二章第41話 『タイムリミット』
「は、ははは、ははははっ、はっはっはっ!!」
「何がおかしい。あまりの戦力差に頭がおかしくなったか?」
「――あまりに滑稽。ただそれだけだ」
三人+一人の姫、恐らく王都の最高戦力であろう四人を前にして『黒』――ガゼル・グレイドは笑う。
「そんなに気にするな。そら、俺を倒さないといけないんじゃなかっ――」
「……『咎人の剣』」
「はっ、『幽鬼の姫』。お前は本当に不意打ちが好きだ、なあっ!」
話を聞くつもりもなかったエリファによって、突如として生成し投げ飛ばされた二本の『咎人の剣』。
だが、それに気づいていた『黒』は、目を見開き、頭と胸に一直線に向かってきた剣を、腰の剣を使って、弾く。
そこに間髪入れずに追撃を行うのは『炎の巫女』ライフェナだ。
彼女は『覇龍の大剣』に炎熱を纏わせながら、爆発の威力を利用して急激に加速し、『黒』へと飛びかかる。
「でやあああっ!」
「今のお前は鈍いと言ったはずだ」
しかし、その攻撃は先程と同じように最小限の動作で躱されてしまう。このまま勢いを殺せなければ、また瓦礫の山へと突撃だ。
「くっ――! ……すまない! リアリナ、お前の身体借りるぞ!!」
「ええ! ……ま、散々、可愛いと言っていた妹に対してどんな仕打ちかと思いますけどね」
その勢いを殺せずに飛んでいくライフェナの前方に構えていたのはリアリナだ。
リアリナはライフェナと何やら会話した後、その場で四つん這いになって笑みを浮かべた。
「まさか……」
その次の光景を想像して、言葉にし難い感情を抱くエリファ。
「後で、いい茶菓子をくれてやる!」
「あら、嬉しいです。それではどう、ぐぇっ」
そしてその想像通りのことが視界内で起こる。
四つん這いになったリアリナに、空中で身を翻したライフェナが激突。
そのままライフェナは、思い切りにリアリナの背中を蹴りつけ、跳ね返るようにして、『黒』へともう一度、飛びかかる。
その後ろでは、見事に踏み台となったリアリナが腹を抉られ、血を盛大に噴出しながら、吹き飛ぶが、数秒後には元通りの傷の無い身体にもどっていた。しかも、満面の笑顔で。
「うわあ、エグい……」
妹を躊躇無く殺して次の攻撃に繋げるライフェナ。
さすがにこの戦法にはドン引きだが、その甲斐あってか、二度目の突撃に『黒』は躱しきれず、剣を打ち合う形になっていた。
「はあああっ!!」
「ぐっ! 馬鹿げているな……!?」
同感だ。
エリファは頷きながらも、『黒』の握る剣がライフェナの『覇龍の大剣』に押し切られるのを見た。
後ろにノックバックし、足の裏を地面に擦らせながら、大きくバランスを崩す『黒』。
しかし、ライフェナの炎熱が直撃したかのように見えた『黒』に、目立った外傷はない。
「ふむ……随分と硬いな」
「ライフェナ。あれ、魔導具みたい。どういうものかはわからな――」
「……随分と楽しそうに会話をしているなぁ!」
『黒』が身に纏う、ゴツゴツとした黒い鎧。
それは魔導具で、なんらかの原理でエリファ達の攻撃によるダメージを和らげている。
そういった情報をライフェナに共有しようとしたところで、『黒』はエリファに詰め寄り、剣を振る。
しかも、魔力をしっかりと纏わせている。
「はい、ぴょん」
『黒』の剣が振り返るエリファの身体を捉えようとした瞬間、エリファがそこから姿を消した。
否、吹き飛ばされていた。ほぼ同時に遠く離れた位置で瓦礫の山が爆発を起こす。
「めんごめんごぉ、こうなっちゃうからぁ、『時送り』って使いにくいんだよねぇ。でもぉ、緊急事態だったからいいでしょぉ?」
『黒』から遠く離れた位置で爆発した瓦礫の中から出てくるエリファ。
そのエリファの身体の状態を見て、レヴィアナは口に手を当てて驚く。
「……てあれぇ? 無傷じゃん」
エリファという魔力の塊がぶつかったことにより瓦礫は爆散したものの、『幽体』には何の影響もなく、物理はちゃんと無視されている。
エリファの体質魔術『完全幽体』の効果を見て驚くレヴィアナ。
飛ぶように軽い身のこなしで戻ってきたエリファは、そのレヴィアナに訝しげな表情で問う。
「…………今何したの? ビックリしたんだけど」
