一章第5話 『――お静かに』
「話は聞かせてもらったぞ!」
「お前が、失踪事件の犯人か!」
騒ぎを聞きつけ、村の住人が家から各々の家からぞろぞろと出てくる。
中には、農具等を武器として構えている者もいる。
ユウマとしては、あまり村の人を巻き込みたくは無かったのだが、怒りの余り叫んでしまったし、男の笑い声も未だ響いていた。
攻撃を受けたはずなのに、怒るどころか、心底愉快そうに笑いだした、肌が白く唇を紫に塗った男の言動の不気味さにユウマは顔を顰める。
気でも狂っているのだろうか、いや目の前の男の気が狂ってることは違いない。
だが、ユウマには男の笑い声の裏には、何か黒い、底の見えないものが燻っているように思えてならなかった。
「ははっ、はは――ああ、失礼、名乗り遅れました。私、ヴェルラと申します」
笑いを突如として止め、ユウマの方に向き直り、姿勢を正して、右手で拳を作り、それを胸に当ててやけに丁寧にお辞儀をしながら、奇抜な男は名乗る。
その名乗りを受け、ユウマはついに事の重大さに気づく。
気づいたが、もう遅い。
起きてしまった事実にユウマはこれから起きることに、身体を震わせる。
そんなユウマの様子を見て、ヴェルラと名乗った男はまた、先ほどよりも深く笑みを浮かべる。
「ふふふ、ふふふはははははは! ――理解なされましたか?」
「ま……さか……、いや、もしそうならばなぜ……」
「察しの通りかと思われますが、一応、――――私は『ノワンブール王国騎士団』二番隊隊長のヴェルラです、どうぞお見知り置きを……もうしなくても構いませんが」
「……!!」
奇抜な男の、名乗りの身体の動作で、ユウマは気づいてしまった。
この、お辞儀の仕方は王国騎士団の人員がする作法だ。
つまり、先のユウマの攻撃は、王直属の騎士を傷つけてしまったという――立派な犯罪だ。
「ええ、ええ。そして、騎士団の一人である私に武器を向けた、あなたがたもこの青年と同じく、逆賊なのです」
「な……!!」
「つまりは、犯罪。つまりは、反逆罪! つまりは、――死罪です!」
男の言葉に、村の皆がどよめく。
そんなもの、そもそもの、筋が通っていない。
ユウマと村の住人達の行動は、攫われる同じ村の仲間を救おうとした結果のものだ。
これを犯罪というならば――、
「ふざけるな。お前は人を誘拐しようとした。そちらこそ、犯罪だ! 真に罰せられるべきなのはどっちだ!!」
当然の反論。当然の理屈。
それをぶつけられた男はまたしても笑う。
「ははは、なりませんよ。なぜなら、私の行為は犯罪ではないから」
何を、言っているのだろうか。今の一連の流れでどこをどう見ればそんな解釈に到るのか。
この場にいるユウマを含めた全員が、この男の言葉を理解できなかった。
男は不気味な笑みを崩さずに浮かべたまま続ける。
「私を裁くことは誰一人として出来ない! 」
「どう、いう意味……だ?」
「ええ、ええ。そのままの意味です。私は法を破っていない。――ね? 村長」
「……村長?」
要領を得ない、はっきりとしない言葉を並べる男は、徐ろに、周りを囲む人混みに塗れていた、優しい顔をした老人――バズラに視線を向ける。
バズラは人混みから顔を下にうつ向けたまま、ふらふらとした足取りでユウマとセレマと男がいる空間に出る。
そして、老人は震えながら、重く口を開いた。
「――この男の言う通りだ」
「何故、ですか。――何故なんですか、村長!!」
村長が、この事件に一枚噛んでいるというのか。
あの、この村の誰からも信頼された存在が。
一番に皆から愛され、一番に皆を愛していたはずの存在が。
疑念そして、怒りが溢れ、ある者は膝から崩れ落ち、ある者は泣き、ある者は叫喚する。
自分達が信じた者に裏切られたということと、失踪事件に王国騎士団が関わっていたということが相乗的に精神的ダメージを作り出す。
その威力は計り知れないものだ。
