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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
序章 『姫の目覚め』
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一章第6話  『兄として』

 


 セレマが目覚めたのは、ユウマの身体に三本目のナイフが刺さった時だった。


 いや、目覚めたというのは正確ではない。

 どちらかというと、身体を動作する権限がセレマに戻った、あるいは身体に魂が戻った、などという表現が真に近い。



 セレマの意識は、寝室で起き上がった時にはっきりと浮上していた。だから、目覚めたというならばこの時であろう。

 だが、起き上がったのは、セレマの意思ではない。

 短い眠りから、意識が戻った時にはもうセレマの身体は、自分のものでは無くなっていた。



 糸で引っ張られたように、手足は勝手に動き、一切の行動を禁じられた。



 要するに、どこかで聞いたことのある、『幽体離脱』という現象と似ていた。

 決定的な違いがあるとすれば、視点だろう。

 基本的に『幽体離脱』というのは、魂が抜け出て、「あれ? 自分の身体が寝そべってる!?」といった、不思議な感覚を二人称視点で味わうものだ。しかし、この時のセレマには、しっかりと一人称視点での、視覚や、聴覚などの五感が保たれていた。



 つまり、身体の自由がきかないだけで、ユウマが実の兄が、刃を、小さな凶器をその身体に突きつけられ倒れ込むのを目の前で見た。



 見てしまったのだ。




「――っ! ユウ兄? ユウ兄!!!」



 悲鳴をあげる。


 普段、セレマはユウマにこの世界の汚い部分、辛い部分にできるだけ触れさせないようにと、過保護に扱われてきた風があった。


 今回は、その事が裏目に出た。

 セレマには耐性がなかったのだ、眼前で起きた事象を受け入れるほどの心の強さがなかった。


 否、こんなもの誰にでも耐えられるようなものでもないが。


 ――だが、普段から辛い経験をしてきた者と、病的な程に平和に暮らしてきた者の、受け取り方の差は歴然だ。




 溢れ出す感情を制御する術もなく、セレマは目元に溜まった涙を零し、振り切れたかのように泣き、悲鳴をあげる。



「あぁぁぁ、あぁぁぁあああああああ!!」



 ――集団とは時に、一人の行動によって、冷静さを失う事がある。多数派ではなく、少数派が勝ってしまうのだ。


 一人の嘆きは、もう一人の涙を誘い、その涙はもう一人の叫びを誘う。





 ――負は伝染する。





 一人、また一人と、セレマの悲鳴を聞いた者達が、叫び、あるいは腰を抜かし、あるいは怒声を上げ、逃げ惑う。





 今まさにこの村は、負という病に侵された。





「はははは、誰も逃がしはしませんよ。ええ、ええ!!」



 心底楽しそうにそう言ったヴェルラの周りに、何処から現れたのか、無数の銀色のナイフが浮かび上がる。


 そして、それらのナイフは、逃げ惑う村人達の背や足に、容赦無く打ちつけられる。


 バタリ、バタリと、血を噴き出しながら、次々と倒されていく村人達。



「おや、そんなものでは、私のナイフは止められませんよ」



 数人、木の板などで、身を守る者もいたが、男が放ったナイフは、何も無かったかのように、速度を一瞬たりとも落とすことなく、身体を、その防御ごと貫く。

 その貫いた痕から、またしても鮮血が舞う。





 ――ここは、もはや処刑場であった。


 執行人は男一人で、受刑者はこの村にいるもの全て。




 そんな不気味で残酷な執行人は、未だなお、泣き喚くセレマをちらりと見やる。



「ええ、ええ。貴方の鳴き声はそこの青年とは違い、美しい。罰を与えるのは最後にしてあげましょう。せいぜい、私が他の者達に刑を執行し終わるまでの間、その美しい音色で場を盛り上げてくださいね?」



