二章第38話 『灰色の王国』
「――行くぞ、ここからは全力だ」
呟き、『覇龍の大剣』の刀身と自身の身体から放つ熱気で空気を焦がしながら、じりじりと男のもとへと近づいていくライフェナ。
大気が陽炎となって揺れ、火の粉がその上昇気流に乗って舞い上がる。
少女の髪を一つに纏めていた髪飾りは、先程の爆発で焼けて無くなってしまっていた。しかし、そのライフェナのトレードマークである赤の長い髪は、何故か微塵も焦げることなく、むしろ炎に包まれ、よりいっそう艶やかに、色鮮やかに存在を際立たせていた。
それこそ少女の姿は、戦場で一際大きく、美しく燃え上がる一つの炎のようで――。
「……名前くらいは聞いといてやろうか?」
ライフェナの問いに、この男の割には珍しく落ち着いた様子で答える。
「――自分の名前など、とうに忘れた」
「……そうか。それは残念だ。では、――燃え上がれ!」
ライフェナの周りに、舞う赤の炎。ライフェナという炎の周りを、獣のような炎が自由奔放に走り回る。
男はそんなライフェナの様子を見て、我先にと無数の機械兵達に向かって声を上げた。
「我が作品たちよ! 今度こそ徹底的に叩きのめせ!」
男の背中に生えたリモコンから命令を受け取った機械兵達は、自分たちの創造主の意に沿うべく少女の周囲を瞬く間に囲んでいく。
「邪魔だ」
がしかし、取り囲んだ機械兵達は、ライフェナの呟きの後、攻撃するという命令を実行しないまま突如としてピクリとも動かなくなってしまう。
「は……? おい、お前たち、やれ! 聞いているのか、おい! やれぇぇぇえええええええ!!」
男が目を剥き信じられないといった表情で、額に血管を浮き上がらせながら叫ぶが、つい先程まで従順だった機械兵達は主の命令になんの反応も示さない。
そして、次に起きた光景に、男は愕然とする。
「ば、馬鹿な……!?」
ライフェナに近づいた機械兵達の異変。
その場に固まってしまった、その黒い鉄の身体。
その身体が少しの沈黙の後、『じゅわ』という不思議な音とともに、徐々に赤白く光を放ち始める。
次の瞬間、形を保てなくなった金属の身体は、どろりと液状になって――、
「やわいな。熱の対策はしていなかったのか?」
「そんなはずはない!! 熱に負けんよう、自己冷却機能と2000度までは耐えられる素材で作ったはずだ! それをこうも簡単に……ありえん、ありえんぞぉぉおおおおおおッ!!」
「現に有り得ているだろう。単にその温度を私が超えただけだ」
「ふざけるな! こんな出鱈目があってたまるかぁぁぁぁあああああ!? ……ゼェゼェ。こんな短期間で、それ程の熱量を出せるはずが……!!」
「目の前で起きている事象を受け止めろ。そうでなければ人は成長せんぞ。……まあ今言ったことは自分にも刺さることだが――」
頭を抱え絶叫する男を横目に、自分が放った言葉が、存外自分にもダメージを与えたことに苦笑するライフェナ。
――これは『時跳び』の能力だ。最初に自分の身体の熱量を上げるための魔力を用意する。
そして、『覇龍の大剣』という擬似的な魔術フィルターを通すことによって、自分の熱量を徐々に上げていく。
あとは、自分の熱量が上がるのを待つ時間。それをスキップするだけだ。
「――ただ、私は基本的にワガママなのでな。言いたいことは言うし、言いたくないことは言わない。面倒臭いだろう? それゆえか、1番下の妹には嫌われているとも。まあともかく……」
誰も聞いていない自分の身の上話をブツブツと独り言のように呟きながら、ライフェナが『覇龍の大剣』を一振りする。
すると、ライフェナの前方一直線の大気が焦げ、その直線上にいた機械兵達が、融点を超えた温度で融解し、液体となっていく。
「――覇龍の熱をなめるなよ」
「わ、我が最高傑作達が……」
炎の龍と舞う少女を、両膝を突いた男は呆然と追うことしかできなかった。
※※※※※※※※※※
少年はガス臭い、錆びた金属がそこら中に転がった場所で生まれた。
「まーたお前、こんな所に籠ってるのかよ?」
「うるさい、作業の邪魔だ」
周りの同年代の子供が、外で泥まみれになって遊び回っている中、彼は家の薄暗い作業部屋に閉じこもって、金属のパーツを弄り倒していた。
「そんなガラクタばっかで遊んで、つまんなくねーのかよ……」
「これはガラクタなんかじゃないっ!! これは立派な作品だ!! ……分かったらさっさと出ていけ」
「……はいはい」
――彼には分からなかった。
孤児として産まれ、機械と育ち、自分以外の命と関わらなかった彼には、馴れ合いとか触れ合いとか、体温の温かさとか、そういったものが尽く。
分かるのは、この場所の悪臭と、金属の冷たさと、何より機械と比べた時の人間という、自分という存在の弱さ。
「絶対に、認めさせてやる」
彼は、機械という存在を尊敬していた。
この世界で最も美しく、強い存在だということを、無知な奴らに教えてやりたかった。
だから――、
「お前の持つ技術は素晴らしい。……私の所でその技術の力、使ってみないか」
初めて、彼の作品を「素晴らしい」と認めた、理解者が現れ、手を差し伸べられた時、彼は運命を感じた。
二十年。
お前の作っているものはただのガラクタだと、機械に命は無いと、人間の方が尊い存在だと、言われ続けて二十年。
その果てに、『黒』は又と無いチャンスを連れてやってきた。