「すまない。すまない。すまない――」
自分を信じて着いてきてくれた、者達を裏切った。
そのことにバズラはただ、涙を流し、身体を震わせ、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り、謝り――――、
「――まあまあ、あんまり、老人を責めないでやってください。この長は、なかなかに賢い、もっと褒めるべきですよ? 彼はあなたがたを守ろうとしたのですから」
「そう……なんですか?」
そんなバズラに助け舟を出したのが、他でもない失踪事件の実行犯であり、王国騎士のヴェルラだ。
「ええ、ええ。私は本当でしたら、あなたがたを直ぐにでも皆殺しにするつもりでした」
さも当たり前かのように言い放つ男に、本格的に悪寒が走る。
この男は命というものをなんだと思っているのか。
「ですが、この御老人は事前に気づかれた。私達が、この村を秘密裏に消そうとしていることを」
「……」
「ええ、ええ。まさか、まさかでしたよ。一体何処から情報が漏れたのか、細心の注意は払ったつもりでしたが」
「だが、止められなかった、だからわしは――」
静かに目を閉じ、持っている木製の杖に体重をかけながら、バズラが掠れた声で割って入る。
「――商談を正式に持ちかけたのだ」
「へ?」
全く、理解が追いつかない。
『皆殺し』と『商談』がどう結びつくというのか。
村人達が、ただ呆然としている中、唯一ユウマだけが、この二人が言おうとしている事を今までの流れから汲み取り、震える声で呟いた。
「そういう……事だったんですね村長」
「……?」
「おや、大分、貴方も。ええ、ええ。聡明なようだ」
理解したユウマは、村長への怒りを、憐れみに変える。そして、男への怒りを再熱させる。
そんなユウマの口調に表れた心情の変化を読み取り、ヴェルラは不快な笑みを崩さぬままに感心した様子で頷いた。
「商談……つまり、村長。あなたは――僕達を売ったのですね? それも、一日の販売数に制限をかけて」
「……!?」
「この国では、人身売買は禁止はされてはいない。この騎士が僕達を皆殺しにするという計画を立てていたとしても、王都で正式な手続きを通した商談を持ちかけられれば、無視はできない」
「ええ、ええ」
「それに、一日の販売数に制限をかければ、一度に大量に殺されることも無く、商品となった僕達を買わずに傷つけることは許されない。僕達は法に守られていた」
「その通りだ。だが、同時にこの者達の行為も法で守ることになってしまった」
これが、この失踪事件の大まかな貌のはずだ。
村長の行為は、ただの延命処置でしかない。
しかし、そうと分かっていても、こうするしかなかったのだろう、なんせ王国騎士団が関わっているのだから。
出口のない部屋に閉じ込められ、そこに毒ガスを注入されれば、いずれ死ぬと理解していても、来ている服で口を覆い、少しでもその時を遅くするのと同じだ。
むしろ、村ができるだけ存続するような道を選んだバズラの判断は長としては正しいことだろう。
「ええ、ええ。お見事ですよ、黒髪の青年さん。大体的を得ています」
ヴェルラはユウマにわざとらしく大袈裟に拍手を贈る。
いちいちこの男は憎たらしくて仕方が無い。
そして、事件の流れはある程度把握したが、それでも分からないことはある。
それはズバリ、この男、いや、騎士団が関与するくらいの動機だ。それも、わざわざこんな忘れ去られた辺境の村まで来る程の。
この村の存在をはっきりと確認しているのは、限られたラインの貿易商の数人だけだろう。
旅行をしに来るものも殆どいない。昨日、紫の火の玉の使い魔を連れた、白黒のドレスのようなものを着た、珍しい体裁のエリファと名乗る少女は例外として、この村を訪れたが。
ともかく、こんなにも認知の薄い村に王国の手足を伸ばす程の理由が必要だ。
