表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第二章 『灰色の王国』
45/69

二章第35話  『vs臆病の絶望』

 



「……残念だけど、私は嫌いだ」



 そう言って、先に攻撃を仕掛けるのはエリファだ。

 エリファは、少年との距離を詰め、その懐に潜り込むために足を前に踏み込む。

 が、踏み込んだ足元から突如として眩い光が舞った。

 エリファは、その光の攻撃性を予感し、すぐさま右に大きく跳んで避ける。



「――それは本当に残念だね」


「これは……!?」


「ああ、言うのが遅れたけど、エリファ、そこでは踏み込んじゃ駄目だったんだよ。トラップが発動するからね」


「エリファ! そいつの罠魔法に気をつけて! 至る所に設置されてるから! 周りに生えてる『花』達も全部、トラップが発動したものなの!!」


「これ全部が……!?」



 セレマの助言に、エリファは着地したところで辺りを見渡す。

 西に到着した時にセレマを狙っていた光の弾。

 それは、先程、周囲に立ち並んだ光る『花』から生成されていることを確認済みだ。

 その『花』は、見渡したエリファの視界のかなりの面積を遮っていた。

 視界を覆う『花』が全て、仕掛けられたトラップが発動した結果だというのなら、この地面に、まだ発動していないトラップを含めて、どれほどの数が仕掛けられていたのか。


 そして、それを完全に制御しているウィル・ライストンは、やはり普通ではない。


 今しがた回避したトラップの方にふと視界を戻すと、そこには新たに光の柱が生えており、その先端が開き、『花』が咲こうとしていた。



「ほんとだ……『花』になった」


「ははは、手加減はなしだよ。君は複雑に混ざりすぎてて僕も、多分、『王』でさえも君の動きを予測できないからね」



 異様なプレッシャーだ。

 この世界に『幽鬼の姫』として目覚めてから今に至るまでで何回か味わったことのある、とてつもなく大きな存在と対峙したかのような感覚。


 それを、エリファは『臆病の絶望』――ウィル・ライストンとの戦闘が始まった現在も、鬱陶しい位に感じていた。


 心が粟立つ。目の前の存在は危険だ。『異質』だ。と警告を鳴らしている。

 それでも、止まらない。エリファの身体が止まることをエリファ自身が拒絶しているからだ。

 ――二度も絶望には屈しない。



「『呪いの鎖(チェイン)』」



 エリファがトラップを発動させないように、その場から動かずに少年の足元から鎖を生成する。

 地面から伸びた黒い鎖はそのまま少年に絡みつき、締め付けて動きを封じる。



「ぐぅっ! この鎖といい、その宙に浮いている剣といい……金属? いや、それにしては光沢がない。この黒い物質はなんだ……?」


「……!」



 エリファのもつ『呪い』という魔術で生成された硬く重い物質に疑問を浮かべ、何やらぶつぶつと呟くウィル・ライストン。

 その様子を見ていると突如、バスっという空気を切る独特な音とともに、浮かんでいた光の弾、もとい『種』がエリファの背中へと迫る。


 エリファはその『種』の音に驚異的な反射速度で反応し、宙に浮いた『咎人の剣』を右手で半ば強引に掴み、一気に振り返って、肩の上から振り下ろした斬撃でそれを弾いた。

 甲高い音が鳴り、振動が刀身から腕へ、腕から肩へと響く。



「セーフ……ん?」



 視界外からの攻撃を防ぎ安堵したのも束の間、その防御の動きか何かがトラップの発動条件を満たしてしまったらしく、再び、エリファの立っている地面が光った。

 エリファはこれにも早い段階で反応し、少年と離れ過ぎないように、出来るだけ最小限の動作で横にずれ、噴出する『茎』を回避する。



「っと。ほんとに何が条件なのかわからないな……」


「はは、それもその筈だよ。エリファ、『罠魔法』っていうのはね、同時に同じ条件の罠を存在させることが出来ないんだよ。そのルールは僕の『花』も同じ、だから一つも条件が被ってるトラップがそもそも無いのさ」


