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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第三章『神の居る街』
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三章第5話  『パンドラの箱』




「……うん、ここまで来れば大丈夫かな」


 警備の目から隠れるため、闇夜に紛れて移動してきたエリファとウィル。

 騒ぎを起こした広場からある程度離れた地点でウィルが立ち止まり、エリファに声をかける。


 今頃、街の中心に位置する噴水広場はひび割れ捲れ上がった地面に大騒動だろう。

 振り返ると、兵士が調査の為に灯りを持ってきたのか、少し離れたこの場所からも、広場の辺りが一際明るく見えた。


「……で、あいつは何者?」


「ああ、そうだね。色々とエリファには説明しなくちゃ」


 当然のように浮かぶ疑問。

 正直、エリファは一応に冷静ではあるが、状況に着いていけているかと言われると、頷くことは出来ない。

 なにせ、突然、危険存在指定の『絶望』が現れたかと思うと、それを追った何者かの襲撃に巻き込まれ、挙句の果てに、騒ぎになったための逃亡だ。何が何だか。


「……何が何だか分からない、って感じの顔だね」


「私、そんなに表情変えてないと思うんだけど」


「わかるよ。エリファは確かに基本的に昔から無表情だったけど、僕にはわかる」


「…………」


 昔、と言われてもハッキリとは分からないのだが。

 分かっていたことだが、生前のエリファは何やらウィルと接点があったらしい。

 それも、軽い関係じゃない。もっと、密接な何かが。

 『今の私』には何となくわかる。

 ウィル・ライストンのことは敵対視していたが、今は何やら親しみといった感情が湧き上がってくる。

 残念ながら、エリファにはウィルに親しみを覚えるような出来事の記憶はないので、間違いなく、生前の、それこそ魂に刻みつけられた記憶に起因するものだろう。


「で、あいつは結局のところ何?」


「そうだね、あいつは『組織』の一員だ」


「『組織』?」


 石で出来た廃墟であろう家の外壁にもたれ掛かって、腕を組んだエリファが今一度、襲撃者の正体を問うと、ウィルは花壇に座って答える。

 すると、またも彼の口から飛び出すのは聞きなれない単語。

 『組織』という名前からして、何かしらの集団であることは間違いないが。


「ああ、そこで、エリファの力を貸して欲しいんだ」


「……ちょっと待って、話が飛びすぎ」


「うん、後で順を追って説明するよ。まず、エリファに手伝って欲しいのは――」


 そこでわざとウィルは間を持たせて、改めて息を吸い込んで、


「――とある『箱』。()()()()の奪還だ」




※※※※※※※※※※




「…………パンドラ?」


「その様子だと、『箱』のことは思い出せてなさそうだね」


 ウィルが言う通り、そんな言葉は記憶にない。

 だが、何か頭の中に引っかかるのも事実。

 この違和感にはいつまでも慣れない。記憶の、否、魂の奥に忘れ去られた記憶が、ここだここだ、と自己主張してくるようで、それでも、結局引っ張り出すことは叶わない。


 違和感というよりも、不快感に近いそれにエリファが眉間にシワを寄せ唸り始めると、ウィルは両手を顔の前で大きく振って、


