三章第7話 『美しい花によい実はならぬ』
「意気込んだはいいのだけれど、ここまでとは……」
「うーん、さすがにダメだね、これは。『組織』の『そ』の字すら住民の口から出てこない」
「半日かけて、情報ゼロだもんねえ、私退屈!」
既に『組織』についての情報を集め始めて、半日が経った。が、耳寄りな情報は一切、エリファ達の耳に入ってこない。
「これで、街を一周した訳だが。『臆病』よ、これからどうするんだ?」
「……一つだけまだ行ってない所があるんだけど、そこに隠れられてたら、残念ながら、僕らじゃ手を出せない可能性が高い」
「だな、『臆病』、こればかりは我でも分かるぞ」
ウィルの含みのある言い方に、『愚者の絶望』であるクロ・ナルヒェンは艶やかな黒髪を揺らし、理解したように頷く。
街を一周、ぐるっと回るように情報収集をしてきたエリファ達。
この状況で、まだ足を運んでいない場所。それは誰の目で見ても明らかだ。
神の居る街『アテラル』の中心――、
――――『聖堂』、だ。
その場所は、エリファが一度臨み、そして二度とない程の拒絶を受け取った場所に他ならない。
存在を、魂を、神に拒絶された忌々しい場所。
エリファのような『混ざった悪』を許さない、『正しき者』だけが足を踏み入れることを許される。
そして『絶望』もまた『悪しき者』には違いない。
つまり、我々四人には、近づくことすら許されない。
だが、だからこそ、奴らにとってはいい『隠れ蓑』で――。
「……まあ、僕らから姿を隠すなら、あの場所しかないだろうね。正直、最初から予想していた」
「えぇぇ!? つまり、この街を歩いたのって無駄だったってことお? じゃあなんで、私達、情報収集なんてしてたのお!? うへえ、ありえない!」
「そうでも言わないと、君達が大人しくしないじゃないか! ……それに、街を歩き回ったのはちゃんと意味がある」
頬を膨らませながら項垂れる『飢餓の絶望』こと、シリアル・ファングリル。
彼女の非難を受け、反論するウィルは一見、無駄に思えた街の周回に『意味がある』と言う。
まあ、エリファには分かっていた。
彼の『性質』からして――、
「……トラップの設置、かな」
「ビンゴ! さすがエリファ! ……この馬鹿どもとは違うね」
「おい! 今回は我は何も言っていないぞ!! それに、『馬鹿』ではなく――」
ちゃっかりウィルの馬鹿判定に頭数を入れられたクロが、抗議するがそれを無視して会話は進む。
彼、『臆病の絶望』ことウィル・ライストンの能力及び戦闘方法は『トラップ』という設置型の魔法に似ている。
以前の、ノワンブールの時では、こちらのあらゆる行動がトラップの発動条件に引っかかり、それはそれは苦労したものだ。
彼の根っこは、まあ、文字通り『臆病』だ。だから、できるだけ事前にトラップを設置しておかないと気が済まないのだろう。
よく言えば、準備がいい。
悪く言えば、要領が悪い。
それでも、彼の入念な準備は、『組織』の再びの襲撃の際に、役に立つことは間違いない。その鬱陶しさはエリファが身をもって経験済みだ。
「まだ不安ではあるけれど、これで少しは戦える。『臆病』の患者なのはそのままだけどね」
「そう……で、これからどうするの? 『聖堂』の中には入れないし、やっぱ待つしかな――」
『聖堂』を根城にしていることが確定的になった今。しかし、ここにいる者全員が『聖堂』には入れない為、やはり、『組織』が再度襲撃してくるのを待つしかないのかと、そう言いかけた時だった。
「――誰か! 誰か私の、私の父を助けて下さい!! お願いです、誰か……!!」
噂の聖堂がある街の中心の方角から、走ってくる人影。