「うわあ、めんどくさい」


「ちょっと今の冷たい表情と言葉ドキッとしたよ。エリファ、もう一度頼めるかな?」



 これだけの数のトラップを維持しているだけでも、常軌を逸していると思っていたのだが、その仕組みを知って、余計にこの少年は異質なのだという感覚を抱く。

 一つ一つ発動条件の異なるトラップを全て、記憶に留めているというのか。


 判明した、こちら側が条件を察することは難しいという事実と、少年の能力の高さに思わずエリファは顔を引き攣らせて、本音を漏らしてしまう。

 が、少年が何故か嬉しそうな反応で、アンコールを強請るので、エリファは今度は逆に冷たい表情ではなく、短く微笑んでみる。


 しかし、それも逆効果だったようで、



「ああ! なんて、可愛い笑顔なんだ!! エリファはどんな表情でも芸術的で美しいよ! ……これから君の死の表情も独り占めできるなんて思うと嬉しいよ……なんてね?」


「……お前は私の剣の味でも独り占めしてろ」


「僕は君の攻撃なら食らってあげてもいいけど、ね!」



 エリファが投げた『咎人の剣』の軌道をウィルは鎖に縛られながらも、片足を少しだけ前にずらして、自分の目の前のトラップを発動させ、噴出した『茎』で下から持ち上げる形でずらしてみせる。



「けど、今は遠慮するよ。長年の夢だった僕が病から解放される刻が近いからね」



 持ち上げられた剣は少年の頭上を越えて、回転しながら落下し、地面に突き刺さった。

 その後、エリファから離れすぎてしまったその『咎人の剣』は消え去り、エリファの手元に新しい『咎人の剣』が再生成される。



「――なるほど、その剣には操作可能範囲があるんだね? それに、四本より多くは出せないとみた」


「……『咎人の剣』は罪の具現化と同義。そんなに多くは背負えない」


「それでも、君一人で()()は罪を背負えるんだね? やっぱり、罪深い存在だよ君は。……僕の心をここまで震わすのも、掴んで離さないのもある意味、君の罪だしね」


「それは、そっちが勝手に思ってるだけでしょ。私は悪くない」



 降り注ぐ『種』を四本の黒い刀身で、飛び出る『茎』を軽やかなステップで捌きながらもエリファは会話に応じる。

 そして、隙を見つけては鎖によって縛られ、不自由となった少年へと剣を正確な軌道で投げつける。

 対する少年は僅かな動作でトラップの条件を満たし、投げつけられる剣の悉くを『茎』や、爆発で防いでいた。



「はは、それもそうだ。でも、君も感じ始めてるんじゃないのかい? ――君自身の存在の危うさについて」


「――!」



 そうして、一進一退の両者ともに譲らない攻防が続く中、突如として、エリファは少年の言葉に目を見開き、ビクリと体を震わせた。



「どういうこと……?」


「まさか、気づいてないとでも言うのかい? そんな冗談はよしてくれよ」


「私の、危うさ……」



 それまで適当にあしらっていただけだった少年の言葉に、激しく狼狽するエリファ。

 開かれたままの目が渇き、口の中の水分が消え失せ、呼吸が苦しくなる。

 これらの反応は、決して今更、少年に恐怖を覚えたとかそういうところから来るものでは無い。

 ならなぜ、エリファがここまで過剰な程の様子を見せたのか。

 それは、


 ――()()()()()()()からだ。今の自らの状態を。


 意識的に、気にしないようにしていた事だった。

 せめて今だけは忘れ去ろうと、無理矢理抑え込んでいた。

 自分は何者なのか。単に『幽鬼の姫』というだけではないであろうとは自分でも思っていた。

 そしてそれは、あの『影』と出会い、『手伝い』をされてから、確信へと変わった。


 それと同時に、もやもやとしていた『何が』が、胸の奥、いや、命の奥で形を成したのを感じていた。

 まるで、あの『影』が人の姿を手に入れたように。



「ふむ、今は違和感、といったところかな? いや、それとももっと()()のかな? どちらにせよ、気づいてはいるようで安心だよ。――さて」



 そんなエリファの態度にどこか納得した様子で頷き、微笑むウィル・ライストン。

 それから彼はエリファが揺さぶられている隙を逃さないように、唐突に自らの至近距離で爆発を起こした。


 爆発の威力に耐えきれなかった『呪いの鎖』は四方八方に千切れ飛んで霧散し、再び『絶望』を自由にさせてしまう。



「っ! しまった……! これが目的!?」


「さあ、どうだろうね?」



 まんまと思考の矛先を曲げられてしまい、拘束を解除してしまったエリファは、これではいけないと頭を横に振り、息を吸って無駄な懸念を消そうとする。

 その矢先、



「ぐぁっ!!」


「――ほら、止まっていると危ないよ?」


「エリファ!?」



 背後から迫ったそれは、エリファの左肩を撃ち抜いた。

 突として自分の身体に受けた強い衝撃と、右肩に生まれる激痛。

 エリファは大きく前によろけた身体をどうにか自力で持ち上げて、同時に反射的にその痛みの生じた箇所を右手で押さえて脈打つ激痛に抗おうとする。



「ん? 思ったよりも反応が薄いね? 君の『完全幽体』の能力からして『痛覚』には耐性がないと思っていたんだけど」


「……生憎、とそうい、うパターンはもっう、経験済み」


「君に傷をつけられる存在なんてそうそういないだろうに。……あ。もしかして、『飢餓』かい? なるほど、やはりあいつは僕に悪影響を及ぼす。怖いな、怖いよ、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい――死ねばいいのに」