「ああいや、無理に思い出さなくていいんだ。多分、もう少ししたら今のエリファなら自然と思い出せるだろうから」


「……そう」


「それより、その『箱』、通称パンドラは長いこと行方不明だったんだけど……さっきの野蛮な女が身を置く『組織』が、最近、手に入れた。という事を耳にしてね」


 優しい表情から、少し引き締まった顔になるウィル。その表情からも、事の重大さを図ることは出来たが、エリファにはまるでその内容が分からない。

 興味を持ったエリファは、より一層、彼の言葉に耳を傾ける。


「……それで」


「うん、パンドラは……少々、僕ら以外の手に渡ると厄介な事になる代物なんだよ。下手したら――」


「……下手したら?」


 今宵はかなり冷えた風が吹いていた筈なのだが、今だけは生温く、不気味な風が肌を撫でた。

 それから、深刻な表情を浮かべたウィルの色白の肌を一筋の汗がつたい、


「――世界が、壊れかねない」


「世界が……壊れる?」


 何やら突拍子のない話だ。

 『箱』が、ウィル達、多分『絶望』達の手から離れる、それだけで世界が、エリファが立っているこの世界が、壊れるなど。

 聞いた瞬間、冗談だ。とも思った。

 しかし、彼の真剣な表情を見るととても嘘とは思えなくて――、


「……信じられないかい?」


「少し、いや、全然」


「だろうね、僕自身も何言ってんだろうって思うよ。でも本当なんだ」


「……じゃあ、それがもし、本当なのだとして、そのパンドラっていう『箱』は何? その中には何があるの? それがなんで世界を壊す程のものなの?」


 浮かんで出てきた疑問を次々とウィルにぶつける。

 それを聞いたウィルは、その通りだ、と言わんばかりに強く頷いて、受け止める。

 受け止めた上で、提案する。


「それを説明する前に、一応、僕の協力者も紹介しておくよ。そいつにも、もう一度この説明を聞かせてやった方がいいから」


「――ちょっとお、失礼じゃない? ちゃんと『箱』のことくらい分かってるのに」


 先程までエリファの生体センサーには何も引っかかっていなかったのにも関わらず、突如として闇夜から姿を現すその声の主。

 見覚えと聞き覚えがある。

 嫌という程にエリファの記憶に鮮明に焼き付いた姿と声。


 やってきたのは一人の()()だ。

 腰まで垂れた紅色の髪に黒色の花の髪飾りをした少女。ぱっちりとした大きな瞳は、毒々しく紫色を輝かせている。

 彼女が身に纏う装束は、微妙に露出の高い、袖と本体が分離した珍しい形状の黒を基調とした衣装。

 美しくもどこか危なげな花を連想させる彼女もまた、前に出会った時とは随分と落ち着いていて――、


「ほんとにエリファだあ! 会いたかったよお……というよりも、エリファ雰囲気変わった? その冷たい感じ、前のエリファみたい……私はこっちの方がやっぱ好きだなあ」


 ウィルから視線を外し、エリファの方へと振り向いたかと思うと満面の笑みを浮かべながら、抱きついてくる少女は、そう、


「『飢餓』……」


「覚えててくれたのお? 嬉しい〜!」


 アンナ領での、人食い事件を起こした張本人――『飢餓の絶望』シリアル・ファングリル、その人だった。


「……ねえウィル、『飢餓』が協力者なの?」


「ああ、僕も彼女のことは嫌いだから、普通は協力なんてしないんだけどね。今回ばかりはそうは言っては居られない状況なんだよ。……安心してくれ、シリアルは戦闘においては本当に役に立つ」


