三章第11話 『前門の幽鬼、後門の花』
「――その様子だと、自分が『分離』していることに気づいていたようだが……いつから?」
「……『扉』に触れた後に違和感。『咎人の剣』が、二本しか生成できなかった時から気づいた」
相対するもう一人の自分。
その存在を知っていたという態度をとるエリファに、背後から『熱愛の絶望』リーベが疑問を投げかける。
リーベの言う通りわかっていた。
いや、自分の身に起きた変化から、予測していたに過ぎないが、ほぼほぼこのことは確信していた。
自分の存在が分離していることに。
『咎人の剣』は『自分の中の存在』の数に比例する。
一つの存在に一つの罪。
要するに、四本の生成が限界であったエリファの中には、少なくとも四つの存在が混ざっていることになるが、それよりも今の問題はその限界数にある。
四つ生成できていた筈の『咎人の剣』、それがおそらく『審判の扉』に触れたタイミング、その時を境目にして二本しか生成出来なくなっていた。
『審判の扉』は、悪しきものを弾く『聖堂』の濾過装置のようなものだと、セイラは言っていた。
その例えのままでいくのならば、おそらく今の弾かれたエリファは、元のエリファの『悪しきもの』に当たる部分であって、目の前に立つ、もう一人は『善きもの』のエリファだろう。
二つの存在と二つの存在に分かれた。
それが今の二人のエリファの状況だ。
「あとは――今まで私の中で感じてたものが、鮮明になった」
『悪』と『善』は打ち消し合うものだ。
エリファの中で複雑に絡まりあったそれは、反発し妨げ合い、お互いの力を半端なものとしていた。
だから、今までのエリファは不安定であった。
しかし、今はそれが無くなり、エリファの中の力や記憶は、徐々にハッキリと輪郭を取り戻し始めている。
――だが、まだ早い。
少なくとも、全てを解放するのは、今ではない。
「ふはっ。鮮明、か。……もう一人のお前は目が曇ってしまったみたいだがな」
「――何故」
「……?」
何やら不穏な空気を纏って呟いたリーベ。
それを聞いてか聞かずか、目の前の瓜二つの存在は動き出す。
「何故! 貴方ばかり愛される! 私はこんなにも、あの方を愛しているのにッ!」
「――――ッ!!」
狂気に歪んだ顔を浮かべて、『善』のエリファは叫び、その背後に『咎人の剣』を二本、生成する。
直後、間を空けずに射出されるそれを、こちらも同じ二本の『咎人の剣』で相殺。
しかし、それで終わらない。
何故なら、後ろには――、
「この私を忘れないでくれるかな! 『カーネーション』!!」
――『絶望』がいる。
もう一人の自分から放たれる『咎人の剣』を捌くのに精一杯なエリファには、生憎と迫り来る円形ノコギリに対処する余裕が無い。
挟まれた。前方にはもう一人の自分、後方には『熱愛の絶望』。
「な、何が起きているのかさっぱりだけれど――僕が守るべきエリファはこっちで間違いないみたいだ、ね!!」
言い切ると同時に、ウィルは何やら片足を前に出して、『何か』を踏み込んだ。
途端、ジュワっという独特な音を立てて、エリファの背中を守るようにして現れる光の花。
そして、噴出した『光の花』――もとい、オシロイバナは、膨大な熱光を放ち、円形ノコギリの全てを飲み込んでいく。
「また、お前か! ……だが、それも何時までもつかな?」
またも、ウィルの的確な支援のお陰で、九死に一生を得たエリファ。
「何故。何故。何故!!」
「くっ!」
だがエリファには、もう一人の自分の攻撃を凌ぐことに精一杯で、彼にお礼を言う余裕さえなかった。
相対するのは自分。
二つに分かれ性質が変わったからといって、そのどちらかに戦闘力が偏る、ということは、見た感じなさそうだ。
その実力はほぼ互角と言っても差し支えない。
だからといって、勝負が一向につかないということは、全くないだろうし、今の『悪』のエリファは右腕を負傷している為、戦況が『善』の方に傾くのは誰の目から見ても明らかだった。
加えて、ウィルはトラップの仕掛け数が圧倒的に少ない『初めて訪れる場所』という、ディスアドバンテージを背負っている。
「ほら、どうした。もうひとついくぞ」
「うがぁっ!」
ふと、背後からエリファの背中を守ってくれている筈のウィルの口から呻き声が漏れる。
横目で見ると、彼の貴族のような服の腹部辺りからは、赤黒い液体が、大量に滲み出ていた。
横腹に刃を貰ったのだろう。
目尻に涙を浮かべ、患部を片手で腹を抱えるようにして押さえ、痛みを我慢する彼の様子は、それはそれは悲惨なものだ。
それに、ウィルが致命的なダメージを負ったことは、エリファの背後も危うくなることを指している。
――追い詰められた。
エリファは瞬間に悟った。
この状況は詰みというやつなのではないかと。
躙り寄り、その間隔をどんどんと短くしていく、明らかに正気ではないもう一人の自分と、ほくそ笑む男、『熱愛の絶望』リーベ。
――出し惜しみをしてる場合ではない、か。いやしかし、ここではダメだし、今ではダメだ。
不安定なままでは、ウィルも巻き込んでしまうし、それこそ詰んでしまう。