 未だに慣れていない『痛み』を感じたのにも関わらず、自分でも驚く程にエリファの頭は先程とは打って変わって落ち着いていた。

 これは、エリファが成長したとか、そういうのではなかった。

 むしろ、少年の言葉に惑わされ、警戒を怠った自分への――、



「……『呆れ』からくる冷静か。こんなことも、いや、さっきまで取り乱していたから、冷静になれて結果、オーライ」



 何やら喚いているウィル・ライストンを横目に、エリファはポジティブな方へと思考を切り換える。

 こういう時こそ、プラスの方へと持っていかなければ、負の方へと連鎖のように引き込まれる。

 それを半年前で学んだからだ。



「それでも、たしかこの血の流れ方は不味かったはず――出し惜しみなんてしていられない」


「こわいこわいこわい……へ?」



 元々、あの『絶望』を相手に出し惜しみなどするつもりは全く無かったが、エリファは敢えて声に出し、己を奮い立たせる。

 それから、魔力を練り上げ始めた。


 エリファの変化に気づいたウィル・ライストンは、五月蝿く喚くのを止め、目を見開き、疑問の表情でエリファの方をじっと見つめる。

 そんな中、セレマはエリファに心配そうな声をかける。



「エリファ、肩は大丈夫なの?」


「ちょっと不味い。だから、早く決着をつける。セレマは危ないから、そのままじっとしてて」


「……うん」



 エリファの言葉に頷きながらも、セレマの表情は暗いままだ。それもそうだろう。

 セレマが震える手で抱いている五人の姫の一人『ルキナ』であろう不思議な雰囲気の背の低い少女。

 彼女は全身に酷いやけどを負ってボロボロであるものの、まだ辛うじて息がある。

 至近距離で少女を抱えるセレマもそれには気づいているだろう。


 そして同時に、少女の命を救うにはもう時間がないことにも気づいているはずだ。

 しかし、見た感じセレマは魔力を使い切っており、思ったように動けない。

 仮に、動けたとしても、そんなふらふらな状態ではトラップを避けられない。

 それこそ、息も絶え絶えな少女を巻き込んでしまう。


 故に、セレマは逸る気持ちを抑えて、この極限状態から解放されるのをただじっと待つしかないのだ。

 その心情はとても言葉では言い表せるもので無い。



 だからこそ、エリファに今求められるのは自分の為にも、友の為にも、国の為にも、出来る限り早くの決着だ。



「周りには何回も言われたけれど……やっぱり、私は変わったみたいだ。……他者の、しかも、『幽鬼』を虐げてきた人間の為に、だなんて」



 アンナ達と過ごすことによって、私は変わったのだとエリファは自覚する。


『幽鬼』だって、『幽鬼』を虐げてきた人間だって、『亜人』だって、皆、今、存在している命だ。

 その命に、エリファは生まれたばかりの時には無かった興味を抱いた。


 だから、私は――、



「目に入った、命の全てに手を伸ばそう。――咲け、『黒薔薇(ブラックローズ)』」


「それはっ!?」



 詠唱と共に、エリファの後方に顕現した漆黒の薔薇にウィル・ライストンは驚愕する。



「馬鹿な、今の君にそこまでの力がある筈が……!?」


「……お前の『花』と私の『花』どちらが優れているか、試そうか」



 目に映る命を守ろうと、幾つにも伸びた黒の()はその異質な外敵を排除しようと蠢く。

 そして次の瞬間、それらは発動するトラップの悉くを器用な挙動で避けながら、一斉に一箇所に目掛けてとてつもない速さで動き出し、



「ひぃっ!!」


「喰らえっ!」


「ぐ、がはぁっ!!」



 自衛の爆発を諸共せず、少年へと茨は突き刺さり、『臆病の絶望』の身体をついに捉えた。


 衝撃で吹き飛ぶ少年の身体。

 傷つくことのなかったその身体は、ついに初めて皮肉な程に鮮やかな赤い血を宙に撒き散らしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