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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第三章『神の居る街』
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三章第9話  『慣れた匂い』




「確かに、『聖堂』から嫌な感じがする」


「そうだね。いかにもって感じだ」


 神のいる街こと『アテラル』の中心に位置する『聖堂』。

 そこに近づくにつれて、空気そのものの重みが増していくような、空気中の不純物の密度が濃くなっていくような感覚を一行は感じ取っていた。

 『絶望』とはまた違う、この世界にあってはならないものの気配。

 昨日エリファが訪れた時とは明らかに違う。神聖さの欠けらも無い。


「扉…………」


 聖堂前の階段を登り、見えてくるのはステンドグラスで装飾されたあの扉。エリファが一度、神からの拒絶を受け取った扉だ。

 扉を見るだけで強烈な不快感と痛みと衝撃がエリファの身体が思い出し、フラッシュバックする。

 視界が白く飛び、音が遠くなり、身体に力が入らなくなるあの感覚。


「うっ…………」


「エリファ、大丈夫ぅ?」


「…………う、うん大丈夫」


 シリアルの心配した声に、身体に押し寄せる波をなんとか抑えつけエリファは頷き答える。

 自分でも分かっていなかったが、想像以上にあの感覚を身体が覚えているらしい。

 なんとも、神に拒絶されたくらいで大袈裟だと思うだろうか。いや、しかし、確かにエリファは見た目以上のダメージを――、


「……この扉は『審判の扉』です。悪しき者を聖堂内に入れないための濾過装置のようなもの……といえばいいでしょうか」


「ふむ。濾過装置があっても、肝心な『聖堂』の中で悪しき者が発生したら本末転倒だな」


「おおう、クロ。君、急にまともなことを言うな……」


 件の扉の前に立ち止まり、その機能と名称を説明するセイラに、クロがいつにもなく真剣な様子で痛い所をつく。

 そんな今までの馬鹿具合とは違った様子を見せるクロにウィルが思わず驚きの声を上げる。


「なにを! 我はいつでも大真面目だぞ! なあ『飢餓』よ!」


「うんうん、クロっちはいつも真面目だけどぉ、ちょっと頭が足りないんだよねぇ。そこがクロっちの可愛いところだけど」


 肯定を求めるクロに、シリアルが貶しながら肯定するという高度な返答をしてみせる。

 明らかに昨日今日で出来上がった筈がない独特のノリを見せる二人に、エリファは疑問を浮かべる。


「『いつも』……? 結構前から思ってたんだけど、シリアルとクロは元々知り合いなの?」


「ああ、我と『飢餓』は一緒に行動することも多くてな、お互いウマが合うので、仲良くしてるといったところだ」


「えーちょっと省略しすぎぃ、まあいいけど! しかも、昔からの知り合いっていう意味じゃ、エリファもそうだけどね!」


「…………そう」


 エリファは少しの間の後、小さく呟く。

 昔からの『知り合い』。それは少なくとも、エリファが幽鬼の姫として目覚める前であろう。

 残念ながら、その時の記憶はエリファの中ではまだ曖昧だ。

 従って『知り合い』という表現は正しくない。今のエリファとシリアルの関係を表すなら『一方的に知り、知られている』といったところだ。


「――さて、このままでは皆さん『絶望』は入れないので……これを使います」


 『飢餓(シリアル)』と『愚者(クロ)』の意外な関係性について知ったところで、セイラが徐ろに修道着の中から金色の鍵のようなものを取り出す。


「…………?」


 その鍵を見て、エリファ含め悪判定の四人は首を傾げる。

 扉と鍵という組み合わせは別になんらおかしくはない。ただしそれは――その扉に鍵穴があった場合に限る。

 その『審判の扉』には一件鍵穴らしき物は見当たらない。

 それでも、『審判の扉』に鍵の先端を向けて近づいていくセイラに、一行はしばらく続けて怪訝な表情をしていると、


「――――」


 セイラが『審判の扉』に向けて何かを唱えた。

 次の瞬間、


「おお、鍵穴が……」


 『審判の扉』から光り輝く魔法陣のようなものが浮かび上がった。その中心には鍵穴らしき模様。

 エリファ達が目の前で起きている光景に唖然としていると、セイラはその魔方陣らしきものの中心の鍵穴に向けて鍵を差し込んだ。

 すると、


「――はい、開きました。これで皆さんも入れるはずです」


 当然の如く、『審判の扉』は開かれ、『聖堂』の中の様子をエリファ達へと露わにした。