 どうやらこの男にとって、少女の無残な泣き声は、その場を雰囲気付ける為の、音楽にしかならないようだ。

 聞けばゾッとする話だが、生憎と受刑者達にそんな余裕は無かった。



「そんな軟弱な建物に隠れても無駄です!」



 家の中へと隠れた者達も、勿論、見逃されることは無く、次々と飛来する凶器に貫かれていく。



「魔法を使っても無駄です!!」



 魔力で、防御魔法を展開した者達、攻撃魔法を投げつけた者達も、勿論、許されることは無く、続けざまに内臓と血をぶちまける。



「ええ、ええ。無駄です、無駄です! 無駄です!!」





 逃れる術は――――無い。





 ※※※※※※※※※※





 ――あっという間だった。



 昨日まで、失踪事件があり決して平和とは言い難かったが、強く暮らしてきた村に、悲痛な叫びがそこかしこから響き渡り、それが静寂に変わるのは。


 涙も声も枯れてしまい、横たわるユウマの側にへたり込むセレマの元に、仮面でも被っているのかと思うくらいに、笑み浮かべ続ける冷酷な執行人はゆっくりと歩み寄る。



 ――そして、告げた。



「ええ、ええ。最後です、次は、貴方の番ですよ?」



 明らかな死の宣告。

 しかし、セレマの既にずたずたな精神状態では、逃げようなどと思うこともなかった。


 辺りには血生臭い匂いが満ちていて、赤黒い肉の塊がそこらじゅうに散乱している。


 自分も皆のようにこうなるのだと、何故か、安心すら感じた。



 ――やっとこの地獄から解放される。


 ――やっとこんなにも辛いと感じなくなれる。



 男が手を振りかざすと同時に、放たれる無数の刃を甘んじて受け入れ――、



「――セレ、マ。諦めちゃ、だ、めだ……ごぽっ、お前、だけでも生き延、びるん、だ」



 弱々しくか細い声。

 だが、一番慣れ親しんだ、愛おしい声。



「おや、おや。まだ息があったなんて驚きです」



 セレマの前でうつ伏せに倒れていた、兄、ユウマが、セレマの方に顔を上げ手を伸ばす。



「まだ、お前は動ける……僕は無理だが、お前だけは」


「はあ、今度こそトドメです」



 再び、宙に漂うナイフの先端が、ユウマを向く。



「ユウ、兄――」


「だか、ら……行け! セレマ、遠くへ! 逃げるんだ!! ――『ブースト』!!」



 伸ばされた手がセレマの足に触れ、そこへ魔力を流し込む。


 ユウマはもう自分は助からないと理解していた、だからこそ、最愛の妹セレマだけは、何としてでも逃がす。



「さあ! 早く!!」



 ユウマに、兄であり親のような存在に、今までに見たことの無い、力の篭もった表情で駆り立てられ、一度は死を受け入れようとしていた、セレマの身体に力が、生への貪欲な渇望が戻り始める。



「余計な事を。貴方は聡明だと思っていましたが、生粋の愚か者のようだ」


「ああ、僕は愚かさ、愚か者であり、臆病者さ。――けれど、妹に本気で恋をしてしまった馬鹿な兄でもあるんだ! だからこそ! セレマの命の時間は僕が繋ぐ! 妹を守るのは兄の務めだ!! 」


「っ!!」



 血を流し、顔色も蒼白で、今にも死にそうで――、


 それでも、兄として、女性を愛する一人の男としての役目を果たそうとするユウマを見て、理解する。



「私も、愛してるよユウ兄――」



 愛の言葉を囁き、立ち上がり、後ろを向いて、走り出す。


 遠くへ、遠くへ。




「まあ、良いですとも。どちらにせよ逃がしはしません。――では、さようなら」




 後ろからそんな声が聞こえたが、セレマは決して振り返らない。





 ※※※※※※※※※※





 魔法が上手く使えないセレマの代わりに、ユウマは最後の力を振り絞って、移動速度をあげる『ブースト』という魔法をかけてくれた。


 これは簡単に言えば足腰を一定期間強化するものだ。


 まずは、この魔法の効果が切れる前に、村の外へは出ておきたい。幸いにも近くには『迷いの森』と呼ばれる森がある。


 迷い、と名前がつくくらいだ、隠れて移動するには都合がいい。


 息切れなど知るものか。

 身体が悲鳴をあげても知るものか。


 ユウマが繋いでくれた命を、生への執着を、無駄にはしたくない。



「いや、させない!」


「ええ、ええ。――一周まわって滑稽ですね。ここまで無様に走り転がる様は」


「っ!! もう、追いついてきたの!?」



 いや、この男は王国の騎士だ。『ブースト』は騎士でもなんでもないユウマが使える魔法なのだ、少し、ユウマに魔法の才能があったとしても、プロと素人じゃその効果量は言葉通り比べ物にならない。


 距離を取っても直ぐに追いつかれるのは、当たり前のことなのだろう。

 だが、セレマはもう諦められない。


 今のセレマには自分の命だけではない。ユウマの意志と命を同時に背負っている。


 だから、諦めない。



 全力で、走って、走って、走って、走る。



「そろそろ、追いかけっこも飽きましたよ」



 そんな、一切スピードを緩めないセレマを煩わしく思ったのか、男は再び、数本のナイフを宙に浮べる。


 そして放たれたナイフを、セレマは強化された足で、左に大きく兎のように飛び跳ね、躱す。


 ――しかし、着地と同時に、余っていたナイフが放たれ、セレマのその左足首を深々と貫いた。



「ううっ!!」



 それでも、血が吹き出しても、強烈な痛みを感じたとしても、セレマは止まらない。

 止まる訳には、行かない。



「はあっ、はあっ!」



 目紛るしい速度で走り抜け、ついに、村を囲む柵へと到達する。



「いける!! せやあっ!!」



 そのままの勢いで、一時的に強靭となった足で、高く跳躍し、柵を飛び越える。




 

