一章第7話 『友として』
反撃回です。
「『友達』が傷つけられるのは――見過ごせない」
ヴェルラを睨みつけ、無表情でそう言ったエリファの口調には、少し静かな怒りが感じられた。
「おや、おや。まだ生き残りがいましたか。それで、見逃せないとは?」
「生き残り……? いや、一応死体もあるけど八割位の人間がまだ生きてるよ」
「え?」
「――はい?」
セレマとヴェルラが同時に、間抜けな声を出す。
ヴェルラが壊れた柵の間から村の中の様子を見渡すが、生気は感じられない。
セレマも、人が倒れていくのをこの目でしっかりと見てきた、あれで、八割が生きているなんていうことは考えられない。
もし、セレマの気を休めようとした気遣いの言葉だとしたら、ナンセンスが過ぎる。
「ご冗談を、誰一人だって生きてはいませんよ。急所を狙ったのですから」
「急所を狙ったのにこんなにも生きてる……? もしかして、ノーコン?――いや、そうか、だからこそか」
「なんです?」
「――? おお、こりゃすげえな。確かに、姫は生気とかに敏感な筈だからな気づけたわけだ」
「……皆、急所に魔力の膜を貼ってる。だから、急所しか狙われなかった人は気を失ってるだけでギリギリ生きているみたい」
「んにゃ、けど、問題はこの血の量だ。早くしねえとこりゃ助からねえな」
「……そうだね」
「ええ、ええ。ハッタリでしょう、そんなことは有り得るはずが無い」
ヴェルラは、「まったく」、と呆れた調子で両手を上げ、頭を左右に降る。
セレマも、唖然としている。
けれど、エリファの言葉は止まらない。
「強がってるだけなら、やめておいた方がいい。……どうせ、後で恥をかくだけだから」
あくまで淡々と述べるエリファ。
だが、その涼しげな様子がむしろ、言っていることに逆に真実味を帯びさせる。
「……とりあえず、『友達』を傷つけたお前は許さない」
「エリー……」
「おうよ! ってこった。俺らとその嬢ちゃんはもう友達、大親友なんでな! 見て見ぬふりはできねぇ。――ンなわけで、派手にやっちゃってくだせえ姫! 選ぶコマンドは!?」
「アタック」
短く尚且つテンポよく、そう呟き、前へと翳した右手から魔力の弾をヴェルラに向けて不意打ち気味に射出する。
そのドス黒い色をした弾が着弾すると同時に、先程の兵士がセレマに向けて打った魔力弾とは比べ物にならないくらいの、大きな爆発が起こる。
「ヒュー! 姫、かっくいいぜ! ――んでもま、そう簡単には行かなそうだな」
「うん、避けられた」
爆風による砂埃がはけ、視界が回復すると、ヴェルラの姿は爆発地点には無く、いつの間にか村の中、民家の屋根の上に立っている。
この短い時間で、そこまで移動したとなると、やはり王国騎士とだけあって恐るべき身体能力だ。
「ええ、ええ。成程、お嬢さん。貴方が、この村の最高戦力といった所でしょうか」
「……? 違う。私達はこの村の住民じゃないよ、この村には少し立ち寄っただけ」
「そうでしたか、それはそれは残念です。……この村で、貴方達の旅は終わってしまうのですから」
「あ? 何言ってんだピエロ野郎」
色とりどりの衣装を見に纏い、肌を白く、唇を紫に塗った長髪の何処からどう見ても道化師にしか見えない奇抜な男は、一度は呆けた表情を不気味な笑みに戻し、上体を反らしながら語る。
「ええ、ええ。私は、『ノワンブール王国』の王国騎士団、二番隊の隊長、ヴェルラというものです。先程貴方達は、この村の人々と同様、私に攻撃をした。叛逆罪ですよ」
「え、お前らって狂気に満ちた殺人サーカス軍団みたいなもんじゃないの?」
この殺戮が始まった時にセレマ達が聞いた説明と同じ内容の物をエリファとザガは聞かされる。
しかし、二人は落ち着いたまま深刻に考えようとはしなかった。
それどころか、
「……サーカス軍団、ふふ」
ザガのヴェルラ達を小馬鹿にしたような発言に、いつもはツッコミ役のはずのエリファが笑い出すレベルだ。
二人は、説明を受けてなお、この眼前の奇妙な男を脅威として見なしてはいなかった。
流石のヴェルラの表情にも、苛立ちが見え始める。
「……ええ、ええ。少々、無礼が過ぎますよ」
いつの間にか、ヴェルラの周りに出現した無数のナイフ。
それらは一度に、エリファに狙いを定め、物凄い勢いで迫る。
「エリー!!」
セレマは次に見える光景を、予想して、思わず声を上げ、目を伏せる。
「――で?」
「……え」
僅かな静寂。その後聞こえる、予想していた悲鳴でも呻き声でもない、静かな短い声。
その声に、セレマは恐る恐る、顔を上げると、目の前の光景に、大きく目を見開いた。
エリファの身体はまるで、霧のように、ナイフが通った箇所に穴が空いて、揺らめいている。
その穴は、ナイフの刀身の幅よりも遥かに大きく空いていて、当のナイフはエリファの肉体に刺さることは無く、後ろの地面にその刃を入れ込み立っていた。
