一章第4話 『お前なんかに』
「知ってて教えられるのは、ざっとこんなくらいかな」
早めの食事を終わらせ、時刻は昼。明るい陽の光が、小川の水をキラキラと輝かせる。
『私』ことエリファはザガと一緒にセルマと話しながら歩いていた。
「ともかく、今日は話し相手になってくれてありがとう、 明日は一緒に村の外に出かけたりしましょ!」
「今日はもういいのか? まだ昼だぜ?」
「実は、今日は村長に呼ばれていて、今から行かなきゃいけないの」
「……そうなんだ」
「嬢ちゃんの兄貴も村長の所に用事があるって言ってたけどなんかあんのか?」
「さあ? ユウ兄の用事はわからないや何も聞いてないし」
ザガの質問に、セレマは小首を傾げる。
ちなみに、セレマの兄である黒髪の青年はユウマという名前らしい。
「なんだ二人の用事は関係がないのか」
「関係ないかもわからないや、どうして呼ばれたのか分からないから……ともかく、今日は楽しかった!ありがとう!また明日!」
そしてそのまま、セレマは初対面の時に見せたあの物凄い勢いの走りで、去っていく。
「あ、嵐のような嬢ちゃんだな」
「うん……」
ザガとそんな言葉を交わすと、エリファは今日、セルマから聞いた情報をまとめる為に、一度、宿に戻ろうと、歩き出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
セレマから聞いたことをまとめていると、すっかり夕方を通り越して、夜になってしまった。
セレマと話す過程では様々な情報を聞いた。
まず初めに近隣の話、村の近くには幽鬼達が身を隠し、エリファが目覚めた場所でもある森があり、迷いの森と呼ばれていて、人は寄り付かないそうだ。
次に通貨、エリファ達が持っている通貨とはやはりデザインが違っていたが、昔のデザインの通貨を持ってる人が珍しいだけで、価値は変わらないのでそのまま気にせずに使えるらしい。むしろ、高値で交換してくれる物好きな者達もいるみたいだ。
セレマから聞いた話で一番重要なのが、国の話。
今、自分達が立っている地面は、広い大陸の地面であり、この大陸には五つの国があるらしい。
ここから一番近い国は、『ノワンブール』という王政の国、つまりは王国であり、その他四つの国は些か離れているせいと、国間に漂う守秘の風習によって、セレマにはよく分からないんだそうだ。
ちなみに、この村は『ノワンブール王国』の保護下の領地ではあるが、辺境であり薄気味悪い迷いの森があり、そちらに皆の関心が向くため、王国の人がそんな村あるのか? と言うくらいに影が薄いみたいだ。
「やっぱ、この村に泊まって嬢ちゃんに色々と聞いたのは正解だったな」
「そうだね」
他にも、色々と聞いたが、これからの益になる情報が多かった。
――特に、国の話は五百年の中で、異常なほどに変化していたようで、知らないことだらけだった。
何はともあれ、とりあえずは、この村を去った後は、その王都に向かうことになるだろう。
「王都に行って何をするかは後で決める。多分、それは着いてからでも大丈夫」
「んま、そうだな。となれば、早い方がいいだろうな、備えあれば憂いなしってな」
ザガの言う通りだ、セレマはまた明日と言っていたが、一応すぐにでも王都に向けて出発できるよう準備しておこう。そう思い、立ち上がった時だった。
――――突如として村中に、一つの爆発音が鳴り響いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「失踪事件の次の標的はお前の妹だ、日付は今日。気をつけろ」
セレマの兄であるユウマが見慣れない謎の男からそう聞いたのは、今朝村の皆を慰めていて気が疲れているだろう村長に、差し入れを持って行った帰りのことだった。
ユウマは頭と気がよく回るということに定評がある。が、これは病的なもので、気づけば常に周囲に気を配っており、あれやこれやと手を伸ばす、言うなれば発作みたいなものだ。
むしろこれをしないと安心できず、落ち着かない。
だが少なくとも、謎の男との出会いは流石のユウマにも、全く理解不能の事態だった。
目の前の男は、何者なのか、何故失踪事件のことを知っているのか。もしかして犯人なのか。
ユウマが思考が追いつけず、目を見開いていると、男は後ろに振り返りそのまま何も言わずにその場を去ろうとする。
「待って! 君は何者なんだい、何故……」
反射的に手を伸ばし大声で呼び止めるが、フードを深く被り顔のわからない男は、聞く耳を持たず、尋常ではないスピードで走り去り、あっという間に見えなくなってしまった。
「なんだったんだ、一体」
何もかもが謎の邂逅であったが、もし、あの男が言ったことが本当のことであれば、このまま何もせずにいる訳にはいかない。
――ユウマとセレマの兄妹は幼少期に両親を失った。
母は、セレマが生まれてからすぐに病気で亡くなり。
父は、魔物討伐の仕事の途中で命を落とした。
その頃から、ユウマの中にはたった一人の同じ家族であるセレマの親の代わりにならなければという思いが強くなった。
セレマは元気っ子のように見えるが、芯のところは繊細で憶病な子だ、だから今まで出来るだけ何があっても自分だけはセレマに優しく、守ってあげようとしてきた。
何よりもユウマは、セレマを心の底から愛していた。それは、恋人のような愛でもあるが、どちらかというと庇護欲に近い。