 同時に、『聖堂』に近づくにつれ感じていた邪悪な気配をより濃く圧縮したような、もはやこびり付く汚れのような空気が漏れ出てくる。


「うわぁ、いよいよだね……」


「うん――鬼が出るか蛇が出るか……まあ、この場合、幽鬼である私自身が鬼である可能性が高いけれど……と、そういう訳でも無いか」


 何にせよ(ろく)な者は出てこない。なんてったって相手は『邪神』などと呼ばれる、邪の頂点なのだから。

 重々しい空気を肌で直接感じながら、最大限に警戒しつつ、一行は『邪神』の巣食う『聖堂』の中へと足を踏み入れていった。



※※※※※※※※※※



「…………何もない、な」


「――そんな! 『女神像』も無くなってます!!」


 街の中心である『聖堂』にしては伽藍堂としているなと思い浮かべていたところ、やはり、通常の『聖堂』には、これ以上に物があったらしい。

 どうやら『女神像』に加え、色々な聖なる物が無くなっているらしく、セイラは赤の瞳を見開いて、身体を震わせる。


「うーむ、まるで戦闘の痕がないな。それに、静かすぎる」


 クロの言う通り、『邪神』と『最高司祭』の戦闘があったらしいこの場所、激しかったであろうその戦闘の影響が、全く見られない。

 一つの埃もなく、この広間は昔からずっとこの状態だったのではないかと思うくらいだ。


「……?」


 全員が困惑した様子で辺りを見回していると、エリファはふいに広間の女神像があったという位置より少し手前にある台座と壺から何かの気配を察知する。

 弱々しく細い、糸のようなそれにエリファはゆっくりと誘われるように近づいていく。


「エリファ? どうしたんだい?」


「……この台座の下」


「下……?」


「…………『咎人の剣(クリミネル・エペ)』」


 全員の疑問を余所に、エリファは徐ろに真っ黒な剣――『咎人の剣』を一本だけ生成し、その台座へと真っ直ぐ射出する。

 すると、『咎人の剣』がぶつかった壺と台座は粉々に吹き飛び――その残骸の下から、人が通れる位の梯子付きの穴が現れた。


「なるほど、地下か!」


「私がいつもいた『聖堂』にこんな穴が……!? あぁ……」


 普段から『聖堂』で最高司祭の娘として過ごしていたのにも関わらず、この穴の存在に気がつけなかったことにセイラがショックを受けていたが、しょうがない事だとは思う。

 誰だって、自分のいつも住んでる場所に穴が空いているなんて想像するはずも無い。

 しかし、当人は相当ショックなようで壁に手をついて俯き始めたので、エリファ達は触れずにそっとしておく。


「さて、どうする?」


「どうするも何もぉ、入るしかないと思うんだけどぉ」


「我も同感だ」


「うん、まあ、そうだろうね」


 穴に入り、地下へと行くことに躊躇いを見せるウィルだったが、それをシリアルとクロが一蹴する。

 しかし、ウィル自体もそう分かっていたようで、苦笑しながらも頷く。


「よし、じゃあクロ、君が最初に行くんだ」


「我か!? 何故に!? ……まあよいが」


「あ、いいんだ」


 こう、彼女には恐怖というものがないのだろうか。あまりにあっさりと一番手の役割を享受するクロにエリファは驚く。

 これが彼女を『愚者』たらしめる所以なのかもしれないが――、


「ふんふんふ~ん♪ 探検隊みたいでワクワクするな!!」


 うん、やっぱりただ馬鹿なのかもしれない。

 だが、この場面において彼女の怖いもの知らずなその性格は頼もしい。

 一番手というものは誰だってやりたくないだろうから。


「クロ、どうだい?」


「……おお、『聖堂』の地下にこんな空間が……あ。『臆病』、大丈夫だ!! 皆も降りてきてくれ!!」


「わかった、助かったよ…………ふう」


 怖気ることなくどんどんと降りていったクロの安否を確認すると、ウィルがほっと胸を撫で下ろす。

 意外にも仲間思いの奴だ。

 素直になれないだけで可愛い奴である。彼の根幹には『臆病』がこびりついてはいるが。


「……じゃあ、私達も降りよう」


「はいはーい!」「ああ」



※※※※※※※※※※



 そこは『聖堂』の神聖な雰囲気とは打って変わって、薄暗く、洞穴のような、ゴツゴツとした岩が露出していて、たまに水の滴る音が聴こえるような、不気味な空間であった。


「暗いな……」


 空間を照らしているのは壁にかけられた、ユラユラと揺れる松明だけ。

 気を取り直したセイラも含め一行はその光を頼りに、通路のような場所を進んでいた。


「――あ、『臆病』よ!」


「へぶっ!?」


 ふと、その先頭を行っていたクロが唐突に足を止め、こちらを振り返る。

 その際に、彼女の肘がすぐ後ろを着いていたウィルの顔へと直撃し、ウィルはカエルの潰れた鳴き声のような声を出した。