「今のはぁ、弱い魔力弾を当ててぇ、そのまま飛ぶ時間を加速させてぇ、剣を避けさせたのぉ。ちゃんとぉ、時の加速は剣を避けれた所でぇ、止めてるんだけどぉ、周りの時は加速してないからぁ、相対的にぃ吹っ飛んだんだよぉ?」
「……?」
「んー、ちょっと難しかったかなぁ? まぁ、扱いづらいってことだよぉ……ていうかぁ、こっちもぉ、無傷なのに驚きなんだけどぉ」
エリファは『時』の力を持っている訳では無いし、なんならこの目で見るのも初めてに近いから説明を受けてもよく分からなかったが、助けようとしてくれたらしい。
実際に、あの剣をそのまま受けていたら、これより酷いことになっていた。
というよりも、これは――、
「実は……相性いい? 私は『完全幽体』っていう物理攻撃を無効化する体質魔術を持ってるの。だからどんなに瓦礫に突っ込んでも魔力がある限りは、ノーダメージだよ」
「へえ、『完全幽体』、体質魔術ですか。珍しいものをお持ちですね。あ、どうも、先程はお見苦しい所をお見せしました」
「リ、リアリナ……さっきのはもう大丈夫なの?」
「ああいえ、身体に関しては元通りなので何の問題もそもそも無いんですが、久々のライフェナ姉様のああいう扱いに、気持ちよくなっ……な、なんでもありません! 私は大丈夫です」
「なんていうか……その、リアリナってヤバい奴だったんだね」
何か得体のしれないものを恍惚とした表情で口から漏らそうとしたリアリナは、言いかけたところではっとしたのか、必死に繕うが、もう遅い。
もうエリファの中のリアリナの印象はヤバい奴の仲間入りだ。
「リアリナ姉は変態チックだからねぇ。それはそうとぉ、『完全幽体』とかいいこと聞いたかもぉ。あとぉ、今もぉ、助けて欲しいかもぉ」
あまり声色は今までと変わっていないが、助けを乞うレヴィアナ。
何を隠そう、レヴィアナは会話しながらもずっと『黒』の斬撃から逃げていた。
「どうした、お前は反撃しないのかレヴィアナ・フラクトール・ホワイト!」
「私ってぇ、あくまでサポート型だよぉ? なにいってんのぉ、おっさん。それとぉ、さっきから魔力弾打ってるんだけどぉ、避けてるの、おっさんじゃん」
「……レヴィアナ、少し離れて。『呪いの鎖』!」
本当に避けるだけで反撃しないところを見ると思っていたよりもレヴィアナはサポート特化らしい。
まあ、『黒』の攻撃を避けている時点で並の身体能力ではないのだが。
助けを求められたエリファは、『黒』を『呪いの鎖』で拘束し、動きを封じ込める。
が、それも一瞬で、『呪いの鎖』は直ぐに『黒』の持つ赤い刀身の剣によって断ち切られてしまう。
『呪いの鎖』はエリファの魔術、『呪い』によって生まれた高強度の黒い物質を、鎖状にしているものなのだが、それを容易く斬るとなるとあの赤い剣もただ物ではなさそうだ。
そして、その一瞬を逃さずに、素早く距離を取って、エリファの後ろに隠れるレヴィアナ。
レヴィアナはそこはかとなく悪い顔をして、エリファに耳打ちする。
「つまりぃ、『完全幽体』のおかげでぇ、私達、相性抜群じゃん? 私はぁ、お前が危なくったら『ぴょん』ってすればいい訳だしぃ……ねぇ?」
「……そうだね。私は好き勝手に暴れられるし、ね?」
「「……ふふふ」」
「どうしたんです? 二人揃って悪い顔をして」
エリファとレヴィアナのにやけ顔に、リアリナが首を傾げ不思議そうな表情を浮かべるが、それを無視して懸念材料が減ったエリファは身体の中の『それ』を徐々に内側から表面へと浮上させていく。
なるほど。
皮肉なことに敵視していたレヴィアナとの相性は最高と言える。
なら、もうあれこれ考えるのは止めだ。
「一気に潰す! 咲け、そして手を伸ばせ『黒薔薇』!!」
「――――っ!!」
この力を使う度に感じる、自分の中から自分では無い異物が殻を破ろうとする感覚。
その感覚を否定し、抑え込むことで、その『花』の力の主導権を得る。
『花』を使う度に自分の中の何かが変わっていく、何がなのかは自分では分からないほどに微々たるものだ。
それでも確かに変わっていく。
だが――、
「……今はそんなことはどうでもいい。こいつを、素早く倒すだけの力を!!」