その後、『黒』の下で、彼は世界の表舞台から隠れ、度重なる作業で耳を悪くしながらも、最高傑作だと胸を張れる『魔導機械兵』なるものを、文字通り、人生を掛けて作り上げる。
彼は紛れもなく全てを注ぎ込んだ。
――その筈なのに。
※※※※※※※※※※
「……その筈なのに、なんだこれは。なんだこれはぁぁぁぁぁあああああ!!?」
「喚くな、耳が痛い」
男が放った悲鳴に、ライフェナは片手で片方の耳を押さえながら顔を顰める。
「ゼェゼェ……。我が最高傑作が、機械が……! 人間なんぞに、負けてはならんのだ……!!」
もう一方の手で『覇龍の大剣』を振るい、次々と自身と、その刀身から放つ熱で、機械兵達を蒸発させていくライフェナ。
男は徐々に近づいてくるその熱に、怯え、慌てた様子で背中に生えた機械を何やら操作し始める。
「……そうだ。人間は脆い。だから、機械にしてやった……! 機械こそが真に、美しく、強い存在だ! だから我は――人間を辞めたッ!!」
「……なるほど、それでその身体か」
そう呟いたライフェナの足下を大きな影が覆う。
ライフェナが見上げた視線の先、男の姿は瞬く間に著しい変化を遂げていた。
まず、背中から生えた機械の触手が男の身体に巻き付き、次に、巻きついた触手のさらに上から、硬質の金属の装甲が男の身体を取り込んだ。
どんどん金属の部品が取り付けられ、巨大化した男の姿は、まさに『魔導機械兵』のようで――。
「我は、我自身を作品へと昇華したッ! 今こそ、証明しよう! 機械こそが、至高の存在であるとおおおッ!!」
「ぐっ……!!」
黒い装甲の巨体の腕と脚の付け根に、それぞれ取り付けられた四つの発射口から打ち込まれた熱線の内の一つが、ライフェナの頬を掠める。
『チッ』という不可解な音。
ただ掠めただけだというのに、ライフェナの頬は抉られた。
しかし、血は出ない。
「この私が火傷か……」
――そう。
ライフェナの肌は抉られたと同時に、重度の火傷を負っていた。
熱によって溶けた肌が、冷えることによって固まり、腫れ上がり、血が流れるのを塞いでいるのだ。
――覇龍に認められた私が、炎の巫女である私が、炎熱を自在に操るこの私が、熱で傷を付けられた。これは、まあ、なんとも――、
「――面白い!!」
ライフェナはにやりと笑い、『覇龍の大剣』を構え直す。
そして、大きく息を吸い、
「どちらの方が熱いか、熱比べといこうか!!」
雄叫びを上げ、地面が割れるくらいに蹴りつけ、光線のような光と熱と速度で飛び出すライフェナ。
「グオオオオォォォオオオッ!!」
対する男はそれを迎え撃とうと、こちらも吠え、あらゆる武装を取り出し構える。
右腕の大きな金属の拳が空気を巻き込みながら回転し、左腕には通常、人では持てない大きさの黒い剣を軽々と振り回し始めた。
そして、四つの発射口からは、直前の威力を遥かに上回る熱線が連続して放たれる。
「――あは、ははは、はっははは!!」
大気を劈きながら、唸りを上げる熱線をライフェナは掻い潜る。
その顔に、浮かぶのは狂気的な満面の笑み。
喉からも抑えきれなかった歓喜の声が、漏れ出ていた。
――強き者との戦闘への好奇心が満たされる。
「くぅっ……!」
男との距離を詰める、その間にもライフェナを取り巻く熱は爆発的に大きくなっていく。
「私は最早、誰にも止められん!!」
「くそっ!! うおおおおおおおおおおおお!!」
避けきれなかったいくつかの熱線に身を所々焦がされながらも、遂に男の元へと到達したライフェナ。
男は瞬時に、左右の腕の武器を振り下ろし、少女を迎え撃とうとするが、
――勝負は既に決している。
「……終わりだな」
ライフェナの言葉と同時にその身体から炎が、熱が放たれた。
その熱を浴びた、男の振り下ろした機械の巨大で強靭な両腕は、音もなく宙で液状と化した。
そうつまり、ライフェナを近づかせた時点で、男の、機械の敗北は決まっていたのだ。
「ぐああああぁぁぁぁああああッ!?」
「ほう、その身体、痛覚はあるようだな? 興味深い」
ライフェナの足元から伝う地面の炎によって、両腕に続いて両足もぐつぐつと沸騰しながら溶けていく。
やがて、四肢を失い、身動きが取れなくなり、叫ぶことも止めた男に、ライフェナは再び覇龍の大剣の刀身を向けた。
「……負けたのか、我は……機械は……」
「そうだな」
「はは、はははは……!」
乾き掠れた声で笑う男。
最早、放っておいても勝手にくたばるだろうが、ライフェナは最後の言葉を聞く体でも、警戒は怠らない。
「そうか、我は負けたのだな。そうか。――だが、我々は勝った」
「な……!!」
「……タイムオーバーだ! 我を倒したところで、『黒』は止まらない!! お前ら、『白』の時代は間も無く終わる!!」
男は無い手で空を仰ぎ、高らかに声を上げた。
「なん、だ、これは……っ!?」
「……ああ……我は至らなかったよ……あの時見た、鉄の美しさに……あの……り……」
男がゆっくりとその息を引き取る中、ライフェナの視線は空へと向いていた。
――空に浮かぶ、見たこともない大きさの魔方陣へと。
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先を示す光の『白』と、それを飲み込まんとする影の『黒』。
『白』と『黒』。
それぞれの思惑が入り混じり、『灰』。
――ここは、『灰色の王国』、ノワンブール。
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