三章第14話 『束縛の絶望』
「――咲け」
突如として異様な空気を放ち佇む少女にたじろぎ、動きを止めてしまった信徒達に、その少女の足元から伸びた無慈悲な漆黒の茨が合図とともに突き刺さる。
「ぐわあああ!」
――今までより『花』の反応がいい。
それは、ノワンブール王国で一度『黒薔薇』を現出させたことのある、エリファの体感での話だ。この現象はやはり記憶に影響をうけたからなのだろう。
以前のエリファは『善』の部分が表面に出ていた状態だった。それ故に『悪』の部分である、『邪神』と『絶望』としての記憶や力は封じられているに近かった。しかし、『善』と『悪』に分離した今は、自分に関する記憶と力がはっきりとしてきている。
「なんだ、この花は……!!」
「聞いたことない? 伝説上の幻の花達のことを」
「幻の花だと……?」
ただ蹂躙されるだけの仲間たちの姿を見た、代表格の男は、驚愕の表情で身体を震え上がらせる。
「そう。私の『黒薔薇』に、『オシロイバナ』に、『オダマキ』に、『牡丹』に、『百合』に……」
「――わからねえよ! 何言ってるんだ!?」
「だろうね。もとは別世界……『パンドラの箱』の中のものだから」
「わからねえって言ってるだろ!!」
男にとっては、意味不明であろうエリファの言葉。いつだって意味が分からないもの、理解できないもの、は人に得体のしれない恐怖を与える。この男も例に漏れず、エリファの言葉にそれを感じ取ったようだ。
男は叫び、エリファに短い刃物をもって襲い掛かる。
「…………」
「ぐっ……!」
だが、そんなちゃちなものでは『絶望』の名を冠する存在に届くはずもない。男の振り上げた刃物は、自在に動く茨によって簡単に叩き落とされてしまう。
傷を与えるどころか、何一つとして表情を変えさせることすらできない。
ただただエリファは感情の無い眼で、武器を失い、丸腰となった代表格の男を見つめる。
「お、おい! お前たち、やれ! こいつを捕まえるのが、邪神様の命令だろう!?」
エリファがその男に近づこうと、一歩足を動かすと、先程までの強気な態度からは考えられないほどの小物感で、まだ生き残っている部下たちに己を守るように命令を下す。しかも、『邪神』の命令と重ねるようにして、だ。
「邪神様ァ! 邪神様のためェェェェエェェ!!」「ひひ、御心のままにィッ!!」「ひゃへ、っひひひひふふふへひほほっひへへへひゃはひゃひゃひゃっ!!」
が、そんな惨めな言葉でも、狂信的な部下たちには効果があったようで、周りの信徒たちは、皆一斉に血相を変えてエリファに襲い掛かる。
「……可哀想な人達。『黒の檻』!」
唱えると、刺々しい無数の茨たちはエリファの周囲を守るように現出し、次々に襲い来る信者達の身体を絡めとっていく。エリファに触れること叶わず、宙吊りにされた信者。その誰もが必死に脱出を試みるも、異様なほどの硬度と力の前にひれ伏し、抵抗虚しく、締め付けられていく。
「何をしても無駄だよ。抵抗すると、とげが刺さって痛いかもね?」
「――ひっ!」
突然にうわずった悲鳴を上げたのは、茨に絡め取られ、食い込む棘に痛がる信者達ではなかった。
確かに信者達も苦痛に叫び声をそれぞれ上げているが、そういったものではなくて、もっとこう純粋な恐怖の悲鳴だ。
エリファが静かにその悲鳴が聞こえたほうを見やると、そこには腰を抜かし尻餅をついた代表格の男の姿があった。男は信じられないものを見たといった表情で、目に涙を浮かべながらエリファを見つめていた。
そう、男は次々とやられていく仲間たちの姿を見て、ではなく、エリファを見て、悲鳴を上げていたのだ。
疑問が浮かぶエリファに、男は震えながら、化け物を見るような表情で――、
「ぁ、わ……」
「……?」
「お、おまぇ……笑って――?」
「――!」
男にそう言われて、エリファはやっと、自分が笑っていることに気づいた。
自分の手足である、茨に敵が縛られる様子を見て、自由を失い、そして、その中で息絶える様子を見て、エリファは笑っていた。
「――ふ」
気分が高揚する。
これまでに感じたことのない胸の高鳴りを感じる。
命が、自分の掌の中で消えていくことに、耐えようのない幸福感を感じている。
「ふふふ。あは、あははは、あっはっはっは!!」
笑いが、快楽が、溢れて溢れてしかたない。
だって――、
「ねえ、貴方は?」
「――――」
「貴方はどうして欲しい?」
純粋な問いかけ。それに男は答えない。目の前の恐怖に耐えるのに精一杯と言ったところだ。
それがエリファは凄く嬉しい。
嬉しい。嬉しい。
嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。
だって、
だって今――、
――この男の全てが私の物だ。
これから自分はどうなるのか、これから自分はどうされてしまうのか。今の男の考え、感情の全ての原因が私だ。私が起因だ。
だから私は今、目の前の存在の全てを支配していると言っても過言ではない。自由を喰らい、縛り付けている。
「ねえ、ねえ! どうして欲しい? このまま、茨で同じように絞め殺してもいいよ? それとも、じわじわ棘で殺して欲しい? それとも、うん、ここに縛り付けて放置もいいかなあ!」
有り得ない程、有り得てはいけない程の無邪気さで、今までに見せたことの無い笑顔で、純真さで、エリファは、いや、『束縛の絶望』は嬉嬉として問う。
「ねえ、聞こえてる? きーこーえーてーまーすーかー? ふふ、ふふふ、いいよ、このまま貴方が喋れるまで待ってあげても」
「……ぅ」
「うん? なあに? 聞こえないよ? もっと大きな声で喋って? ううん、喋れよ、貴方は私の言うことだけを聞いてればいいの」
「う、うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああ!!!」
『束縛の絶望』の狂気に触れた男は、その『異質』さに耐えられるはずも無く、絶叫し、この場を逃げ出そうとする。
だが、それを『束縛の絶望』が許すわけもなく。
「逃げるの? そんなの私、許可してないよ? ねえ、ねえ……ねえっ!!」
「ぐぁっ!」
彼女の意思を体現する『黒薔薇』は、男の片足を掴み、強引に彼女の元へと男を引きずり込んだ。
その無様な男の姿を見て、少女はまた、身体が幸福に包まれていくのを感じる。
こうやって、惨めに、這いつくばるのも、茨に身体を次々に貫かれるのも私のせいだと思うと、自然と笑みがこぼれる。
「貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの!」
「ぐ……がぁ! はぁ、はぁ、ごはっ……!」
「あはっ、貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のもの。貴方は私のものっ!!」
「あぁ……うっ、ぁ……」
「あはははは!! ほら、ほらぁ!! 貴方の身体も、貴方の考えも、貴方の心も、貴方の自由も、貴方の全感覚も、貴方の命も!! 私の! ものおっ!! あっはははははははは!!」
「ぁ――――」
――『黒薔薇』。
その花言葉は『あなたはあくまでわたしのもの』。
『束縛』の名を冠するその『花』は、『絶望』に根を張り、美しく咲き乱れる――。
エリファさん、本調子出てきましたね()