呼び声に呼応し、エリファという殻に穴を開け、飛び出てきた『異質』――『黒薔薇』が痛々しい棘と、甘い香りと共に顕現した。
そして、顕現するや否や、無数の茨が『黒』へと伸びる。
「なんだこれは……!!」
「……貫け!」
エリファの号令で、『黒』の身体へと四方八方から包み込むようにして襲いかかる茨。
その茨に着いた黒い艶やかな棘が、異様な硬さを見せていた鎧を確かに削り取っていく。
「やるじゃないか、エリファ!」
「うわ、すっごぉ……」
「鎧に傷だと……!? ……ちっ、うぉぉおおおおおおッ!!」
傷がついていく鎧に『黒』は驚愕の表情をするが、それも一瞬のことで、すぐさま持っていた剣で雄叫びを上げながら跳ね除ける。
しかし、茨の攻撃を捌くのに必死で余裕を失った『黒』の隙を、『炎の巫女』は逃さない。
辺りを凄まじい熱が満たした瞬間。
竜のうねる姿を錯覚するような螺旋状の炎が、猛スピードで『黒』の身体をかっさらって行った。
「――ぐぁっ!?」
低い悲鳴を上げながら炎の渦に飲まれた『黒』。
魔道具である鎧の破片を飛び散らし、空中へと舞い上がっていき、最高点に達したところでその時は訪れた。
「爆ぜろッ!!」
ライフェナがそう短く叫ぶと同時に、炎により空へと強引に連れ出された『黒』のすぐ側で、大爆発が起きる。
轟音と共に、熱の波が地上のエリファ達をも焦がしそうな勢いで赤白い光を放つ。
その至近距離爆発に耐えきれなかった『黒』の鎧は粉々に砕かれ、空中分散し、ランダムな位置に雨のように振り落ちた。
やがて漂う黒煙の中から、力なく真っ直ぐに落下した一人の男。
「――……。がはぁっ、おぇ、ぐぅ……はぁ……はぁ……まだだ。あと、一分。あと一分だ」
「っ!! まだ動けるの……!?」
「タフだねぇ、おっさん、ただの人間じゃないでしょぉ?」
刻一刻と、迫るタイムリミット。
手加減はしていない。
エリファは勿論、他の皆も。
しかし、あまりに頑丈。鎧が砕け散ったというのに、茨と爆発が直撃したというのに、『黒』は立っている。
人間の域をゆうに超えている。
「人間じゃない? はっ、馬鹿を言うな。俺はただの人間だ。お前ら『白』の方がよっぽど化け物だろうが。力も……心もな」
「――エリファ」
「うん、分かってる時間が無い」
語り出すガゼル・グレイド。
だが、それを黙って聞いている時間もない。
ライフェナに名を呼ばれ、エリファはすぐに茨を『黒』へと向けて射出する。
「わかるか、お前らに。俺の悲しみが。わかるか、お前らに。俺の絶望が。――わかるものか、お前らに。俺の怒りが!!」
「『龍舞の一閃』ッ!!」
「『咎人の剣』!」
茨を剣で切り落とし続ける『黒』。
見れば、その赤い刀身の剣が何やら淡い光を纏っている。
――このままでは駄目だ。間に合わない。
そう感じたエリファは、『咎人の剣』を四本同時に生成し、茨を展開しながら自らも『黒』へと飛びかかった。
「俺はある街に生まれた。この王都から離れた、何の変哲もない街だ。特別なものも、変わったものも、何らなかった。……だからこそ、平和だった。俺はその平和を愛していた」
「はい、ぴょん」
「――……。助かった。もう一度……!」
依然として、何やら話し続ける『黒』。
しかし、その動きは力強く、瀕死の身とは思えない身のこなしで、ライフェナとエリファの攻撃を凌ぎ切っていた。
それどころか反撃してくる『黒』に戦慄するが、レヴィアナが『時送り』で何とかしてくれるので、気にすることはない。
もっと速く。
空では鈍い何かが軋むような不気味な音が鳴り始めている。
残り時間はもうわずかだ。
何としても阻止する。
もう、自分の力不足で、失敗したくない。
「だが、その平和はあの日突然、終わりを告げた。わざわざ、『白』の王が自らやってきたあの日。あいつは俺が愛していた街を端から端まで壊していった! 生き残りは俺一人。その日あいつは笑顔でなんて言ったと思う!? 『未来のために、あなた達には死んでもらいます』だと……? 巫山戯るなぁッ!! ……だが、俺は生き残った。これは、神のお告げだ。あいつに、復讐を果たせってなぁ!!」
「ごふっ…………あらあら、痛いですね。お返しです!」
「ぐぅっ!?」
『黒』の言葉。
それには聞かなければいけない要素が詰まっている。