そして、直ぐに元通りの形に戻る、エリファの身体。
「……無効化された? 確かにナイフは当たった筈ですが」
「……そんなものでは、実体を捉えることは出来ない」
エリファは無表情で、なんともない様子で、すり抜けたナイフを見つめながら言う。
「おう、嬢ちゃん。安心しろよ、姫は強えから。――もう! 強くて可愛いなんて、ザガちゃん惚れすぎて困っちゃう!」
「……ザガから先に倒そうか?」
「照れんなよ、姫。……って、うおっ! 早速魔力弾をこっちに打つんじゃねえ!!」
ザガは不安な表情を浮かべていたセレマを、落ち着かせるように、いつもの軽口を含みながら自分の主を持ち上げ、どうしてか得意気だ。
そんな生意気なザガに、エリファはついさっき放ったものより大きな魔力弾を容赦なく投げつける。
あたりに満ちていた静けさとか、絶望感とかを悉くぶち壊していくような二人の雰囲気。
そんなふざけたやり取りを見て、ヴェルラはさらに苛立ちを募らせる。
「ええ、ええ。馬鹿にするのも大概にしてくださいよ?」
気付けば、ヴェルラの表情からは貼り付いたようなニヤつきは消え失せていた。
「はは! なにを言うかと思えば! そっちこそ――」
「馬鹿にしないで」
刹那、屋根に立っているヴェルラの頭上に、なんの前触れもなく巨大な、黒い剣が現れ、落下する。
「っ!! なんです、か、これは!」
突然過ぎて、躱すことが出来ないヴェルラは、腕で受け止めようとするが、とてつもない程の質量を持った剣に耐えられるはずもなく、民家の崩落に巻き込まれる。
ぐしゃっと、重みによって本来有り得ない方向に木材が曲がり、折れる。
元の姿など見る影もなくぺしゃんこにプレスされた民家の瓦礫から、
「――重い。単純な魔法というわけでは無さそうですね」
と、ぼろぼろになり、顔色に余裕が消え失せたヴェルラが這い出でる。
「うわ、あれ喰らって生きてんのかよ。気持ち悪いなお前」
「ええ、ええ。流石に今のをまともに喰らったら不味かったですよ。だから少々、腕を犠牲にして、直撃は避けさせてもらいましたよ。普通の『魔法』ではこれ程の質量は出せません。『魔術』でしょうか、だとすれば厄介ですね。――ああ、本当に『魔術』を使えるものはどいつもこいつもムカつきますね!!」
早口でそういって謎に怒りを露わにする、ヴェルラの左腕は、真ん中の辺からあらぬ向きへ曲がり、力なく垂れている。
概ね、強化魔法でも使い腕を支点にして、てこの原理かなんかで、すんでのところでダイレクトを阻止したのだろう。
まったく恐るべき戦闘センスだ。
――ちなみに、この男の言う通り、エリファが放った攻撃は『魔術』と呼ばれるものの一種だ。
通常、『魔法』というのは火、水、地、風、無の属性をもった魔力というものを、放ったり、一箇所に集めたりと、そのままのエネルギーとして利用するものだ。
だが、その魔力を利用する際に通すことの出来る、『魔力フィルター』という、生まれつき、若しくは、特殊な訓練を行うことによって、魔力の核の近くに現れる器官がある。
その『魔力フィルター』を通すと、魔力は特別な性質を獲得し、『魔術』となる。
つまり、特殊能力といった表現に近い。
例えば、エリファの『魔力フィルター』は『呪い』という名前のものであり、その『呪い』に魔力を通すと、途轍もない程の質量をもったものに変化したりと、色々な性質を加えられる。
だから、『魔術』というのは『魔法』というものと比べてオリジナリティを持っているため圧倒的に予測がしにくい。
ヴェルラが、厄介だといったのはその辺が理由だろう。
「うちの姫を厄介者扱いとか、お前の感性どうなってんだ! そこにいるだけで癒される程のプリティー具合だろうが!!」
「……ザガ」
「ああいや! すまねえ姫、俺が悪かった、存在してるだけで世界が平和になる程のプリティー具合だったな!!」
「ええ、ええ。調子に乗らないでいただきたい。そろそろ我慢の限界です」
「って!! また魔力弾を無言で構えるの止めて!」
「無視ですか……はあ、――ふざけるのもいい加減にしろ」
ついに怒りを爆発させたヴェルラの言葉と共にナイフが再び舞う。
「無駄」
が、またも、エリファの身体をすり抜ける。
「またか! ならばこれはどうです!」
ヴェルラはナイフによる遠距離の攻撃は通らないと思ったのか、片手剣を取り出し、エリファとの距離を詰め、斬り掛かる。
「それも無駄」
が、その剣も同様にエリファの身体をすり抜ける。
そして、エリファはその振り切ったヴェルラの右腕を掴み、逃げられないようにしてから脚で身体を蹴りあげ突き飛ばす。
「がっ!!」
とんでもない勢いで村の建造物を巻き込んですっ飛ぶヴェルラ。
着地してもなお慣性の法則で、暫く地面を転がり回る。
「ぐっ、がはっ!」
