れた。優しく、子供達に好かれる『先生』。私が、組織に抗い死を覚悟した日から私は『先生』を真似するようになった。

どうせ死ぬなら、少しは自分の好きな事をしようと思ったのだ。だから私はお前たちに自分を『先生』と呼ばせた。『ご主人様』以外なら何だっていいものを…『先生』とは、我ながら可笑しいと思う。…まぁ、後悔はしていない。


ナナ、お前にただ一つ言える事は。

【幸せに生きろ】これだけだ。

今まで俺や組織に無茶苦茶にされた分だけ、いやそれ以上に幸せに生きろ!

これは『命令』だ。俺の…『ご主人様』としてのたった一つの『命令』だ。反抗は許さない。

それだけだ。


もし、俺のことをまだ『先生』だと思ってくれるなら、俺はとても嬉しい。



手紙はそこで終わっている。手紙を持つ手が震えている。何故だか涙が出ている。

「お…おい、大丈夫か?」

大男も心配そうだ。しかし、何だこの手紙。

一人称も定まっていないし、内容も支離滅裂だ。

まるで…『先生』の本心だけを書いたような…。

……事実、本心なのだろう。

そう思うと、涙が余計に溢れてくる。

「う…うぁぁ。」

言葉が言葉にならない。

「嬢ちゃん…今日は泊めてやる。今日はもう休め。話なら明日でもできる。」

「うぅ…はい……。」

私は、大男の言葉に頷くことしかできなかった。

私は、夜ご飯も食べることなく用意されたベットの上で子供のように泣きじゃくって、いつのまにか寝てしまっていた。


次の日、朝起きた私はリビングに向かう。

そこには、大男が1人でテーブルの上のラーナ茶を嗜んでいた。

「おう、よく眠れたか?タニアは今買い物中だ。いいタイミングだ。」

大男は私を見て笑う。

「それにしても、お前の泣き顔は年相応だな。いつもはあれだけスカしてるくせに。」

「……忘れて。」

私は恥ずかしくなり、大男を睨む。

「ハハハ!悪りぃな、そりゃあれを見れば泣いちまうのも分かる。」

「!…見たの?」

「ん?あぁ、机に置いたまんまだったし。それにお前があれだけ取り乱したんだ、気になってな。

いや、悪かった。俺も少し泣いちまったよ。」

…よく見ると、大男の目は少し赤くなっている。

「人の事、言えない。」

そういうと、大男が気まずそうに頭を掻く。

「まあな、それより嬢ちゃん。これからどうすんだ?組織も奴もいねぇ、嬢ちゃんは『自由』だ。それに、奴の技術がありゃ大抵のことには対応できる。嬢ちゃんは何をしたい?」

大男が話題を変える。ただ、その内容は正しい。

私は…何をしたい?


「なぁ嬢ちゃん。もし当てがねぇなら。それを探してみないか?」

「したい事を、探す?」

「あぁ、俺たちはこれから帝国に武器を売りに行くんだが、最近は物騒でな…帝国に殺し屋が出たらしいんだ。その道中の護衛を嬢ちゃんがしてくれたら嬉しい。」

「それが…私と何の関係があるの?」

大男は笑っていう。

「旅をしてみないか?」

「…旅?」

「あぁ、嬢ちゃんは奴ほど無知じゃねぇ。だが、それでも世間を知らない。だからやりたいことも見つからないんだよ。もっと世間を知ってみろ。そうすりゃやりたいことの一つや二つ、簡単に見つかるだろ。」

もっともな意見だ。…旅か、いいかも知れない。

ただし、

「わかった、旅をする。」

大男が笑顔になる。

「おお!そうか!なら早速荷物を…。」

「でも帝国にはいかない。」

大男の動きが止まる。

「ん?帝国にはいかない?…つまり。」

「護衛はできない。」

「…お嬢ちゃんのことだ、理由があるんだろう。言ってみろ。」

「貴方の言ってた話、その殺し屋はきっと私。」

「…はぁ?あの帝国最強の【壊し屋ミルド】を襲った奴だぞ?しかも殺せねぇと分かると簡単にあのミルドから逃げてのけた実力者だぞ?」

「…余計に私、簡単じゃなかったけど。」

大男は苦笑いを浮かべる。

「…てことは何だ?帝国への護衛はそもそも必要ねぇのか?……まぁいい、そもそも護衛はついでだ。…しかし、帝国に行かねぇならどこに行くんだ?残りは聖国しかねぇが…あそこはオススメできんぞ?」

「大丈夫、私は王国に残る。」

大男は意味がわからないと言いたげな表情で言う。

「はぁ?さっき旅をするって言ったじゃねぇか。」

「私は、王国も知らない。」

「う…たしかに、そうか…お嬢ちゃんは生まれた時から奴隷だったか。奴から聞いてたが…そうか、そういうことか。ならお嬢ちゃん、いい職業があるぜ。」

「…職業?」

「ああ、生活にゃ金が必要だ。だがお嬢ちゃんができる仕事は限られてる、だからお嬢ちゃんの技術が活かせる仕事で金が稼げる仕事を俺が紹介してやる。…お嬢ちゃん、付いて来い。」

私はその職業とやらに疑問と期待を寄せ、大男の後をついて行った。外の風が気持ちいい。


私は、今日決意した。

絶対に、絶対に、今度こそ幸せに生きてやる。

私が殺した子供たちの分まで、必死に幸せになってやるんだ。それに、『先生』の最初で最期の『命令』くらい従ってやろうじゃないか。


そんな私に大男が言う。

「なぁ、お嬢ちゃん。俺は思うんだよ。お嬢ちゃんは奴の『理想』なんじゃないかってな。俺には奴の心なんて分からねぇが、付き合いは長い。だから奴が何に苦悩しているかは知っていたし、組織を潰すという奴の夢も知っていた。そんな俺だから思う。今のお嬢ちゃんは奴の『理想』の自分だ。技術があり、知識があり、何より自由だ。お前はまるで奴とは正反対だ。なのに、お前は奴にかなり似ている。」

…大男が泣きそうな顔で言う。

『先生』と正反対。なのに『先生』に似ている。

確かにそうかも知れない、私は『先生』を教師としながら反面教師にしているのだから。

「だからお嬢ちゃん。どうか、奴の…『先生』の事を忘れないでやってくれ。いい『先生』だったと思わなくていい、ただ覚えてくれていたらいいんだ。それだけで、あいつはきっと救われる。」

大男は空を見上げる。雲ひとつない青空だ。

「…『先生』は、良い『先生』じゃなかった。」

「……。」

私の言葉に大男は無言で答える。

「だけど……。」

それを無視し、私は続ける。


「だけど、あの人は良い『先生(ひと)』だった。」

「……そうか、そうだな。」

大男はその言葉に微笑んだ。



「確かに、あいつは優しい『先生(やつ)』だったよ。」

『先生』のキャラを理解していただければ嬉しい


彼は私の理想の人間を少し不器用にした感じです

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