何か、助けを求める様子で叫ぶ少女の只事ではない気配に、信心深い街の歩く人々は、彼女を見るなり心配そうに声を掛ける。
いや、見たのは息を切らした少女の、その服装か。
「……これはこれは、最高司祭様の娘様! どうされましたか、こんなにも息を乱して!」
「聖堂……聖堂の中で……!!」
優しい表情の老人に抱えられ、そのままパニックを起こしたまま足から崩れてしまう、最高司祭の娘と呼ばれた少女。
その一連の様子を遠目で見ているエリファ達は、総じて疑問の表情を浮かべていた。
「……何があったんだろう」
「さあ……それよりも彼女、最高司祭の娘とかって呼ばれてたよね?」
「うん、最高司祭って確か、聖堂のお偉いさんだよね?」
「ああ、これは、都合がいいかもしれないな。……待ってくれ、少し考える」
『臆病』が発動したのか、深い思考モードに入って帰ってこなくなるウィル。
その背中を人差し指でつついて、同じその指で少女の方を指さしたクロが、軽い口調で呟く。
「それはいいが、『臆病』よ、あれは止めなくてもいいのか?」
「……? あれ? ――って、君は何をしているんだ!!」
クロが指さした方を向き、少し呆気に取られた後、その顔を青く染め上げるウィル。
エリファもその取り乱し様に、遅れてクロの指さした方を見ると、そこには――、
「ねぇえ? あなた、最高司祭の娘なんでしょお?」
「? あ、は、はい!」
「な、なんだ君は……」
ウィルの思考の時間など気にも留めずに、猪もビックリな猪突猛進具合で、最高司祭の娘に話しかけている『飢餓の絶望』の姿だった。
「私たちが、あなたを助けてあげるから、その代わりにあなたの手を私たちにも貸してくれないかなぁ?」
「貴女は……」
人混みを掻き分け、突然と話しかけてくる場違いな、そして独特な雰囲気を放った少女に驚く最高司祭の娘。
そんな空気の読めないシリアルの飄々とした態度に、娘を心配していた信者達が苛立ちを隠せずに、牙を剥く。
「おいおい、なんだお前は。ただ事じゃねえのは見れば分かるだろ、ガキの出る幕じゃねえんだ、スっこんでろ!」
「そうだ! リリィ様が困ってるのが見えないのか! 信仰者の風上にも置けないガキだな、ほら、失せろ失せろ!」
「――――」
信者達にそう言われ、人混みの中から突き飛ばされるシリアル。
尻もちをついた彼女だったが、暫くそのまま俯いたあと、『異質』な空気を纏い始める。
その悪夢のような前兆に、呆気にとられていたウィルが慌てて動き出し、邪悪な気配を漂わせるシリアルの服の襟を摘んで、引っ張っていく。
「――おいおいおいおい、それはダメだ!! …………いやもうほんとに、皆さんのおっしゃる通りで、はは。ご迷惑をおかけしました、直ぐにこいつは下がらせますのでどうかお気になさらず、ははは」
引き攣った笑みを浮かべながら、どこかカタコトのセリフを吐いて、シリアルを路地裏へと連れていくウィル。
その可笑しな様子に向けられる視線は、それはもう冷ややかなものだったが、なんとか事を起こしてしまう前に撤収させることに成功した彼のことは褒め讃えたい。
人溜まりから離れ、路地裏へとシリアルを連れ込んだウィルは、まずは彼女へと疑問を投げかける。
「君は一体何をしてるんだ、いいや、何をするつもりだったんだ!?」
「最高司祭の娘なら、どうにか私達を聖堂に入れることもできるんじゃないかなって思って声をかけたんだけどぉ、あいつら気安く私の事触るんだもん、ぶち殺したくなるよね。ぶち殺して、咀嚼して、絶望させて――」
ウィルの問いかけに、答えるシリアルだったが、どうも明らかに先程までとは様子が違っていた。
目の焦点が合っていないし、うわ言のようにブツブツ、ブツブツと何やら呟いき続けている。