――守らなければ。
謎の男が言った言葉は、ユウマにそう思わせ行動に移らせるには十分だった。
だからといって、騒ぎを大きくしすぎると、犯人は警戒し、手口や目標を変える可能性が出てくる。
そうなると、親を亡くしてからずっとお世話になってきた村の皆を巻き込んでしまう。
それに、村人の中に犯人がいるのならば、嗅ぎつけたことを知ったら直ぐに、ユウマを口封じに殺しに来るかもしれないから、なるべく個人で動くしかない。
だから、村長の家から出てきたセレマを見張って後を追うことにした。セレマの身に何かが起きたら、若しくはその予兆が見えたらすぐに助けられるよう、離れすぎないようにして監視する。
そして一応、
「リジェクト」
そう呟いて、魔力を集中させ、自身に状態異常系の攻撃を一度防いでくれる魔法をかけておく。
この村の者たちは、何故か生まれつき持っている魔力が大きい。
『リジェクト』は大分使えるものが限られる特殊な魔法ではあるが、ユウマにとっては得意なものである。
失踪事件が起き始めたばかりのころは、村に見張りを付けていたのだが、見張りについた者は必ず失踪したから、今では自ら見張りをしようとする者はいない。
ただ、見張りについたものは余さず屈強な者たちだ、その者たちが、音沙汰もなく消えたとなると、何かしらの術を喰らったのかもしれない。「リジェクト」をかけたのはいざという時に対処できるようにするためだ。
「今のところ何も変わったところはない……か」
そうして、セレマを見張って後を追っているうちに、気づけば家まで戻ってきていた。
「あれ? ユウ兄、私の方が帰ってくるの早かったんだね?」
「あ、ああ、うんそうみたいだね」
「……? 早く中に入ろう?」
「……そうだね」
「村長のところで、お菓子もらったんだー。一緒に食べよ?」
セレマがユウマに無邪気に笑いかける。
その笑顔に、ユウマはいつもは安心するはずが、失踪事件の次の標的の事をどう伝えたものかと、この時だけは心中穏やかではなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
結局、その後セレマに伝えられないまま夜になってしまった。
事実を言って不安がる様子は見たくなかった。
それに、セレマは魔法が上手く使えない、変に知らせて、無茶させる訳にも行かなかった。
できれば、何もかも知らずに終わって欲しい。こんな怖いことは知らない方がいい、いや、知らないで欲しい。
そういった個人的な願いとは裏腹に、
――何故言わなかった。
そう責める自分が心の内からチクチクと痛みを生じさせる。
ともあれ、夜は来てしまった。
だったら、やることは一つだ。
――命懸けで、セレマを守る。
それだけだ。
セレマが寝ている部屋の扉の前で覗き込みながら、蹲り、深く息を吐いて、身体を強ばらせ、そのまま唾を飲み込む。
そして、再度セレマの様子を確認する。
ベッドで何食わぬ顔で寝ているセレマが視界に映る。
よかったまだ大丈夫だ、何も変わったところは――――。
ない、と、そうほっとしかけた時だった。
セレマが突如として人形仕掛けのように起き上がり、生気のない虚ろな目で、歩き始めた。
「セレマ!? どこへ行くんだ!」
立ち塞がろうとするユウマを押し退け部屋の外へ、家の外へと出ようとするセレマの異常な様子を見て、ユウマは慌てて、身体を起こし、後を追い、外に出る。
「セレマ! 待って!」
再び、声をかけると前を行くセレマは立ち止まる。
「気づいたかい!? セレマ――――」
その様子に、目が覚めたのかと希望を抱いたが、立ち止まったセレマの目には未だ光が無く、ただ一点を見つめていた。
その虚ろな視線の先には、一つの人の影。
その影は、徐々に近づいて、口を開ける。
「おや? 何か余分な方までついてきたみたいですね?」
その男は、カラフルな奇抜な衣装を身にまとっていた。
だが、そのふざけた服とは違い、落ち着いた声と口調をしていて、なにか、異様な不釣り合い感に不快感を覚える。
「誰だお前は!」
「まあ、いいでしょう。そこのお嬢さん行きましょうか」
「待て! 誰だと言ってるんだ!」
ユウマはユウマの存在を完全に無視して、セレマを連れていこうとする男の行動に、こいつが失踪事件の犯人だということを理解する。
男の相手にしない態度に、ふつふつと怒りが湧き始める。
「さあて」
と呟き、男がセレマの腕を引っ張ろうとした時に、それは爆発する。
「セレマに触るなあッッ!!」
怒号と共に、ユウマは魔力の玉を男に投げつける。
それは綺麗な軌道を描き、男の身体の上半身に、直撃し、村中に響き渡る爆発音を鳴らしながら、大きくよろけさせた。
バランスを崩した、男は上半身だけ起こすという奇妙な動きで体勢を立て直しながら、肩を震わせる。
「ふふふ――」
「……?」
「ふふふ、ふははは、はははははははははははははははっ!」
「何がおかしい! 妹のセレマも、恩人である皆も、大好きなこの村も! お前なんかにくれてやるものは何も無い!!」
ユウマはそんな男の狂った様子にさらに怒りを叫ぶ。
「――ええ、おかしいとも、実におかしいとも、何故こうも上手くいくのか! おかしいですとも!」
しかし、そんな魂からの叫びとは裏腹に、男は不気味な笑い声を響かせるのであった。