それでも起き上がるヴェルラは内臓でも潰れたのだろうか、口から血を呻き声と共に吐き出した。
「なにが、どう、なっているの、です……!! こんなはずでは。 私は王国の未来の、未来のために!!」
「ハッ! この村の奴らだって領民、国の一部だろうが、それを殺そうとしたやつが、何、国の将来語ってんだよ、下らねえ」
攻撃が一切通らない。その事に冷静さを失い始めた、弱々しい叫びにザガが答える。
「黙れ! だまれ、だまれ!! こいつらなど国の一部では無いのです!! 貴方達も! この村も! 『白』の奴らも! 我々、いや、我が主に歯向かうものは、皆、これからの未来になんの役も立たないただのゴミだ! それを掃除したところで何が悪いと言うのです!?」
「あー、命を軽く見なし過ぎだな。俺らが言えたことじゃねえが、もっと他人の命を重んじる心を持ってもいいと思うぜ、これ、ザガちゃんのワンポイントアドバイス」
「……ほんとに私達が言えたことじゃ無いね、現に、私達、この村の騒ぎを知ってたけど見て見ぬふりしようとしてたし」
「んでも、ほら、俺らは別に自ら計画したりして殺したりしてないじゃん? そういう感じだ」
「……そうだね。けど、今は友達の為にあなたを倒すよ。――軽い命と軽い命で平等、ね?」
冷酷に告げるエリファにヴェルラはさらに、声を張り上げる。
「ええ、ええ! 誰が、倒されるものですか! 愚かな犯罪者にこの私が!!」
ヴェルラは必死の形相で、右手に魔力を溜め、それを遠距離からエリファに放つ。
放たれた魔力の弾は、エリファの放った弾よりは一回りサイズが小さいが、それでも、正確な軌道を描き、エリファの上半身に迫る。
エリファは、咄嗟にしゃがんで弾の下を潜り抜け、一気にヴェルラとの距離を詰める。
「躱した!? ――ぐぁっ!!」
そのまま、ヴェルラの懐に潜り込み、またも今度は魔力を纏った拳で突き飛ばす。
「気づいたところでもう遅い」
エリファの幽体は、物理攻撃を無効化出来ても、魔法攻撃は無効化できない。
でも、それを知られても今更だ。
「……そらそろ、流石に村人達も限界が近い。このまま終わらせる」
「アァァアアアアッッッ!!」
追い詰められた、ヴェルラは思い通りにならないことへの怒りで咆哮をあげ、うまく力が入らない様子でフラフラと立ち上がろうとする。
「……動くな。『禁呪:だーるまさんがこーろんだ』」
ところが、エリファが摩訶不思議な詠唱をすると、ヴェルラの動きがピタリと硬直したように止まる。
ヴェルラには自分の身に起きている状況が全く理解できなかった。
何かに縛られたかのように、身体の一切の行動が封じられる。
エリファの放った魔術の効果によって、意識はあるのに自由がきかない。
それは、図らずしも、セレマがヴェルラに操られていた時の状況に似ていて――。
「来世では、真っ当に生きろよ! あ、幽鬼にはなるな、受け入れねえから」
「『禁呪:かごめかごめ』」
二度目の不思議な詠唱。
ヴェルラを中心に四方を囲む分厚い壁が具現化する。
それは、図らずしも、この村が檻のように囲まれていた状況に似ていて――。
「……さようなら」
「――――ッッ!!」
声を出すことも叶わず、表情を変えることも叶わず。
ぐしゃっ。
ヴェルラは凄まじい勢いで迫る四方の壁に、容赦も、躊躇いも、跡形も、慈悲も無く、潰された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――やがて壁は消え去り、全てが終わる。
気付けば、時刻は深夜を過ぎ、朝を迎えていた。
眩しいほどの日差しが、村全体に差し込む。
一つの傷もなく、一つの返り血を浴びることも無く、優雅に揺蕩う少女。
「エリー……貴方、何者なの?」
目の前で起こっている戦闘、いや、戦闘と呼べるかも分からない一方的な行為に、じっと今まで声を飲んでいたセレマが、少女に一つ、震えた声で問う。
「……エリファ。セレマの『友達』で――――目覚めたばかりの『幽鬼の姫』」
――その美しい少女は、初めての友人に僅かな笑みを浮かべた。
これで、序章の本編は終わりです。
まだまだ、プロローグみたいなものですが、ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。これからも長くお付き合い頂けたら幸いです。
さて、これからですが、とりあえず次話からは、この事件の後日談(あまり長くはない)とか色々と書いて、それから次の章に移りたいと思います。
次の章からは本編突入といった感じで、世界も広がり、登場人物も増え、物語のキーパーソン達が動き出します。
主人公である、エリファとザガもどんどん暴れまわります。というか、TUEEEEします。楽しみにしていただけたなら、うれしい限りです。
これからもよろしくお願いいたします。