 ――と、その先に、人影。




 近づくとその影は、追ってくるヴェルラという男と、同じ奇抜な道化師のような衣装を身に纏っていた。



「ここから先へは行かせん」


「――っ! そんな!!」



 仮面を被り表情の見えない男は、その前方に魔法の弾を放った。


 それは地面に触れた瞬間に爆発する。


 爆発に巻き込まれぬよう、セレマは身体に急ブレーキをかける。


 その爆風と、急な減速による重心の移動で、バランスを崩した、セレマは地面に強く肌を擦りながら転倒する。



「ええ、ええ。言ったでしょう。逃がしはしないと。それにこうも言いました、この状況は私が仕組んだものだと」



 呆然とするセレマに、追いついてきた執行人は、語り始める。



「ならば、最初から逃げ道が無くても、なんらおかしくはありません」


「――え」


「私は貴方の兄に、失踪事件の犯人は妹である貴方を狙っていると使者を遣わせ、知らせました。妹を溺愛する兄ならば、妹を助けるためであれば多少過激な事はするでしょう」


「ああ、ああああぁぁ……」


「村長は、村人達によほど知られたくないのか、私達との取引のある日だけ、村全体に眠りの魔法をかけていましたが、今日は私が解除しておきました。村の中で中々の信頼がある人物が、騒ぎを起こしたら、守るために他の村人達も出てくるでしょう。それこそ――武器なんかを持って。実際には農具でしたが」


 男は骨格が歪みそうな程に、さらに笑みを強く浮べ、悠々と述べる。



「隙あらば逃げ出す者もいるでしょう。だからこの村を囲うようにして、私の部隊の者を配置させておきました、これでわかりましたか? 全て、檻の中の出来事なのです」


「うそ、だ」



 もし、この男の言っていることが本当のことであるならば、ユウマはなんの為に、力を振り絞ったのか。



「嘘ではありません。全部、本当のことです。貴方の兄の行為は全く意味の無いことなのですよ。誰も彼も、必死に逃げ惑って! はなから希望なんてどこにもないと言うのに!!」



 セレマは、ユウマの命を、皆の死を、無意味なものにしたくなくて、せめて最愛の人が繋いでくれた命だけは失ってたまるものかと、ここまでがむしゃらに走ってきた。



 だが、そんなものに、最初から意味なんてなかった。


 全ては決まっていて、変えれるものでも無かった。




 ――皆死ぬのだ。檻の中で何が起こったとしても最終的には皆死ぬのだ。


 誰が泣いたって、必死に抗ったって、命を命で助けたって、結果は何も変わりはしなかったのだ。



 セレマの瞳から再び熱い涙が零れる。




「あああ……、ああああぁぁああアアアアアアアアァァァッッ!!」



 咆哮をあげ、目の前の兵士に飛びかかる、が、簡単に弾き返されてしまう。


 またも、地面に転がり込んだセレマに、ナイフを構えヴェルラは呼びかける。



「ええ、ええ。終わりですよ何もかも」



 救いなどなかった。


 確かに、もう終わりだ。


 でも、必死に、叫んで、泣いて、喚いて、逃げて、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗って、抗ったのだ。


 セレマだけじゃない、ユウマも、村長も、他の皆も抗った。


 その全てに意味が無かったとしても。



 もういいじゃないか。



 結局は死んだら全て無に還るのだから。



 一度は立ち直った心も、また折れてしまった。



 だから、セレマは今度こそ、そのナイフを受け入れ――――、





「――――おいおい、この村ってこんなにも死体が転がってたか? 姫、やっぱこの村俺らより断然不気味だぜ?」


「……? そうだね? なんにせよ、出発の準備をし始めておいてよかった。もうこの村ではなにも聞けそうにないし」



 突如聞こえた、気楽な感じの二人の声。



 正確には一人と一匹は、これだけの亡骸と血の量を見ても何とも思ってない様子で、のほほんと歩いてくる。



「んじゃま、さっさと王都行くか! 王都って美人多そうだしな」


「ふーん」


「あ、もしかして、嫉妬した? 安心しろよ、誰がどう誘惑しようと一番は姫だからな!」


「……ザガ黙れ」


「冗談だ。って握りつぶそうとするのやめろ!」


「……王都楽しみ。早く着けるといいね」


「ああ、そうだな、もはや何も聞いちゃいねえな!」



 軽口を挟んだ会話をしながら、男を横切る。

 そんな場違いな二人のふざけた雰囲気にヴェルラは振り下ろそうとしていたナイフの動きを止めた。




「――でも、だからといって」




 火の玉を連れ、少し紫がかった黒髪を二つに結び、白黒のドレスを身にまとったその少女は、男とセレマを通り過ぎようとしたことろでふと足を止め、振り返り、言い放つ。





「『友達』が傷つけられるのは――――見過ごせない」



 昨日今日で出来たばかりのセレマにとって、唯一人の友人――エリファは、冷たいほどの無表情で男を睨みつけた。

次回、反撃開始。


全てをひっくり返してやれ。

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