実力
最近はタイトルで内容を察してしまわないように気を使っています。
しかし、そもそもの内容がよくある展開なのであまり意味をなしていないかもしれません。
……プニェア(心の叫び)
帝国にはすんなりと侵入できた。
というか道中の乗り物酔いの方がきつかった。
吐きたくても吐けずに揺れと戦うあの時間はまさに地獄というべき苦行だ。拷問なんて生ぬるい。
さて、帝国には入れたが問題は目標の発見だ。
目標は酒豪で昼間から呑んだくれているらしいが……繁華街に行けばいいのか?
私はとりあえず人が多そうな所に行くことにした。繁華街への道はわからないし、人目をひく「道を尋ねる行為」はあまりしたくない。
できる限り隠密にするのが最重要事項だ。
目標は簡単に見つかった。
まさか居酒屋に入ることなく、店の前で酒だけ買って飲み歩きしているとは思わなかった。
あ、屋台で焼き鳥買ってる。…観光客かよ。
「おうミルド!焼き鳥だけで足りるか?今ならアルダ牛の串焼き、2本で3デラにするぜ!」
屋台の男に赤ひげの目標、ミルドが大声で答える。
「5本で4デラにしろ!2本じゃ足りねぇ!」
「テメェ察しろ!もう2本しかねぇんだよ!」
「初めからそう言え!サービスかと思ったじゃねぇか!」
「お前にサービスするくらいなら可愛い嬢ちゃんにサービスするってんだ筋肉バカ!」
…どうやら、目標は愛されているらしい。
私は、歩き出した目標の後を追った。
彼の行動パターンは不規則ながらもある程度は決まっている。時間が前後するくらいで、内容はほとんど変わらないということだ。
朝は借りている宿から出ずに、ほとんど寝ている。たまに山に行って動物を狩ることもあるが、ごく稀らしい。
そして昼は繁華街で酒を飲む、屋台でつまみ。買うのもいつものことらしい。
ちなみに、酒を買う店はコロコロ変わるらしいが、つまみを買う店はいつも同じなのだと言う。
…愛されているのはあの店主の方だったか。
そして夜、彼は国の外で警護をしている。
それも1人で。…絶好のチャンスだ。
これなら国に入ることもなかったのに。
そう、この情報は私が帝国で集めたものだ。
いや、集めたと言っても繁華街で少し彼について聞いただけだ。繁華街への行き方を聞くのはあまりにも『よそ者』っぽいが、彼について繁華街で何気なく聞く分にはあまり違和感を感じさせずに聞き出せると思ったからだ。現に皆怪しむそぶりを見せずに明るく教えてくれた。…酔っ払いに酒を奢りながら聞いたからかな?
とりあえず、予定は決まった。
狙うは夜、彼が1人で警護する時だ。
絶対、確実に殺してみせる。
夜、空は美しい満月で輝いている。
私は帝国の外、彼が警備すると言う国の出入り口の門で彼を待ち伏せていた。もちろんだが、彼に見つからないように門の近くにある木の陰に身を隠している。
彼が門を出て、いざ警護をしようと気を引き締める直前に背後から首をナイフで切り裂く。
私のいつもの暗殺方法だ。
人間、何かを始めようと気を引き締める直前が一番隙が大きい。私はそこを突いて殺す。
「いい満月だ、月見酒にはもってこいだなぁ。」
男の声が聞こえる、間違いない…目標だ。
目標は片手に酒瓶、もう片方に袋を持って門から現れた。…中身は簡単に推測できる、つまみだ。
この男、警備の仕事中に酒を飲むのか…しかもつまみと一緒に。仕事をなんだと思ってるんだ。
しかしこれではいつになっても暗殺に移れない、
彼は仕事のために気を引き締めないのだから。
仕方がない、彼が酒に夢中になっている隙に背後から奇襲する。そもそもそれしかできない。
私は気配を殺しながら、彼の背後に回る。
近くで見れば見るほど目標の大きさに感嘆する。
足を組んで座っているのに、私の身長より大きい。
だが、これも今のうちだけだ。殺して横にしたら私が見下ろしてやる。
私はナイフを目標の首筋に一閃!