わかっている。
気になることばかりだ。
しかし、ここで耳を傾けてしまえば、この国は終わりを迎える。
そんなことは絶対にさせない。
そしてついに、リアリナの文字通り捨て身の攻撃が、『黒』の身体に当たり、『黒』は少しよろける。
チャンスだ。
これを逃したらもう、二度とない。
「でかしたぞ、リアリナ! ここだッ!!」
「ぐぁっ!?」
空かさずライフェナが顕現させた炎の龍を、隙の出来た『黒』へと邁進させた。
避けきれない『黒』の上半身は龍の中へと瞬く間に呑まれる。
砕けた鎧の中に来ていたインナーさえも焼け落ち、筋肉質な肌を露出させるが、『黒』は依然と地に膝をつくことはなかった。
「ヒュー……ヒュー……」
しかし、満身創痍の男にエリファは容赦をしない。
「……トドメ! 『黒薔薇』よ貫け!!」
展開していた茨の内の五本が、両腕を左右に大きく広げたエリファの号令とともに勢い良く飛び出す。
それを察知した『黒』が、赤い刀身の魔導具に魔力を込めるが――もう遅い。
「ぜあぁぁぁあああ!! 魔導具『紅月』よ!! その真価を――!!」
詠唱が終わるよりも先に、茨が『黒』の身体のど真ん中を貫いた。
背中から、五本の茨と共に赤黒い血が後方へと飛び散る。
『黒』は声にならない悲鳴を上げ、口からも血を吐き、支える力のなくなった両足が曲がる。
「ハァ……ハァ……馬鹿な……がぁぁあっ!」
目を見開き、身体を小さく痙攣させる『黒』――ガゼル・グレイド。
やがて、『黒薔薇』は消失し、同時に『黒』を貫いていた茨もその存在を霧散させる。その時、それが痛覚を刺激したのか、喉から呻き声が漏れた。
バタンと地面へと倒れ込む音。
――『黒』との戦いの終結を知らせる音だった。
※※※※※※※※※※
暫くの沈黙の後、ピクリとも動かなくなった『黒』を見てから、ライフェナが胸を張り、笑顔で口を開く。
「ふぅ……終わりだな。よくやった三人とも」
「あら、姉様も素敵でしたよ?」
三人を褒めるライフェナにリアリナがうっとりとした表情を浮かべる。
間違いない、この『黒』との戦闘において、最も心強かったのはライフェナの炎だろう。
ライフェナはそんな周りからの視線を受けて、当然だ、と言わんばかりに満足気に胸を張った。
自分の姉の自信に満ち溢れた態度に恥ずかしくなったのか、苦笑いをしていたレヴィアナ。
レヴィアナは、それから振り返って、
「まぁ、やっぱりぃ私たちのぉ相性よかったねぇ? ね、エリファぁ?」
敵意を浮かべていた相手ではあるが、思っていたよりは人柄に悪さを感じず、共通の敵と戦った仲間でもある彼女。
今回の戦闘では実際に何度か彼女の力によって助けられた。
だから、躊躇い無く、エリファはレヴィアナの言葉に頷き――。
「うん……やった。やったよ、私、今度は――」
――ヴゥゥゥゥン。
が、その時だった。
『黒』との戦闘に勝利した安堵し、思い思いの言葉を交わすのも束の間。
有り得ないはずの音が頭上、天空から低く響き、エリファは表情を強ばらせた。
「……どう、して……!?」
最悪のシナリオが頭をよぎり、この上ない驚愕と途方もない怒りが同時に心を支配する。
「どうなっている? 『黒』は倒したはずだ」
「……ありえない。だって――」
言いかけて、エリファはある推論に至る。
もしも、それが当たっているのだとしたら、目的をすり替えられていると気づかず戦っていたのだとしたら。
『準備は整った。……もう、タイムリミットなのさ。この王都には塵も残らない』
『――あまりに滑稽。ただそれだけだ』
そこでエリファは思い出し、奥歯を思いっきり砕く勢いで噛んだ。
あの笑みを。
『黒』が何度も浮かべていた、憐れむような笑みを。
そもそも、自分達はそれを止める為に戦っていたはずだ。
その戦闘に勝ったのだから、目的は自然と果たされたはずだ。
だがもし、それが根本から間違っていたのだとしたら。
術者を倒しても自動的に発動する類のものだったら――、
「――どれだけ、馬鹿にするつもりなの……ガゼル・グレイドっ!!」
『黒』を倒し、止めたはずだった、遥か上空に浮び天を覆うそれ。
――殲滅魔術は眩く輝き、今にも発動しようとしていた。