「ちょっとお、私の事嫌いって言った!? 私はウィルとも仲良くしたいのに!」


 そうやって頬を膨らませる彼女からは、ウィルと同様、出会った時と比べて纏っている異様な空気の濃度が低いように感じる。

 現に、アンナ領での彼女の理性のタガが外れているような、そんな言動は今のところない。


「僕にそんなつもりは無いよ。……さて、シリアルも来たことだし、『箱』――パンドラの説明を始めようか」


「お願い」

「はいはーい!」


 壁にもたれていたエリファがウィルの座る花壇とは別の花壇に、彼と向かい合わせになるように移動すると、元気よく返事をしたシリアルもそれに合わせてエリファの隣に座る。

 意外にも素直な様子だ。

 シリアルの無邪気な態度からはどこか幼さを感じるほどである。


 やがてウィルは、エリファとシリアルが話を聞く体勢を整えたのを確認すると、静かに頷き、ゆっくりと口を開き始めた。


「……まず簡単に。『箱』、通称パンドラの中身についてなんだけど――」


「はい! それ私知ってる! たしか……ありとあらゆる脂肪が入ってるんだよね!」


「うん、全然違うね、少し黙ってようか」


「ぶーぶー」


 自信満々に答えるシリアルだったが、ウィルにすぐさま一蹴され、またもや彼女は頬を膨らます。

 元気なことは結構だが、確かにウィルの言う通りこのままでは話が進まないので、少し黙っていて欲しいところだ。


 ウィルは、一つ咳払いをして続ける。


「おほん……気を取り直して。パンドラの中には……この世のありとあらゆる『絶望』が詰まっていた」


「ありとあらゆる、『絶望』……それって――」


「――ああ、つまりは『僕ら』、さ。僕たち『絶望』は本来、『箱』の中の存在なんだ。……ああ、『箱』はもう一つの世界のようなものだと思ってくれていいよ」


 『箱』、もう一つの世界、『絶望』と、なにやら頭がこんがらがってくるような気もするが、つまりはそのパンドラという世界に、『絶望』達が閉じ込められていたということか。

 でも、それだと一つ大きな疑問点が浮かんでくる。


「でも今、ウィル達はその『箱』から出てるよね?」


「そうだね。……ある日、固く閉ざされていたパンドラの蓋が突然、何の前触れもなく開いたんだよ、何故だかはわからないけどね。勿論、その時に『絶望』はこの世界にひとつ残らず解き放たれた」


 なるほど、『絶望』は異質な存在であるから、封印のようなものを施されていたということか、しかし、その封が原因不明で突如開いた、と。

 思わぬタイミングで、『絶望』という存在の出どころを知ったエリファは、わずかながらその表情を驚きに変える。


「けどね、ここまでは良いんだ。ただの前提の知識だから。ここからだ、パンドラの箱を奴らに奪われたら、世界が壊れるかもしれないという話は」


 ウィルの顔が一層険しくなる。

 そうだ。蓋が開かれて『絶望』がひとつ残らず飛び出たのなら、その箱の中身は今は何も無いはずだ。

 しかし、空の箱が、とある組織の手に渡ったからといって、世界を壊せてしまうなどとは到底思えない。


「ということは……」


「――そう、あの箱は空っぽなんかじゃないんだよ」


 空っぽじゃない。それはそうだ。

 『絶望』達が閉じ込められた世界――『パンドラ』。

 考えるだけでもおぞましい世界だが、それだけでは無い。『絶望』だけでは世界は保てないのだから。


「あの世界にも……パンドラにも『希望』はあった。僕ら『絶望』でさえ、『希望』を捨てきれなかった」


 『絶望』の対、『希望』。

 『絶望』がある所に『希望』あり。


「……『絶望』から生まれる『希望』もあれば、『希望』から生まれる『絶望』もある」


 これはエリファが旅の中で気づいたことだ。

 濃い『絶望』に行く手を阻まれているからこそ、一筋の『希望』を思い描き縋ることもあれば、遠すぎる『希望』を描いた為に、その身を『絶望』に落とすこともある。


 そんな、エリファが無意識的に呟いた言葉に、ウィルは頷き、


「その通り。……難しく言い過ぎたね。ここからは簡潔に言おうか」


 少しの間。

 その沈黙に、エリファはただじっと耳を傾け、隣に座るシリアルは無垢な瞳でウィルを見つめた。

 その視線を受け止め、ウィルは再び口を開き、


「ありとあらゆる『絶望』が飛び出した後、再度封印が為された。そしてパンドラには『希望』だけが残った。……一際輝く、どこまでも濃縮された『希望』が」


「――――」


「……今、その箱の蓋がもう一度開かれれば、その『希望』はこの世界に飛び出し、救世を開始するだろう、僕ら諸共、全ての生命に――――大いなる『浄化』をもって」




 どうも、作者の折時異音です。

 ここで一つ言っておきたいことがある!!


 ……よく間違えられるのですが、時折ときおりではなく、折時おりときです。

 「ことね」でもありません、「いおん」です。

 折時異音おりときいおんです!!


twitterもやってるから、フォローしろよな!!(突然の謎テンション)

@ionoritoki


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