閑話2)感謝できない
削除して投稿し直すのは難しいですね。
「『先生』とでも呼んでくれ。」
そう言った彼の表情は軽薄そうで、どこか信用できない雰囲気があった。
まぁ、実際にその通りではあったのだけど。
彼が持ってきた最初の仕事は随分とあっけなかったことを今でも覚えている。
思い返してみれば、彼は比較的安全な仕事ばかり私に回していたのだろうと今になって気づく、当時はそんなことを考える余裕もなかったんだな…今になってようやくわかっても、変えられることなんて何もないというのに。
彼は決して優しくはなかった。
暗殺の修行では普通に殴りかかってくるし、勉強で私が少しでも間違った答えを言えば殴る。
か弱い少女を罪悪感なく殴ることのできる人を私は彼以外に5人程しか見たことがない。
…まぁ、そのおかげで私は自分の身を守る武器をたくさん得ることができたのだけれど。
…本当に、彼がいなければ私は今どうなっていたのだろうか。そう考えると彼には感謝しなければならない。
でも感謝なんてしてやらない、絶対に。
彼には恩義と同じくらいの迷惑をかけられたから…絶対に感謝なんてしてやらない。
彼もそれでいいというだろう、むしろその方が気楽でいいと言うのだろう…本当に、身勝手で自由人な『先生』だ。
もし、今の私の姿を彼が見たらなんと言うのだろうか…お前らしいな、だろうか。
それとも…よくやったな、と褒めるだろうか。
…いやいや、私は何を期待しているんだ。
でも、少しくらい…期待してもいいだろうか。
いや、今日くらい…期待したっていいじゃないか。
だって…『先生』の命日ぐらいしか、期待できないじゃないか。
墓もなければ、国も違う。遺体だってほったらかしだ…。
それでも…彼の魂は、私を見ていてくれていると信じている。
遺体や国なんてしがらみに囚われることなく私を見ていてくれているだろうと。
だって…私の『先生』だから。
私に『自由』を教えた『先生』だから。
気ままに私を見ていてくれているだろう。
「…『先生』。」
私は、紅葉の甲羅亭の裏庭で夕日を見上げながら呟いた。
彼には、祈ってもやらないし拝んでもやらない。
でも……
「絶対に…忘れてなんかやらない。アンタのしたことは…絶対に忘れない。」
…………それでいい。
そう、聴こえた気がした。
私は夕焼けに背を向けた。
夕焼けが眩しくて…目が痛い。
…決して、『先生』のせいじゃない。
この涙は…『先生』のせいじゃない。
「……バカだなぁ、私は。」
この呟きは、『先生』に聴こえだろうか。
いや…聴かれていなくても知っているだろう。
彼は…『先生』だから。