「お、おおい君ッ! 暗くて狭いんだから、急に止まったり振り返ったりしないでくれよ!!」


「はっはっは! すまなかったな、『臆病』。だが、私の行動範囲に入ったお前も悪い!」


「り、理不尽だっ!!」


「はっはっは!」


 謝罪しているように見せかけて理不尽なことを言っているクロに対し、ウィルが肘が当たった顔を手で抑えながら抗議する。

 しかし、悲しきかな、彼の抗議も虚しく、クロは高らかに笑うだけで反省していない様子だ。

 が、彼女のそんなふざけた態度も束の間で、急に真面目な様子で彼女はウィルに話しかける。


「――して『臆病』よ」


「なんだよ! 君は突然真面目になるな……」


「問題はこれだ」


 クロのテンションの落差に一行は戸惑うが、それを無視して彼女は通路の先の方を指差す。

 そこには、同じような通路の入口が二つ。


「……分かれ道」


 通路を歩いているという時点で道が分かれることくらいは予想をしていたが、予想が的中したからといって厄介なことには変わりない。

 しかも、今は、なるべく『最高司祭』の救出と、『箱』の奪還を急がねばならないので余計にこういうのは鬱陶しい。


 そこで、提案をするのがウィルだ。


「……ふむ、よし、じゃあこう分けようか。一方の道をエリファと僕。もう片方は……残りの奴らだ!」


「異議あり!! なんか後半雑だし、ウィルばっかりエリファといてズルい!」


 ウィルの人員の分け方に手をビシッと上げ反発するシリアル。

 確かに、彼の言い方にも悪意はあった。が、その反発にウィルは反論する。


「仕方ないじゃないか。僕はエリファといた方が『臆病』が和らいで戦力になるし、君とクロも仲がいいんだろう?」


「ぐぬぬ」

 

「それに、もし戦闘になった場合、僕とエリファの能力は、最高司祭の娘を巻き込んでしまう可能性が高い。その点、君達なら、しっかりと彼女を守れるはずだ、そうだろう? クロ」


「ああ、我はやる時はやる女だ。異論もない」


 ウィルの問いかけに、自分に任せろと言わんばかりに胸を張って得意げにするクロ。

 シリアルはまだ不満げだが、ここでいつまでも足止めを喰らっている訳にもいかないので、半ば強制的に、話を進める。


「それじゃあ、私達は右の方に行きたい。そっちから、気になる気配がする」


「そうかい? エリファがそう言うならそうしようか」


「……じゃあ我らは左だな」


「ぶーぶー」


 分かれ道の右の方から、感じる、慣れ親しんだような、どこか懐かしいような、そんな気配。

 この感覚が正しければ、こちらはエリファが解決しなければならない。

 そう思い、エリファは右の道を行くことを選択する。

 それによってシリアル、クロ、セイラの三人組が必然的に左の道を行くことが決まる。


「シリアル、ごめん。そっちも頑張って」


「エリファに言われたら断れないよぉ……わかった! 私、頑張るからね!」


「あいわかった」


 こうして、二人組と三人組に別れての行動が始まる。


 ♢

 ♢

 ♢

 ♢


「……それにしても、あいつらがいなくなると一気に静かになるね」


「うん」


「お、何かの部屋かな?」


 シリアル、クロ、セイラと分かれて進み始めてからすぐの事だった。

 通路の先に突如として木製の扉が現れる。

 間違いなく、この先からだった。

 この扉の先から、あの気配がする。

 それに加えて――どこか嗅ぎ覚えのある臭いが二つ混ざって、エリファの鼻を刺激した。


「この臭いは……」


 呟きながらゆっくりと扉を開け、エリファは一歩踏み出す。

 すると――――


 

 ――ぴちゃ。


 

 エリファの足元から何やら液体の跳ねる音が聴こえた。

 跳ねたその液体は、松明の光を浴びて赤く、赤く、輝いてみせる。


 嗅ぎ覚えのある臭いの正体の一つは、この赤い液体が鉄の錆びたような臭いだ。


「……血」


 (おびただ)しい量の鮮血が、エリファの靴の底を赤く、冷たく濡らしていく。

 水溜まりが出来るほどに、地面を濡らしたそれをよく見ると、そこには、人の臓器のようなものがいくつも散らばっている。

 普通の人が見れば直ぐに卒倒しそうな光景だが、エリファは至って冷静だった。


 冷たく、ただ冷たく、もう一つの臭いの原因を睨みつけている。


「――ああ、ついにきてしまったのか」


 何やら呟くそいつは、男だ。

 生気を失った瞳で、こちらを見つめるその男は、そう――――、




 ――――花の香りがした。




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