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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第二章 『灰色の王国』
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二章閑話  『白雪の中で』




「……なあ、相棒。知ってるか? 最近、急速に()()()を上げてる例のやつ」


 焼き菓子を片手に、三人用のソファの真ん中に座った黒髪の青年が、前屈みになりながら問う。


 クラスとは、色んな特殊な存在が蔓延るこの世界における、物事の指標の一つである。

 簡単に言うならば、どれだけその存在が危険であるかそうでないか。

 生物か無生物かは問わず、最も危険指数の低い『無危険存在(ノークラス)』と、『九級危険存在(ナインクラス)』から『一級危険存在(ワンクラス)』までの段階に分けられる。

 最も危険とされる『一級危険存在(ワンクラス)』は世界を滅ぼしかねない存在で、『無危険存在(ノークラス)』は家畜だったり、食器だったりと日常生活によく利用されるものが位置する。


「噂には聴いているが、そんなにやばいもんなのか?」


 そんな、『無危険存在(ノークラス)』に位置していたとある存在が、最近急速にランクを、つまり危険指数を上げていた。

 それは、本当に何の危険性もない、暗い場所での光源や、エネルギーとして利用されるだけの、『幽鬼(ゴースト)』と呼ばれる存在だ。

 

 『幽鬼』は昔から存在していたし、今までの歴史の中で、何か事を起こしたことはなかったはずだ。

 ――それが今になって急にどうして。

 この疑問こそが、()()が話題性を持つ理由の一つだろう。


 疑問や違和感は、人々の好奇心を刺激し、やがて、噂となって、蔓延し始める。


「実際のところはよく分からない。ただの『幽鬼』だと思っていたら、そいつ、実はかなりの特殊な魔術を使うらしくてな。聞いた話によると、ノワンブール王国の王も、一目置いているとかなんとか。さらに、『二級危険存在(ツークラス)』と二回遭遇して生存しているとか」


 あまり確証のない話だ。

 ノワンブール王国の王といえば、素性が謎だらけな事で有名だし、『二級危険存在』に至っては世界を滅ぼしかねない存在の一歩手前だ。

 そんな奴らと遭遇して、『無危険存在』である『幽鬼』が生き残れるはずがない。


 二つのコーヒーカップと、焼き菓子のちょっとした山が置かれたガラスのテーブルを挟んだ向かい側。

 相棒と呼ばれた金髪のガタイのいい青年は、深く背もたれに背中を預けて足を組み、でかい態度で、黒髪の青年の話を聞いている。


「しかも、その『幽鬼』。この大陸に移動していたらしい。そこかしこで、噂が聴こえてくる」


「なに? この大陸に?」


 そう言いながら、豪華な装飾の部屋に取り付けられた窓を見つめる黒髪の青年。

 それに吊られて、金髪の青年も、疑問を口にしながら窓へと視線を移す。


 窓から見えるのは曇りなき晴天。


「ああ。……『無危険』から『五級』まで上げた少女の姿をした『幽鬼』。……『幽鬼の姫(ゴーストプリンセス)』、か。()()の予感だ」


 青い空を見つめながら、黒髪の青年は、荒れの予感などと、的外れな事を呟いてみせた。



※※※※※※※※※※



 雪が降っている。

 ふわふわと落ちてきた白雪は、地面にその色で優しい絨毯を作る。


「――――」


 不意に、その柔らかな地面に鮮やかな赤色が混ざった。

 暖かな赤は、冷たくも優しい白を溶かし、残酷で美しく滲む。

 たった今、命の線が切れてしまった身体も、慈悲深い白に包まれて眠りゆく。


「な、なんなんだよ、お前。なんでお前みたいな奴が、俺らを狙う!? お前には関係ないだろうが!」


 ――何故。

 目の前の生命は、そう問うた。

 