いやしかし、このまま終わるよりは――、
「――現出せよ『オダマキ』。斬ッ!!」
エリファが博打にでようと、決心しきるよりも少し早く、出入口の奥、通路の方から凛とした声が響いた。
すると――、
「ぐぅぁ!?」
突如、今にも血走った眼でエリファの首を掴もうとしていた『善』のエリファの身体が浮かび上がり、何か『斬撃のようなもの』に乗って、そのまま吹き飛んだ。
「何だ!?」
「――友の窮地に馳せ参じる我、クロ・ナルヒェン、ここに見参ッ!!」
「私もいるよぉ」
「クロ!! シリアル!!」
突然に吹き飛んだ味方にリーベが驚愕する中、通路の闇から二人の少女が現れる。
一人は黒髪の少女、何やら長めの細い剣を肩に担いでいて、もう一人の少女は紅の髪の毒花を連想させる装いで、両手でピースを浮かべていた。
「はぁぁぁぁ……! 今の我、最高にかっこよくないか!?」
「うんうん、クロっちかっこいいよぉ! ね、そう思うでしょ、エリファ!」
「……あ、う、うん」
先程までギリギリの命のやり取りをしていた空間だったが、二人の場違いな態度に、何やら、張り詰めていた空気がガラリと、緩やかなものへと変わっていく。
エリファが戸惑いつつも、シリアルの同意に頷くと、さらに得意げな表情を浮かべるクロだったが、その視線がエリファの後ろ、ウィルへと向くと、彼女は笑い、
「はっはっは!! これまたこっぴどくやられたな『臆病』!」
「笑い……ご、とじゃ、ないっ、んだよ……!! 撤退だ……一度……」
「あいわかった。任せろ、突破口は我等が開こう……そこで一つだけ報告なんだが」
「……?」
瀕死のウィルの姿を見て、盛大に笑い散らすクロ。
彼女の態度はなかなかに酷いものだったが、それもまた突然に、真剣な態度へと変わる。
もったいぶった言い方をする彼女に、顔を見合わせ、怪訝な表情を浮かべるエリファとウィル。
それから言いにくそうに、口を開いた彼女から出た言葉は――、
「実は今――」
「おい、お前達! 私の存在を忘れてないだろうな?」
残念ながらリーベの怒鳴り声によって遮られてしまう。
「あー! リーベだぁ! こんなとこでなにしてんのぉー?」
「『腹ぺこ女』……! 五月蝿いやつだ、私が何処で何をしようと勝手だろう!」
「うわぁっ!」
何やらシリアルは『熱愛の絶望』を名乗った男と知り合いらしいが、肝心なその男が激昴しながら、円形ノコギリをこちらへと投げつけてくるので会話にならない。
「……まずはここを切り抜けよう。話はその後」
「――行かせない。行かせない。行かせない。行かせない行かせない!!」
「あれぇ、エリファぁ!?」
「その話も後! 早く!」
クロとシリアルの手によって一度吹き飛ばされたもう一人のエリファが、一行がグダグダしているうちに再起し、虚ろな表情で、こちらに鋭い殺意を向けてきた。
それを受けてエリファは、全てを後回しにして、取り敢えずこの場から脱出することを優先にする。
エリファの言葉に事態を上手く呑み込めていない様子だが頷いたクロとシリアル。
「待て! 『カーネーション』!!」
「斬ッ!!」
「チィッ!」
瀕死のウィルをシリアルが脇で抱え、そのまま三人は部屋を飛び出し、地下に入ってきた時と同じ梯子がかかった場所を目指し始める。
先程まで苦労していた敵の攻撃も、クロが昔アンナ邸の襲撃者が持っていた『刀』に似た形状の剣を振るい、その斬撃が空を薙ぎ、須らくを無力化させていく。
馬鹿だと思っていたら、恐るべき戦闘力だ。
お陰でクロ以外の三人は逃げる事に集中出来ていた。
「――――!」
暫くして、狭く闇の満ちた通路を走り、別れ道に戻ってきた所で、追っ手と距離も離れたことで余裕が出来たエリファは、微細な悪寒のようなものを地下深くから感じ取る。
――これは、なんだろうか。この感覚は覚えがある。
幽鬼とも違い、絶望とも違う。
あれ、そういえば――、
「……セイラはどうしたの?」
「――――」
「……?」
クロとシリアルの二人と一緒に行動していた筈の、最高司祭の娘の姿が無いことに、今更ながら気づく。
走っている足元から悪寒を感じながらも、先ずは目の前の不思議から問うと、苦虫を潰したような表情を浮かべたクロとシリアル。
その二人の態度により疑問を深めたエリファは、思わずキョトンとしてしまう。
やがて、エリファの視線に観念したかのように溜め息をついたクロは、その重い口を開き、
「それがさっき言いかけたことなんだが……」
「ああ、さっきの。で、何があったの? この地面から感じる悪寒といい、もう嫌な予感しかしないけど」
先程、クロが言いかけた言葉。
彼女があまりに真剣な様子であったため、何を言おうとしていたのか気になっていたのだが、この感じだといい知らせでは無さそうだ。
が、次の瞬間、橙色の瞳の奥に後ろめたさのようなものを漂わせる彼女の口から出た言葉は、エリファの予想していた状況を大きく上回るもので――、
「すまない。最高司祭の娘とははぐれてしまった。それと――――たった今、『邪神』が我等を追って、この地下空間を昇ってきている」
「……………は?」




