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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第二章 『灰色の王国』
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二章第34話  『告白』




 ただならぬ雰囲気を放つ目の前の少年は、女々しさを感じる顔立ちをしていて、首元には黒の蝶ネクタイ。

 と、貴族のような容姿をしていた。



「……おいお前。私の友達を傷つけたな」



 エリファがそう言ってその少年を睨みつけると、その少年はまるで旧友と久しぶりに会ったかのように表情を明るくさせ、



「――! やあ、久しぶりだね、()()()()。いや、()()()()かな? まさか君がここに来るなんてね。やはり君は予測不可能だよ」


「……え? エリー、こいつと知り合いなの……?」


「ううん、知らない。けど、なぜか向こうは私の事知ってるみたい」



 ――まただ。また、私のことを知っている。

 最近、知らない奴から一方的に、しかも自分が知らない自分のことまで知られているパターンが多すぎる。


 そして、そういう奴らにはこう質問するのだ。



「……お前は、『絶望』なの?」



 エリファが問いかけると、少年は一度キョトンと目を落とし、少しの沈黙の後、再び親しげな優しい笑みを浮かべて、



「そうだよ。エリファ、なかなか判ってきたみたいだね? ちなみに、僕は『臆病』さ」



 肯定された事に驚くことは無かった。

 自分の知らない自分のことを知っている口振りをする存在は、『絶望』と先程遭遇した『影』だ。

 でも、目の前の少年は異様な雰囲気は出しているものの、普通の人の肌の色をしている。

 ならば、前者だろうと、ある程度予想がついていた。



「おくびょう……ということはお前はさしずめ『臆病の絶望』ってこと?」


「その通りさ。『臆病の絶望』、ウィル・ライストン。それが僕の名だよ。……半年前かな? 『飢餓』が迷惑をかけたみたいだね、ごめんよ、エリファ」


「……あれが迷惑っていうだけで片付くなら可愛いものだけどね」



 エリファの脳裏に浮かぶのはあまりにも鮮明な『絶望』の光景。

 決して小さくない街の地面を覆う血の絨毯。

 鼻を掠める腐ったような鉄の匂い。

 命を欲して徘徊する『捕食者』へと変貌を遂げた街の住民。

 そして、諸悪の根源たる少女、『飢餓の絶望』――シリアル・ファングリル。


 あんなものは迷惑などではなく、『災い』そのものだった。


 様々な負の感情の入り交じった、エリファの皮肉の言葉を受けたウィルは苦笑し、



「はは。実際、僕もあいつは嫌いな方でね。可笑しいよね、僕らは同じであるはずなのに」


「同じ組織の仲間の内で揉め事?」


「いや、うん、まあそんな感じだね。僕は『臆病』を冠している通り、僕に影響を与えるあらゆる事が怖いんだよ。……それは、同じ組織の仲間に対してもね」



 トラウマを思い出したかのように、青ざめ両の腕を掴んで震えるウィル・ライストン。

 しかし、そんな『臆病の絶望』を名乗った彼は、怖がった様子をすぐに止めて、エリファに再び笑みを向け、



「――けど、君だけは違う」


「……はい?」



 ウィルの急変する態度に不意をつかれたエリファは間抜けな声を出してしまうが、彼はこちら側の訝しげな様子を気にも留めずに続ける。



「僕が君を怖がる事はないよ」



 何故こうもこいつはエリファの事を慕うような態度をとり、特別扱いまでするのか。

 胸の奥を、心を直接引っ掻かれているようで、ザワつく。



「……初対面でしょ。適当言うな」


「君からしたら、そうだね。でも、それでも今は構わない。今は君だけが唯一、僕が病に蝕まれることなく接せられる存在なんだ。それだけで充分だ」


「私はお前の事を知らないし、勝手に特別扱いされても、こっちは困る」



 優しい笑顔。しかし、どこか気味が悪い。

 随分と親しげに話してくる『臆病の絶望』を突き放すようにエリファは短く、鋭く返す。

『臆病の絶望』はその敵意の篭ったエリファの態度にまるで、素直じゃない子供を見るような視線を送り、笑みを浮かべ続ける。