 聞くまでもないことだろう、と。

 へたり込む男を、雪よりも冷めきった青の瞳で見つめる。

 そこに、感情はない。

 今から殺す生命に、同情することが無駄だからだ。


 黒の剣を四つ、背後に浮かばせて、雪に小さな足跡を付けながらにじり寄る。

 見開いた目に涙を浮かべて、「やめろ」などと宣うが、そんな言葉も、液体にも、意味はない。


 言われた通り、何も個人的な関係はない。

 今日、出会ったばかりであるし、そもそも喋ったことも無い。

 言うなれば『赤の他人』。

 そう、あの場所で、すすり泣いているのを見ただけだ。

 それも一瞬。何となくたまたま通りかかっただけ。


 でも、それが、こいつらの運命が決まった瞬間だったと言えよう。

 現に今、生命を追い詰めている。

 現に今、生命が絶たれようとしている。


 長い沈黙の後、ついに冷めた瞳の少女は口を開き、遅すぎる質問への回答を呟いた。


「――私がしたいからするだけ」


 そう。本当に、ただそれだけなのだ。

 それ以外に、これといった理由はない。


「なん……ぁ」


 彼女が、手を振りかざす。

 それは、とてつもなく小さな動きだったが、確かに命令を受け取った四つの剣は、その命令に沿って目の前の生命を深々と貫いた。


 また、一つ、赤の大きな斑点が、ごぽごぽという泡の音と共に白の絨毯へと広がる。

 それを気にも留めず、彼女――エリファは、今しがた殺した相手の服を漁り始めた。


「……あった」


 やがて、上着の裏ポケットに目当ての物を見つけると、これまでの冷えきった表情から一転して、優しい表情を浮かべる。


「――なんだこれは!?」


「……!」


 誰かが知らせたのか、通りかかったのか、騒ぎを聞きつけ、やってきた衛兵が、目の前に広がるあまりの惨状に愕然と立ち尽くす。

 エリファは衛兵の姿を見るなり、軽い身のこなしで路地裏を抜け、その場を後にする。


「今のはもしや、『幽鬼の姫』か……?」


 駆けつけた衛兵は、そんな『幽鬼の姫』の後ろ姿をただ見つめることしか出来なかった。



※※※※※※※※※※



 ――まだ泣いてる。


 破壊された家の瓦礫の前に座って、母親を殺された少女は座り込み、何かに縋るように泣いている。

 偶然立ち寄った町で、偶然その場面を見かけただけの少女。

 エリファは肩を震わせるその少女に近づき、顔を覗き込むようにして話しかける。


「……はいこれ。これの他は帰ってこないけど」


「これ、は……」


 彼女の母親から、先の集団が取っていったペンダント。

 それを渡して、エリファのしたい事は満たされた。

 だからもうこれ以上は必要ない。


「……待って!」


 故に早く去ろうとするエリファ。

 その背中に、少女は声をかける。

 しかし、エリファの足は止まらない。

 そんなエリファの後ろ姿を見て、諦めたのか、それとも気力が残っていないのか、再度声を投げられることはなかった。


 ふと、少女から離れて、街の出入り門をくぐった先で、その門の柱の裏側にもたれるようにして立っていた長身の男に声をかけられる。


「――で、姫のやりたいことは終わったのか?」


「うん。ばっちり」


「なら、いいけどよ」


 門の外で待機しているようにお願いしておいた、長身のサングラスをかけた男――ザガは、律儀にずっと動かなかったのか、頭や肩に雪が積もっていた。

 彼の吐く白い息を見て、エリファは寒い中、悪いことをしてしまったなと罪悪感を覚える。


「まあ結構、姫も鬼畜だぜ。門の外で見張ってろなんてよ。じっとしてると結構さみぃ」


「……ごめん。ありがと」


「――俺、今、とんでもなくあったけぇ」


「?」


 彼には確かに迷惑をかけてしまったので、素直に感謝したのだが、なんだかよく分からない言葉で返されて、戸惑う。

 疑問をうかべたエリファに、横からもう片方の柱の影に隠れていた少年が、納得いかなそうな様子で、


「自分もちゃんとエリファさんの命令、守ってたっすよ! ずるいっす!」


「……?? レンもありがと」


「――自分、今、死んでもいいっす」


「え、やめて」


 お礼を言っただけで、この二人は何を訳の分からないことを呟くのか。

 そうやって、何やら釈然としない気分になるエリファは、自らの態度が、主を愛する従者に対してどれほどの攻撃力を持っていたのかに気づかない。


「……よく分からないけど。それじゃ、行こっか」