「ええ、ええ! 皆様のその表情。我々が何故、この村を標的にしたか……知りたそうですね?」
ユウマ含め、周囲を見渡した男は、その心中を察したのか、何故か、興奮気味で今まで以上に頬を吊り上げながら口を開く。
「ええ、ええ。ならばお教えしましょう!それは 実に、実に簡単なことです」
「――魔力の核。わかりますか、魔力の核。ええ、ええ。その通り、魔力のある人に必ずある、その中心器官です」
「――――は」
ユウマが間抜けな声を漏らす。
魔力の核がどうしたのか。そんなものは、男の言葉通り、魔力のある者には必ずある器官だ。
一言で言えば、ありふれている。
そんなに珍しくもない物をこの男は、王国は欲しがっている――。
そこまで思考して、ふとユウマは思い出す。
この村にはあるじゃないか、他の村や街とは決定的に違う特徴が。
「――魔力……の質が高い?」
「ビンゴ! さすがは賢明なお方だ」
「つまり――」
「私達はあなた方の魔力の核を取り出し、何故生まれながらにしてこの村の者達は皆、魔力が高いのか、それの原因究明。そして、様々な実験に使うのが目的です」
魔力の核という器官は命と直接結びついているものだ。だから、この男はこの村を滅ぼすと言ったのだ。
良質な魔力の核を手に入れるために、人を殺すと。
命と私利を天秤にかけ、私利を取ったのだ、この男は、この騎士は、この国は。
「腐っている……」
自然とポツリとユウマの口から漏れ出た言葉。
その言葉を聞いてもヴェルラは悪びれる様子もない。
「なにはともあれ! この意味の無い延命ももう終わりです。ええ、ええ。合法的にやっと片付けられる」
「――――るな」
「はい?」
「ふざけるな! それがお前らの、国のやることなのか! 騎士は何よりも領民を守るべきものじゃないのか! 一体、俺達の命をなんだと思っているんだ!!」
「――五月蝿いですよ」
ドスッ。
ユウマが再び目の前の男に対して怒鳴りつけると、男の吐き捨てた言葉と共に突如、鈍い音が鳴り、次第に、左の脇腹に強烈な熱と痛みが生じる。
その衝撃でユウマの身体のバランスは崩れ落ちた。
突然の痛覚に、身体を強ばらせながら、その痛みを感じる腹部へと目を向けると、そこに、一本のナイフが突き刺さっていた。
突き刺さった箇所から、じわりと服に血が滲み出る。
自分でも信じられない量だ。
そして何よりも、その事実を視覚で理解してしまった。
時に、視覚がどの感覚よりも、人に苦痛を、認識という苦痛を与えることがある。
ユウマにとって今がその時だった。
目で現状を捉えたことによって、自分の身に何が起こっているのかを理解してしまった。
その途端、痛みと熱が、より明確なものになり、ユウマの意識をそれらが支配する。
「がぁあああああぁぁああ!! ぐっ、あああぁぁあっぁああああ!!!」
「おやおや、余計に五月蝿くなってしまいましたか」
ユウマが苦痛の叫びをあげる。
そんなユウマの絶叫を聞いても、ヴェルラ何とも思わないのか、冷静な様子で、そして、笑みを絶やさない。
それどころか、
「静かにしてください」
ドスッ。ドスッ。
ヴェルラはもう二発のナイフを腹を押さえて地面に蹲るユウマに投げつける。
「ごぁっ、ぐううぅぅっ! がはっ、ぁ、……」
新たな痛み、新たな熱。
だが、ユウマがそれを感じたのは一瞬だけであった。
生まれた痛みと熱は元々の痛みと熱と一体化し、増幅し、ユウマの許容量を超えた。
許容量を超えた激痛は、ユウマの意識を奪っていく。
周りの音と光が遠ざかり、やがて身体を強張らせる力も闇へと失われていく。その落ちる感覚の波に一度乗ると、痛みさえも感じなくなる。
全ての感覚が遠ざかる。
徐々に、徐々に、徐々に――、
「――やっと静かになりましたか、ああでも、私を攻撃したことなら自分を責めることはありません、この状況は全部私が仕組んだことなのですから」
その言葉を聞いたのを最後に、ユウマの視界は暗転した。