「はは、ごめんよ。……ところで君は彼女の友達と言ったね?」


「そうだよ。セレマは私の友達。……だから、その友達を傷つけたお前は許さない」


「エリファ……」



 やけに生気の感じられなかったここ、王都の西へと駆けつけて最初に目に入ったのが、この場に居るとは思ってもみなかった大事な友達が今にも殺されそうな場面だった。

 その時、エリファの身体を突き動かした、驚きとどうしようもない怒り。

 前者はもう状況を受け入れ、薄まってきたが、後者の怒りは全く収まる気配はない。

 むしろ、一方的に知られているむず痒さが加わって膨れ上がるばかりだ。



「そうか、友達か。エリファの友達を傷つけるのは確かに心苦しいな。だけど、ごめんよ、エリファ。僕が怖がらないのは君だけなんだ。君の友達はそんな存在じゃない。だから、僕の病を鎮めるためにはその子を殺さなきゃいけない。だって、死んだら怖くないだろう? ……まあ、死んでもうるさい奴らもわんさかいるんだけどね」


「……そう。――『咎人の剣(クリミネル・エペ)』」



 淡々と述べる『臆病の絶望』――ウィル・ライストン。彼は、話し終わると不意に右手を上げた。

 その直後、周りに浮いていた数個の光の弾が、エリファの後ろで力なく座るセレマの位置へと何気なしに射出された。

 エリファは短すぎる返事をしながら、静かに宙に黒い剣、『咎人の剣』を一本生成し、その剣で迫る数個の弾を軽く弾いてみせる。


 セレマの視界の両者は感情を荒げることも無く、なんともない日常のような空気感の中、しかしそこで起きていることは非日常であった。



「でも、その子を殺そうとすると、こうやって君は邪魔をするだろう?」



 両手を顔の辺りまで上げて、やれやれと振るウィル・ライストン。



「当たり前。私がなんの為にここに来たと思っているの?」


「はは……それだよ。君がここに来る可能性は凄く少なかった、はずだ。勿論、僕に限ってそのケースに準備をしなかった訳では無いけど、君は準備なんかで対処しきれるほどの枠には収まってないんだよ。……まったく、流石は『白の王』。やはり一筋縄ではいかないみたいだ」



 何故、突如として『王』の単語が出てきたのかはわからないが、どうやら、エリファがこの場に来たことによって彼の計画に狂いが出たらしい。

 それが本当ならば、来た甲斐があったというものだが、それだけでは終わるはずもない。

 計画に「狂いが出たからはい帰ります」というのなら楽にこしたことも無いのだが。


 まあ、そもそもいずれにせよ逃がすつもりはない。

 今ここで聞こえるのは少年――ウィル・ライストンの声とセレマの声と自分の声だけだ。

 気を失っているだけの兵士もいるが、死んだ兵士も大勢いる。

 そんな『臆病の絶望』を名乗る主犯は見逃せない。


 半年前、『飢餓の絶望』――シリアル・ファングリルの凶行に為す術の無かった頃の自分とは違う。

 あの時とは知識も経験の量も比べ物にならない。


 今度こそ、この手で。



「僕としては君とは戦いたくないんだけど、僕の病から解放されるための道を塞ぐというのなら、僕達はぶつかってしまう」


「譲る気は無いし、こうなった以上、私の仕事はお前を倒すこと」


「そうだろうね……少し、無茶をさせてもらうよ。君は危険だからね」



 エリファの周囲に浮かぶ光の弾の数が徐々に増え始めている。

 見れば、それは広範囲にわたり、瓦礫の散乱する地面からいくつも生えている花のように見える大きい謎の物体から出ていた。


 ウィル・ライストンが操る弾が増えるのにあわせて、エリファも『咎人の剣』を生成し、本数を増やす。その数、四本。


 両者ともに魔力を解放し――、



「――僕はね、エリファ。君が好きだ。自分でもどうしようもないほどに君を愛している」



 少年の口から出た突然の愛の告白。

 その言葉とは裏腹に、彼が纏う魔力は膨れ上がる。


 エリファの目には、胸を押さえて辛そうに叫ぶ彼は嘘は言っていないように見えたが、真意はどうあれ――、



「……残念だけど、私は嫌いだ」





 ――――『絶望』との戦いが始まった。




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