それにあの場を離れたというのに、『異質』な空気を膨らませ続けている。
それに加えて、
「……花の香り」
何故か匂っている、花の香りをエリファが嗅いでいると、シリアルの様子を見兼ねたのか、『愚者の絶望』であるクロが、静かに近づいていき――、
「引き裂いて、内蔵を舐めて、骨をしゃぶっ……あいた!」
俯くシリアルの両の頬を両手で挟むようにして、ひっぱたいた。
「ほれ、落ち着け。愚かな我でも分かるぞ、今のお前は少し良くない」
「ぶー、だってアイツらが………………いや、ごめん」
「うむ! 素直でよいな」
ひっぱたかれたシリアルはその美しい紅色の髪を大きく揺らして、勢いよく顔を上げた。
驚いて目をぱちくりとさせる、彼女だったが、それによって正気に戻ったのか、『異質』な空気は散っていった。
謝る彼女の背中をクロが摩ると、彼女は呼吸も落ち着いていき、冷静さを取り戻す。
「はあ、あんな人の多い場所で君の『絶望』の力を使えばどうなっていたか……まあいいさ、これくらいなら少し普段より空腹を感じるだけで済むだろう」
「やっぱり今のって、『絶望』の力を使おうとしたんだ……」
ウィルの発言からやはりシリアルは『飢餓の絶望』としての力を使おうとしていたらしい。
『飢餓』の力として覚えがあるのは、あの集団カニバリズム化だ。人と人がお互いを捕食し合う、あの光景の衝撃は忘れる事は出来ない。
あの現象が、この街でも起きてしまうところだったと考えるとゾッとする所じゃ済まない。
「うう、ごめん。ぷっつんってしちゃった。感情の制御が効かなくなると、もうそこからは訳が分からない。『自分の目的の為に手段は厭わない』っていう『絶望』に共通する性質が全面に出てきて、もう止められない」
「……それに関しては僕もわかるから、敢えて何も言わないが、君がしおらしくしているとやりづらいから、もう止めてくれ」
「…………もしかして、ウィル実は『反省しているならもういい、気にするな』って言いたい?」
「なっ……!! ぇ、えエ、エリファ? そんなわけないだろう!? 僕は単に五月蝿くない『飢餓』が鬱陶しかっただけで……!」
「……ふうん」
思ってることを素直に言えないなんて、意外に可愛げのある奴だ。
まあそれはともかく、シリアルの力が発動されなかったことは本当によかった。
しかし、『絶望』の性質――『目的の為に手段は厭わない』というのが彼女の口から出たが、中々に難儀なものだ。
つまり、エリファがシリアルやウィルと初めて遭遇した時は、その『性質』が出ている状態だったのだろうか。
いや、だとしたら何故――、
「まあなんだ、我らの『性質』というのは、扱いが難しくてな。ふとした事で、出てきたり、引っ込んだりするもので……うーん、まあそんな感じだ!」
「説明下手……」
伝わってくるようで、まるで中身のないクロの説明に余計に『性質』がどのようなものなのか分からなくなった気がするが、まあ、そういう事なんだなと、無理やり自分に頭の中で納得させるエリファ。
やはり『絶望』という存在は難しい。
全く別の生き物に感じる。
が、その一方で、『絶望』はどこか――、
「おお、『そく』……じゃなかった、エリファよ、お前意外と辛辣だ――」
「…………あの!!」
エリファの口から漏れ出た言葉に、反応を示すクロ。
そのクロが言葉を言い切る前に、寂れた路地裏に女性の声が響いた。
思考していたエリファ含めて四人全員が、その声の主の方、路地裏の入り口を見る。
そこには、
「……あ、あの、私の父を助けてくれるって本当ですか?」
――息を切らしている、先程まで信者達に囲まれていたはずの最高司祭の娘の姿があった。