した……はずだった。
「ようやく来たか。どうだ?お前も飲むか?」
私のナイフは首筋に当たることなく止められた。
私の右腕が、私の手よりも遥かに大きい手で覆われて動かない。待ち伏せは…気づかれていたのか。
「…嬢ちゃん、帝国の人間じゃぁねぇな?
帝国の人間、しかも嬢ちゃんみてぇな女が俺に喧嘩売るわけねぇもんな。」
クソッ、やはりそうなるか。
「聖国か、それとも王国か……嬢ちゃん教えてくれねぇか?俺頭使うの苦手なんだわ。」
「……。」
言えるわけがない、それに私はまだ諦めたわけではない!まだチャンスはある!
私は背中に隠していたもう一本のナイフを左手でつかみ、彼の喉めがけて突き出す!
「うおっ!危ねぇ!…こともねぇか。」
「なっ!」
…冗談か、それとも夢なのか?
皮膚に突き立てたナイフはギンッという音がした。
ナイフは…刺さることなく止まった……。
ナイフが刺さらない!?
「嬢ちゃん…そんな鈍じゃ刺さらねぇよ。」
鈍?このナイフは防具にも使われるブラックボアの硬い剛毛すら容易く切り裂く業物だぞ……。
人間の喉に刺さらないなんてことがあり得るはずがない!
私は何度も彼の喉にナイフを突き立てる。
「おいおい、何度やっても無駄だぜ?」
カギンッ
「…くっ。」
「あーらら、折れちまった。」
もったいねぇ、と言いながら彼は私の左腕も掴む。
…両腕を掴まれた。
彼の足を蹴っても反応がない、抵抗とすら思われていないのか。ならば…無駄な体力は使わないのが賢い選択か。
「…ようやく、大人しくなったな。」
男は私をまじまじと観察する。
「服はボロボロ、武器は多少いいものを使ってるが……鈍のナイフ。やっぱ嬢ちゃん、奴隷か?」
どんどん情報が漏れていく。
「……。」
「………人間至上主義の聖国が人間の奴隷なんて許すはずがねぇ。嬢ちゃんは王国の刺客か。」
私は黙って相手を観察する。
ナイフは効かない、蹴りが効かない。
それに私は魔法を習っていない。
勝てる道は存在しないのではないか?
いや、一つあった。
どんな獣も一発で眠る切り札。
『先生』からくすねてきた毒薬だ。
しかし、今は手が塞がっている。
どうにかして抜け出さないといけない。
…少し、演技をするか。
私は俯いて自身の唇をこっそりと、しかし思い切り噛む。
ガリッ、と音がしたような気がする。
「うぁ、うぅ。」
「王国か…めんどくせぇな。奴隷だと情報もあんま期待できねぇし…。いやでも一応尋問して帝国内で匿うか…。
おい嬢ちゃん…何して…。んなっ!?お前まさか!」
彼は驚いて両腕から手を離す。
「冗談じゃねぇ!まだお前にゃ死なれちゃ困る!」
そう、彼には私が舌を噛み切って自殺しようとしているように見えるだろう。
彼にとって私は王国の情報を多少持っている貴重な奴隷、それが死のうとしているのだ。当然慌てるだろう。
私は、その隙を逃さない!
懐に隠し持っていた毒薬を右手のナイフに振りかけ、彼の顔面…右目を狙い突き出す!
どんなに硬くても、目はどうしようもないだろ!
「なっ!?演技か!」
彼が驚いて対処しようと動く、しかし遅い!
私のナイフは、彼の右目に吸い込まれるように綺麗に突き刺さる!
……ことはなく、彼の歯で止められた。
「……くそっ。」
「うえっ!不味いなこの野郎!なんだこれ!?」
彼はナイフを吐き捨てながら酒を口に含み吐き出す。
「ちくしょう、嬢ちゃんのせいで酒が無駄に減りやがった。…まぁいい、嬢ちゃんがこっちに情報を吐く気がねぇのは十分わかった。それにこっちに来る気がねぇのもよくわかった。今回は見逃してやる。存分にそっちで罰を受けやがれ。」
「……。」
私は…彼に背を向けて走った。
…王国に向かって、走った。
罪悪感と不安と、胸を締め上げるようなどす黒い絶望が私の心を覆い尽くし、支配した。
道中、私が何をしたのか…私すら覚えていない。
はじめてのしっぱい
出演、ナナちゃん(約12歳)
……かわいそうに。(確信犯)