「行くって……どこに?」


「次の街。もうここには居られないから」


「おいおいおい姫。まだこの街に来て三時間くらいしか経ってねえぞ!? しかもその内二時間くらいは俺たち門の外だったぜ!?」


 本当に悪いと思っているが、人を殺した挙句、運悪く衛兵に『幽鬼の姫』とバレてしまった。

 すぐに逃げ出したのだが、気温の変化にはかなり強いから、あまり服装を変えていなかったからか、即バレだ。

 そろそろ、ザガとかローレンスが寒さ対策で厚着しているみたいに、自分の身分隠しの為にも、服装を変えるべきか。

 『幽鬼の姫』というのが有名になるのは、むしろ願ったり叶ったりなのだが、街に来て数時間でこういう状態になるのは大事な時に困る。

 自分が『幽鬼の姫』だということがバレるのは、なんなら必要な時だけで構わない。


「まぁた、問題起こしちゃったんすか………………お茶目で可愛いっすね!」


「…………どや」


「おぉい、褒めるところじゃねぇよな!? ローレンス! あんまり姫を甘やかすんじゃねぇ! 姫が勘違いしちまうだろうが!」


「ほら、『可愛い子には死ぬほど甘やかせ』って言うっすよね?」


「『可愛い子には旅をさせよ』ならともかく、そんな親バカすぎることわざは聞いたことねーよ!! ……あ」


 エリファとローレンスのやり取りにツッコミを入れるザガは、一通り叫んだ後、少しの間を空けて長身の男の姿から、いつもの紫の火の玉へと戻ってしまう。

 その際、頭や肩に積もっていた雪も、ごそっと落ちるのが中々にシュールだ。


「――じゃあ、出発」


「おう……あ! さては姫、元々、こうなるって思って、街の外に俺達を待機させたな!? すぐに逃げれるように」


「……ザガ、置いてくよ?」


「少しくらい待てよ! 結構、名推理だと思うぜ? ……なあ、ちょ、おい、待ってくれ!! 無視すんなよ!」


 実のところザガの推理(?)は、当たっている。

 エリファは、もしかしたらの時に備えて、すぐにこの街を離れられるよう、二人を門の外で待機させていたのだ。

 騒ぐザガにもローレンスにもエリファは、しっかりと謝らなきゃいけないのだが、


「無視とかそういうのじゃなくて、状況的に構ってられない。……複数の生体反応がこっちに来てる」


 エリファが常に周囲に張り巡らせている生体センサーに引っかかっている複数の反応。

 その複数の反応の一部が、エリファ達のいる門の方角へと近づいてきていた。

 多分、衛兵だろう。このままでは、衛兵達の視界内に入ってしまう。

 そうなると、しつこく追われかねない。


 だから、そうなる前に今は――、


「……ザガ、ローレンス、走るよ」


「了解っす!!」


「良かった、姫に嫌われたのかと思ったぜ。そういうことなら、俺は浮いてるから走らねえけど、急ぐか!」


「今回は私が悪いし、嫌うわけない。……それに、こんなことで嫌ってたら、ザガとは既に絶縁してるから大丈夫だよ」


「安心させるか、不安にさせるかどっちかにしろよ! 俺、そんな姫に普段からハラスメント行為してたか?」


 エリファの大丈夫だといいながらも毒を含んだ言葉に、ザガは声を張り上げるが、それからすぐに、自身の今までを振り返り、不安そうにする。

 そんなザガの様子に、エリファは、くすりと笑い、


「ふふ、冗談。……半分は」


「ほっ、そっか、冗談か。……って最後なんて言った?」


「――エリファさん、ザガさん、二人で盛り上がるのもいいっすけど、このあたり、雪原で障害物が無くて隠れられないっすから、とにかく離れるしかないっすよ!」


「そうだね。……スピード上げるよ」


 そうして、三人(二人+一匹)は、雪に足跡を付けながら走っていく。

 幸い、最近に人が通った形跡があり、足跡はそれに紛れてエリファ達のものだと特定は出来そうにない。


 ――ノワンブール王国を離れ、新大陸にやってきて、約五ヶ月。


 この約五か月間、訪れた街や村で何かしら問題を起こし、逃げるようにして次の街や村に転がり込むといった事が割とあった。

 ここ直近二週間は特にそうだ。

 そろそろ、自重しなければ。


「次の場所は、ゆっくり出来るといいな……」


 ぽつりと呟いたその声は、自分達が雪を踏む音と、吹いた冷たく乾いた風によって掻き消された。





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